残りの人生
笑って過ごしたい
悲しい出来事 楽しい出来事
ひっくるめて私の人生
お寺のしだれ桜が満開
お見事
someiyoshino
あと何回見ることができるのだろうか
下見に行ってきた
息子 娘へ
あなたたちは今何不自由なくとても幸せね
もし不幸なら
親の責任と悩むところだけど
親の存在さえ消してしまうほど
幸せならそれでいい
親のおかげよ
1月は正月飾り
玄関には花を飾り
庭には葉ボタンと松を寄せ植えし
パンジーでプランターを埋め尽くし
色とりどりの華やかな1年の始まり
おせちを作り
元日は元日そば
2日目はお雑煮
3日目は三日とろろ
2月は節分
恵方巻はもちろん手作り
豆をまいて鬼を追い出す
軒先にはイワシの頭を刺して
厄除けをする
節分が過ぎたらお雛様を飾る
3月はお雛様
庭に咲いた花桃を飾り
ちらし寿司を作り
御馳走を食べる
丁寧に生きてきたつもりだ
子供たちに季節ごとの行事を
教えながら一緒に楽しんできた
だからなんなのだ
丁寧に生きてなんかいいこと
あったのか
ただただ自己満足のためだった
子供たちは季節の行事を引き継いで
やっているとでもいうのか
なんの意味もないことを40年以上も
やってきたのだ
我が家のおひなさま
6年間押し入れから出ていませんが
怒っていますか
娘の健やかな成長を祈り
30年間欠かさず飾っていました
そして私の慰めでもあった
七段飾りのお雛様
ごめんなさい
もうその気力はなくなりました
当の娘は
何の思い入れもなく
お雛様を飾っても
うれしがることもなかった
なんでも手に入って当然だと
思っているような子供に育ててしまった
私が子供のころ
母にお雛様が欲しいと言って
困らせた
わかっていた
同居していた父方の祖母が許さない
だろうこと
母は箪笥の引き出しをひっくり返して
重ねてひな壇を作り まっさらの
白いシーツをかぶせて
父の趣味のこけしを飾ってくれた
本当は赤い毛氈がよかった
こけしじゃなくてお雛様がよかった
それでも父と母の思いがうれしかった
自分に娘が生まれ、初節句に母が買ってくれた
七段飾り それを娘に飾りながら
心の中で何度も叫んだ
これ!これが欲しかったの!
子供のころ みんながうらやましかったの!
でも箪笥の引き出しを重ねたひな壇は
とても懐かしいよ 感謝しているよ と
そのお雛様も役目を終えて
日の目をみることはなくなってしまった
娘がお雛様に思い入れがあったなら
もう少し思いやりのある人間に育ってくれたなら
いまだに飾っていたかもしれない