陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

働かせかたは、法律だけでは解決しない(六)

2018-09-23 | 仕事・雇用・会社・労働衛生

会社員の皆さん、今のお仕事好きですか?
半数以上の方は、別段好きでもないが、生きるために勤めているのではないでしょうか。

個人事業主も会社員も両方の経験があり、また法人設立や開業届、許認可業務に関する資格を有しているせいか、勤め人の知り合いから起業したい云々の相談をよく受けます。
不惑と呼ばれる年でも、行き先迷うのが現代。40代前後ぐらいになると、会社での先行きが見えてしまうせいか、転職先も限られてしまうのか、それとも就職氷河期ならでは夢追い現象なのか、フリーランスで働きたいだの、好きな仕事を気ままにしたいだの、おっしゃるわけです。下手すると、専業主婦(主夫)になりたいだの、婿養子になって社長になりたいだの、やや他人任せな望みを仰る方もいます。たしかに事業主になれば、働かせられるという受け身がなくなりますし、人間関係のわずらわしさからも解放されるでしょう。職住近接で、通勤のストレスもない。育児や介護の時間も融通がつきやすい。

しかし、こうした起業志望の方のお話をよくよく伺うと、自営業者になるデメリットを知らない場合が多いものです。すでに言われつくしていることですが。

収入が不安定になる
月収60万円のフリーエンジニア、実はそれが年収、なんてことはありがちです。業務委託契約を締結するので賃金未払いになることはないようですが。フリー起業者が多ければ案件の奪い合いになりますし、さらに今後は海外への外注が増えれば買いたたかれる恐れも。経費の水増しや売り上げを隠蔽すれば、税務署から追徴課税をされます。何か月も振込がなくて貯金を食いつぶす生活は、精神を病みます。事業の年商と事業主個人の報酬との区別がつかない人もいますしね。『金持ち父さん 貧乏父さん』の話を真に受けて、何もかも経費で落として、自分の財布が大きくなると思っていたら大間違いです。

社会保障が少ない
会社員は社会保険適用があるおかげで、安心して会社に労働力を提供できるのです。業務災害や疾病で働けなくなっても、労災補償や傷病手当金があります。障害厚生年金は3級からですが、障害基礎年金は2級から。遺族年金も老齢年金も厚生年金のほうが手厚い。自営業者の加入する国民年金保険料は低額ですが、国民健康保険料はかなり高額でしかも家族の扶養はできません。小規模企業共済や個人型の確定拠出年金、国民年金基金もしくは付加保険料などで老後の備えをしておかないと、貧困老人になる恐れがあります。

自由裁量であるが個人の責任が大きい
かつて個人開業の税理士から、税理士法人へ相談先を変更したことがあります。
個人開業の税理士は、金融機関から推薦されたしがらみがありましたが、仕事がザルなので、お断りしました。士業者で中高年、さらに家族が従事していない個人事務所は、死亡リスクが高いからです。法人化している事務所は、年代の異なる複数の士業者が連携しているので、担当者が不在の場合の取次もしてくれますし、回答もスマートでとても重宝しています。また司法書士、社会保険労務士、行政書士などの他士業とのネットワークも広いので、自分にあった人材を紹介してもらえます。控えのいない少数精鋭ナインのみの選手で甲子園を勝ち上がってきたチームは魅力的ですが、業務の代替者がいないのはそれなりのリスクもあります。

スキルアップが難しくなる
組織に所属すれば、同僚や上司から仕事の進捗について刺激を受けます。嫌味な人間やモラハラ気質の人もいるかもしれませんが。会社が提供してくれるセミナーや、資格取得支援もあるでしょう。私が再就職した勤め先は、学歴に加え士業3資格を評価され、初任給を上乗せしていただきました。たしかに会社では雑務や苦手な業務もこなさなくてはなりませんが、それが自分を磨いてもくれることになります。事実、付帯業務のほうが得意だと気づいて転職した人もいますし。一般に定年がないとされている自営業ですが、高度なIT専門職でも若手が多くて、人材の使い捨てが激しいとも言われています。

個人の信用力は低い
どんなに大企業に勤めていても、高額案件を手掛けたことがあっても、複数名の部下を率いた役職であっても、会社を離れてしまえば振り向いてもらえません。住宅ローンも組めず、カードも契約できないこともある。法人である株式会社も個人も、法律上は自然人扱いであり、契約上は対等ですが、やはり信用力が違います。現在の会社法では資本金が1円のひとり社長の会社も設立可能ですが、経営者が前職で大手にいたことが優遇される。ホームページに財務情報がきちんと掲載されている会社と、素性の分からない個人の商品と、値段と品質が同じならばどちらを買いますか? 銀行がお金を貸してくれるのは信用力が高い証でもありますが、気軽にお金を借りる人は信用できません。A.I.が与信審査を行えるこの時代、情理が通じないので、少しでも経営リスクが高まれば、貸付不能で資金不足に陥る可能性もありますよね。逆に言えば、経済力がつけば、気持ち悪いぐらい金融機関や知り合いが寄ってきますので、ちょっと人間不信になります(笑)。

健康面のリスクが高まる
自営業者には、労働安全衛生法で義務付けられている定期健康診断がありません。市区町村の健康保険組合からがん検診などのクーポンは届きますが、常に自己管理を徹底しないといけない。経営状態の悪い事業主は、肥満、喫煙、大酒、ギャンブル中毒、精神疾患などを抱えていることが多いです。下手すれば家族に暴言暴力をふるうこともありえます。

家族関係が悪化する
男女問わず結婚相手に選びたくない職業は、自営業の家事手伝いだそうです。法人経営していて十分な役員報酬が支払われていれば別ですが、帳簿上、専従者給与にしていても実際はお小遣い程度の収入しかない後継ぎ。その配偶者は無料でこき使われる労働要員で、家事介護まで押し付けられることもある。会社を辞めて、舅の会社の後継者になったが廃業させてしまう人もいます。妻が外で働いた収入で、零細規模事業主の夫もしくはその家族が扶養されるなんてケースもありえます。義両親に借金をして親族関係にひびが入り、夫婦仲はいつも険悪に…ということになりかねない。夫は休日に付き合いと称して遊び仲間と出かけ、家事育児を押し付けられた妻の不満がたまる一方です。
もちろん、逆に時間の融通がつくのでイクメンになるフリーランス男性もいますよね。事業主の奥さんになれる人は、かなりしっかりした人が多いです。もし、将来、起業しようと思うひとは絶対にパートナーを大事にしてください。

労働法で保護されない
このシリーズの初回で触れましたが、事業主は、労基法上の適用を受けない存在です。
ですから、最低賃金もなければ、労働時間の上限規制も、休日深夜の規制もありません。自由気ままに働けると考えがちですが、実際、事業主は四六時中経営や金策のことが頭から離れず、休暇もとれません。またフリーランスで受けた仕事の報酬は、相手先からすれば「外注費」。消費税も転嫁されてしまいますし、労務費のように最低賃金法で保護されていませんから、いくらでも切り下げることが可能ではないでしょうか。現に大企業の下請け業者が苦しんできたのが事実ですし。ちなみにいちばん犠牲になるのが、家族従業員。奥さんや子どもを無給で働かせないとやっていけないのならば、規模を縮小して、外貨を稼いできてもらった方がよいのです。


起業するならば、なるべく法人化を目指し、自身の心身メンテナンスやお金の管理にシビアになりましょう。ただし、法人化にあたっては赤字でも法人税がかかるなどのデメリットもあるので、よくよく考えて。事業ははじめるのは簡単ですが、廃業するときの後始末は大変です。起業したはいいが、3年もたない事業主が多いとも言われていますし。

また、いつでも会社人に戻れるように、怠りなくスキルアップしておきましょう。
私の大学時代の友人も、ウェブデザインの起業をしましたが資金繰りでつまづいて廃業し、その特許技術を売りにして再就職、中堅IT企業のマネジャー職として雇われています。30代と若いうちだから挑戦できたのでしょうが、彼女はなんと10代の学生時代から起業する野望を持っていたそうで。二科展などで入選していた実力あっただけに、画家になると思っていた私は驚いたものでしたが。

文筆業のような兼業できそうな仕事ならば、会社員のまま働いた方がリスクも少ないですし。家族はあなたを支えてくれる最後の砦ですから、大事にしなくてはいけません。また、夫婦きょうだい親子などで連帯保証人になるのは避けた方がいいです。やむをえずお金の貸し借りをするならば、夫婦間であったとしても、かならず金銭貸借契約書を作成しておきましょう。いまの会社や取引先が嫌いだから、転職を重ねて会社に失望したから、という後ろ向きな理由で脱サラ起業しても、成功するとは思えません。事業に失敗すれば、子の将来にも影響してしまいます。事業手伝いの奥さんが亡くなったので、個人事業主の父親が会社員だった子を巻き込んで、無給で手伝わせているケースもあります。

サラリーマンや公務員であっても、これから先、生涯安泰だとは言い切れません。
定年退職後に起業する人もいるでしょうが、自己の能力や会社員時代の人脈を過信せず、退職金や年金などを極度にあてにせず、計画的に準備しておきたいものです。

いろいろと否定的なことを書いていますが、独立開業して自分らしい働き方をして人生を充実させている人もいます。扶養義務のある家族がいない、個人に信用力があり資金提供先が確保されている、競合相手が少ない、などリスクコントロールできそうならば、起業するのもアリでしょう。職場トラブルで心身を病んでしまって、雇われる働き方ができない人もいますしね。仕事が好きだからといって、死んでしまったらおしまいです。

仕事は自己のアイデンティティ確立のために必要ですが、けっきょく、生きるためならばどんな仕事でもやってやる、でもほどほどに無理なく、という気概のある人ほど生き残れるのではないでしょうか。この職種だから、この働き方だから尊いとか、そうでないとか、偏見があるから世の中で必要とされる仕事も手薄になるし、生きづらくなっているのではないかと思うのです。


働かせかたは、法律だけでは解決しない(目次)
2018年6月29日に改正成立した働き方改革関連法により、日本の労働慣行は大きく変わるのか? 労働対価を時間で計っていた慣行からの脱却、金銭的な待遇の格差是正があったとしても、「労働者」と「使用者」との間にある本質的な、不幸な不和が消えない限りは日本の労働現場での痛ましい事故や事件はなくならないだろうと思われる。




この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ◆◇◆◇◆◇ 創 作 小 説 御 案 内... | TOP | 漫画『ユメキ』 »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 仕事・雇用・会社・労働衛生