隣にいるはずのひみこなる娘は、巫女服マントのかおんを応援している。
姫子本人は、あのなかに守られている…はず。そもそも、私は暴れるもなにも、この騒動を起こしたのは私自身ではない。しかし、これはこの姫宮邸で起こったこと。この村の異常事態は、私のタスク。ここは早急な解決に乗り出さねば。どうでもいいが、こいつらマスクは無視かい。労働安全衛生法にもとづく、ダニひとつ生き残らせないはずの、厳格にして清潔なる姫宮邸のエチケットはいま崩壊寸前である。不法侵入者ひっくるめて焼却処分したろか、ただし姫子似はのぞく。
「千歌音ちゃああああん。だからあ、ダメなんだってば!!」
叫んでいたのは、黒づくめ修道服すがたの女の子だった。
こちらも声を裏切らない、千歌音の愛した甘い顔立ち。今日は姫子が何倍にもなって帰ってくる。私、いつのまにか姫子の培養でもしたかしら。…などと思うひまもなく、姫宮千歌音が目を転じてみれば。
唖然とする。呆然とする。
姫子然としたシスター少女が「千歌音」と呼んだ相手は、なんとまあ、スクール水着姿なのだった。ゼッケンの名前がマジックで打ち消され、「愛宮」となっている。おいおい、誰かの水着を盗んでかってに着たものらしい。姫子が袖を通したもの以外は肌に触れたくないと思う千歌音からしたら、とても信じられない事態だ。しかも、レーヨン生地でおさえられているが、なかなか胸が豊かな女性のようでもある。
この正体不明の「千歌音」は、かおんと正々堂々渡りあっている。
どちらも譲らず、互角勝負。それだけに姫子を救い出す隙が見いだせない。驚くべきは、その顔。スクール水着がアレだとはいえ、やはり似ているかも、自分に。それにしても、なぜ、その姿で戦うのか!! 自分のそっくりさんがあんな痴女ぶったいでたちでいるだけで、公開処刑された気分になる。公道を馬で走ってしまえる彼女だって、どっこいどっこいなのだが。
しかし、今はともかく、姫子の安全確保が最優先事項。
どう考えても、この表裏一体のふたりの千歌音似は、姫子ひとりを奪い合っているらしい。この二人は、人間の顔をしたバケモノとしか思えない。人間の気配が皆目しない。人間は人間ではないものへの容赦はしない。まして、それが愛しの君を傷つけられそうになっているのなら。私の顔だろうと、声だろうと、そんなの関係ない。というか、ひと様の顔かたちで悪事を働くなんざ、名誉棄損もいいところだ。せめて、ひよっとこ面でもつけて戦っといてほしい。
姫宮千歌音は、護身用に隠していた匕首(あいくち)を構えた。
ほんとうは、飛び道具の弓があればいいのだが。この一太刀であっても、隙を狙って飛び込めばいい。この顔のおかげで相手はひるむだろう。いや、むしろ敵だと勘違いして目をそらすことさえできればいいかもしれない。あとは、ひみこさんか、あのシスター姫子さんに目配せすれば…。
「駄目です! 神様に逆らっちゃいけません! ムラクモ様はわがままだから」
ロザリオをかざしたシスター姫子が叫ぶ。
ねえ、貴女。キリスト教なのに、日本神話みたいな神様の名前を言ってない? ところで、キリスト教では、処女のまま昇天すると天使になれるってほんとうなのかしら。姫宮千歌音よ、いったい、どこでそんな情報を仕入れたのだ。お嬢様だから仕方がない。
「神様? ムラクモ様? 絶対天使のかおんちゃんと同じ二つ名?!」
眼鏡っ子の絵描きことひみこが、口をはさむ。
言いながらも、スケッチブック片手にしゃかしゃか鉛筆を動かしている。締切りに追われた必死な漫画家みたいで、いささか気の毒である。だが、しかし。ちょっと待って、あのスクール水着の私を描きとめておくの、勘弁してほしい。まさか、それをSNSへ載せてリツイート稼ぎしたりしないでしょうね。それに、天使だの、神様だの、ムラクモだの、いったい何のファンタジーなのやら。
と、突然。
絶対天使かおんががっくり片膝をついた。左腕にかかえた来栖川姫子が、どさりと床に落ちる。拾い上げるチャンスだった。
「かおんちゃん、マナが足りないんだ…!!」
姫子には千歌音が、かおんにはひみこが、そそくさと近寄ろうとする。だが、それを制する声がまたしても。
「──みんな、下がりなさい!!」
【目次】神無月の巫女×姫神の巫女二次創作小説「召しませ、絶愛!」