陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

あれからの神無月の巫女、これからの姫神の巫女(十四)

2021-11-14 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

聖書には「善きサマリア人の喩え」という説話があります。
汝の隣人を愛せよと説くイエスに対して、ユダヤ教の律法学者が「私の隣人とは誰ぞや」と意地悪にも問い詰める。そこでイエスはこんな喩えを話します──ある旅人が強盗に襲われて行き倒れになっている。通りかかった者たちは穢れを厭い、ユダヤ教の戒律上に忠実なあまりに見て見ぬふりをしてしまう。同胞であるのに、誰も救いの手を差し伸べない。ところが、あるサマリア人だけは彼を連れて帰り、介抱し、その命を救う。サマリア人とはユダヤ教のなかでは異端で迫害されている者たち。そこでイエスは問いかける。「あなたの隣人となった者は誰か?」。律法学者は答えざるを得ない──「自分を助けた人です」と。そして、イエスはこう結ぶ──あなたも行って同じようにしなさいと。この説話が私たちに訴えたいことは、隣人とそうでない者があらかじめ決まっているのではない。自分の隣人だから助けるのではない。「人は助けることで」その人の隣人になるのである、ということです。この隣人を友人でも、恋人でも、夫婦ふくめた家族親族でも、職場の同僚でも、サークル仲間でも、趣味の付き合いでも、なんでも親しい関係に置き換えれば同じことではないでしょうか。

漫画「姫神の巫女」および、それが底本とする原案小説「姫神の巫女~千ノ華万華鏡~」は殺し合いを宿命づけられたふたりの少女たちが、お互いに向ける感情に気づき、そして勇気をもって行動しはじめる物語です。キャラ造形がそもそもスピンオフ元の「神無月の巫女」の、百合界隈最強最愛カップルのひとつと謳われるあのふたりだから、もはや結果は見えていると言いましても、相愛に至る過程はなかなかにシビア。しかし、令和にこのふたりが再登場した意義が、また、漫画版になって加味されたメッセージが明らかになるのがこの十六話(電撃マオウ誌2021年10月号)からです。

なお、すでにコミックウォーカー等での電子版の公開は終了しておりますので、ネタバレ配慮なしでレヴューします。単行本待ち派の方はご注意ください。

****

神前の婚礼儀式の真っ最中、白無垢すがたの媛子を連れ出した千華音。
「行こう、一緒に」(by「京四郎と永遠の空」の夢の王子様(笑))とか急かさずに、媛子が手を取ってくれるのを待つ穏やかな笑みの千華音ちゃんが素敵ですね。しかし、人妻(!)の誘拐にくわえ、あちこち放火とか器物損壊とか罪状増えまくりです。ひぃいとか悲鳴をあげてる村の人たちが岡田あーみんの漫画の人物みたいで滑稽です。これには、霊句子さまも激おこ。この人、ラスボスみたいだけど、台詞も与えられていないの、なんなの(酷)。「もののけ姫」でいうところの、最後に巨大化して呪いになっちゃうエゾシカ(だっけ?)みたいなポジションでしょうか(謎)。皇月の御神巫女が死んだはずだから怨霊扱いにしちゃうんですね。戸籍抹消済みだからでしょうか。

千華音と媛子、手に手を取りあっての駆け落ち逃避行もひとまずは小休止。
いや、ほんと、このあたりの千華音ちゃんのふるまいがいいですよね。これまでの不穏でどこかよそよそしかったデート中の前振りはこのためにあったのでしょう、と。追手から逃げ延びて島から脱出すべくもっと急がないといけないのに、媛子を気遣ってしまう。次回で判明するのですが、じつは媛子、靴ではなくて白足袋だから(?)走りづらかった模様。だから、身体能力の勝る千華音は媛子をいたわっているのですね。特に第九話で儀式直前の最後のデートに舞い上がってしまって、ハンカチすら忘れた千華音ちゃんと比較すると、成長したなと思わざるを得ません。何気ないシーンなのですが、ポイント高いですよね。

で、この回の見どころは。
前回までの媛子の日記回想部分では明かされなかった、その覚悟のほど。媛子は「好き」だとか「助けたい」とか、表立って書き残してはいなかったんですね。でも千華音は察してしまった。そして、媛子の口から直接ほんとうを聞き出したかった。この、媛子の涙まみれで声ふるわせて答えて、その実はすごく嬉しいのに自分を押し殺して、ばか!って言っちゃうあたりが、もう可愛いですね。原作漫画版の「神無月の巫女」で、瀕死の千歌音ちゃんに姫子がなんで自分を犠牲にしちゃうのって義憤めいていた場面がありましたけども。本質的に、「ひめこ」は自分を蔑ろにされても怒らないけれども、他人が自分を大切にできないのは許せないタイプなのかもしれませんね。そして、「殺さない事しかできなかった」とつぶやいた千華音ちゃんのしんみり告白も、なんとも味わい深い回答です。




九話の抱擁シーン(左)との比較。
この時の媛子は、アニメ神無月の巫女一話よろしく
千華音ちゃんの腰に手を回しています。
さてはテメー、もうガチ惚れだったな?((´∀`*)ウフフ)



儀式の決着時、倒れた千華音に投げかけた媛子の言葉も、ここではじめて明かされます。
この演出も漫画版のオリジナルなのですが、なんというシンプルにして美しく、控えめな言葉なのでしょう。恋愛だの、友情だの、そうした枠にとらわれずに、誰にでもさしだしたい希望ある贈りものなのです、それは。自分に刃なり憎悪なりを向けた人間の、あるいは、生まれながらに敵だと教え込まれてきた相手の、さんざん感情を波立たせたうえで、その幸せを祈るというのは、なかなかできるものではない。これが言えるのが媛子。そして、そんな媛子だからこそ、貴女がいないと私は幸せになれない、と取引をする千華音。ひとりで戦ってくれたお礼こそが、島から媛子を救い出すこと。かつての「好き」だの「愛してる」だのの、お飾りの宣言だけで終わってしまうふたりじゃないのです。そして、誰にも魂を穢されまいとして、いっしょに心中するわけでもない。

だが、しかし! ここで、やはりのやはりのお邪魔虫が!
御観留め役こと近江和双磨。この割って入る間があまりに絶妙すぎて笑ってしまいます。いままでちょこちょこ出てきてはいたけれど、やっとソウマ子の本領発揮なのでしょうか。ヘンタイ笑いもなかなか板についてきましたね(褒め言葉)。

日乃宮こと神嫁の巫女にけしかけるのは、現実路線への修正。有力者との結婚こそが女性の花道にして幸福への階段、生きる手立てなのだからと明言しこそはしないけれども、これをわざわざ「女性の」ソウマに言わせることに、この漫画のひとつの挑戦がありますね。小説版の男版ソウマだと、ただの婚約者を奪われた(言葉は悪いが「魂を寝取られた」に近い)腹いせの厭味にしかならないところ、ここでは、近江和双磨という人物は旧弊な習俗に従う保守主義者というよりも、さらに広汎な意味あいでの一般的な倫理の体現者ということになります。男性キャラの口から言わせると女性の百合好きさんから反発があるだろうから、変更したんでしょうかね。

そして媛子は御観留め役にそそのかされるかのごとく、刃を手に取って千華音に…。またまた緊迫感あふれるラストカットですね。すわ御霊鎮めの儀の再戦か?! どちらかが死ぬか生きるしかない選択しかないのか、それとも。でも、原作者の介錯先生が描きたかったのは、そういった感情のもつれで殺し愛をして血だらけになって、どうたら…だけではないような気がしまして。この感想を書いているころには結果はわかっているのですが、みごとに私の予想を裏切ってくれましてよかったです。

この十六話、夜の雑木の生態なんかが詳しく描かれていて作画に気合入っていましたね。ウェブノベル版よりも、ちょこっと回り道した展開にも大満足。あと、媛子のこの後ろに下ろした髪型、「絶対聖域アムネシアン」版の姫子に近いのかも。大ぶりのリボンがないので、すこし大人びてみえますよね。

個人的には媛子にはここで千華音ちゃんにぜひとも行ってほしかった言葉があって、そこがモヤモヤしたのですが、これが次回に持ち越しなのか、どうかというところ。

ところで、冒頭の至言に戻りますが。
媛子はなぜ、そもそも千華音ちゃんを助けたかったのでしょうか。この物語上はふたりが恋愛関係に陥るからなのですが、愛があるから、もしくは友情があるから相手を救いたいのだとは限らない。自分にいい想いをさせてくれるならあなたを好きになってあげるよ、みたいなありがちな取引めいた恋愛ではなく、どちらの愛情が強いかという惚れた好いたのゲームめいたことにもならず、ただ相手の幸せと最善を願ったからに他ならない。そして、媛子が救いたいと思っている千華音ちゃんの本質は、第一話の、通りすがりの子どもの手から離れた風船を取ってあげたさりげないシーンから描かれていたといえるのです。なぜ、わざわざ、原案にないこの場面を追加したかと言いましたら、神無月の巫女が「世界を滅ぼしてまで」貫いた禁断の愛みたいな刺激的なキャッチコピーをつけたがために、純粋なふたりの愛情さえあれば、他人はどうなってもいい、とにかく百合こそ尊いんだ!という曲解を生む恐れがあったからではないでしょうか。私自身はそう解釈しています。


あれからの神無月の巫女、これからの姫神の巫女(まとめ)
神無月の巫女のスピンオフ漫画「姫神の巫女」(2020年5月より連載中)の本誌掲載分の随時更新感想の一覧です。レヴューは各話やるとは限らないので、通し番号にしてあります。単行本派の方に配慮しないネタバレ全開となっています。

★★神無月の巫女&京四郎と永遠の空レビュー記事一覧★★
「神無月の巫女」と「京四郎と永遠の空」に関するレビュー記事の入口です。媒体ごとにジャンル分けしています。妄言多し。

神無月の巫女公式関係者リンク集
原作漫画家、アニメ関係者、関連作品に関する公式サイトおよびツイッター等のリンク集です。



この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« アニメ「不滅のあなたへ」 | TOP | あれからの神無月の巫女、こ... »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女