姫子が封を開いたところ、──「今夜、特別のメニューをいただきにあがります」
お前はキャッツアイの予告カードか。姫宮邸はラブレターも脅迫状も、各種の請求書も契約書もなんでもかんでも書状は山のように届く。いまさら驚きはしないが、千歌音が驚いたのはその直後。まるで図ったかのように、すさまじい爆発音が!!
ただならぬ風塵が部屋中を舞った。これは西部警察の世界なのか、ショッカーの基地なのか。いや、違います。
ひょっとして隕石でも落ちたのか、それとも…。割れた窓ガラスが散乱し、破片はあちこちに突き刺さっている。カーテンは引きちぎられ、テーブルはひっくり返っている。そして、部屋のど真ん中では、姫子をまもるかのように千歌音が抱きしめている。さすがの宮様である。危機に乗じて、愛の株をあげるのは鉄則。だが、しかし…。
「怪我はなくて、姫子?」
「あ、ありがとうございます。で、でも、…わたし」
なんだか口調がおかしい。というか、よそよそしい。砂塵のごとき霧が晴れたあとでよくよく見れば。そこにいた姫子は、姫子のようで、まるで姫子ではなかったのだった。眼鏡をかけたメイド服っぽい姿の少女である。しかも、このコロナ禍だというのに、マスクをしてはいない。まあ、姫子だから許す。
「おじゃまして、すみませんッ。かおんちゃんが、玄関がわからないものだから、こんなところからおじゃましてしまって。ほんとにごめんなさいっ」
「貴女は…?!」
「わたしは、えっと、その本名は明かせないんです。原作の設定では、ひみこって呼ばれています。邪馬台国とは無関係です。FGOにでてくる田村ゆかり姫の外の人でもありません。ヴァンガードの絵でもありません」
「ひみこ…?」
「画家としての雅号みたいなものです。あっ、あなたもかおんちゃんみたいにきれいな人ですね。描かせてもらいたいな」
「かおんちゃん…?」
「あ、別に、脱がなくてもいいですよ。その制服も素敵だし」
と言いつつ、少女は乙橘学園制服の千歌音に近づく。
好意というよりも、モノに対する観察眼と言った感じだ。しかし、今はのんきにそんな悠長なことをやりとりしている場合ではないだろう。
「それで、ひみこさん。私の姫子をどこへ隠したのか教えていただけないかしら」
「ほんものの来栖川さんなら、あそこに」
と、ひみこが指さした先にいたのは──。
気絶した姫子を片腕で抱えつつ、黒髪に美少女が拳を振り上げていた。巫女装束に革ブーツ。羽織った粋なマントをオペラ座の怪人よろしく片手でひるがえし、飛び上がるたびに月の耳飾りが光を撥ねる。あきらかに人間ではないものの闘気をまとっている。が、その瞳はいたって涼し気だ。知性的なのに、なかなか好戦的な女である。
巫女服マントの少女が、巨大な剣を抜いた──いや、腕が変化したのだった。
ロボットのような機体のいかつい腕。どんな砲弾も跳ね返しそうな。しかし、そこへ七本の剣が乱れ飛んでくる。正確には剣の形をした光線であって、遠隔攻撃だった。巫女服の少女はそれを軽々とひと捌きする。しかし、姫宮千歌音ときたら、気が気でない。その巫女服マントのなかには、オペラ座の怪人にさらわれる歌姫よろしく、いとしの姫子が囚われたままだ。さて、どうやって救い出すべきか。
「千歌音ちゃああん! もうっ、こんなところで大暴れするのはやめて!!」
ぎょっとして、姫宮千歌音がふりむいたのは──。
あらぬ方向から、くだんの姫子の声がしたからだった。ちょっと待って、いま、姫子は気絶していたはずでは…。それに濡れ衣をかけるようなその問いかけは、いくら姫子だからと言って、訂正しておきたいところだった。
【目次】神無月の巫女×姫神の巫女二次創作小説「召しませ、絶愛!」