陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「夏の花」(三〇)

2008-10-06 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女
先端が筒状になった花火からは、ホースの水のように勢いよく炎のシャワーが放たれていた。熱い光りの流水は、焦がした闇にふたりの少女の笑顔を咲かせている。
お互いの顔が闇に沈んでいくのが恐かった。花火が消えそうになると、別の花火をさぐり、灯りが途絶えないようにした。

次の花火は、おだやかだった。チリチリと音をたてながら、光りの筋が分かれてぶつかりあっている。ファイバーのような緻密さで闇を絡めとっているのが、なんとも見ていて飽きない。

「あ、そうだ。いいこと思いついちゃった。千歌音ちゃん、こっち持って」
「わかったわ」

私が手にした線香花火に着火すると、姫子は自分の手持ちの花火にも点火した。それは色違いのお揃いの形状の炎を咲かせていた。
姫子に炎が飛び散らないように注意を払いながらそっと近づける。ふたつの花火は、炎の先を触れあわせつつ、互いを染めあいっこしながら輝いていた。
私たちはすっかりこの余興に夢中になって、次のペアに点火した。黄と青の花火とが、炎の舌先をちろちろ舐めあいながら干渉しあっている。側に近づこうとするのに、けっして交われないようなふたつの花は、どこかしらもの悲しかった。

次のくみあわせは、ウニのようにひろがって、炎の棘が闇をつつきあっていた。マグネシウムの匂いとしゅッと貫くような音鳴りとが、夜の底にたまった静けさをさらっていった。

こんなに楽しい夏の夜をこの地で過ごしたことがあっただろうか。ニューヨークの夜のホテルの一室が、ひとりの日本人にとって冷たかった事実──夏の星座がきれいに見えないことも、月の光りが滑ってこないことも、もはや気にならなかった。

片手で吊るした花火は、ぼんぼりのように、夜に色濃くした影を消していた。
眩しさに瞬きつづけていると、つかのま消え去ってしまいそうな危うさがあって。私たちは目をこらして、一秒も怠りなく花火の舞いをみつめていた。夜空にあがる大輪咲きの花火ほどあざやかではないけれど、手の先で咲き散る炎もまた可憐で美しかった。それを細い手で咲かせたことに、いくばくか満ち足りた思いがしていたのだった。



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