日本語教師ブラジル奮闘記

ブラジル生活裏話

幸せの定義

2005年06月30日 05時34分45秒 | ブラジル事情
 こちらブラジルにVEJAという週刊誌がある。政治・経済・文化・テレビ・ファッション・映画・音楽などあらゆるジャンルがのっている総合誌である。その週刊誌の中でコラムがあり、週替わりでコラムニストが変わるのだが、僕のお気に入りはステフェン。彼のコラムはレベルが高く、いつも興味深い。彼はアメリカでMBAを取得した経歴を持ち、本業は経営者だが、コラムの記事の内容は政治・経済に限らず、守備範囲がとても広い。残念ながら、日本に彼に匹敵するコラムニストはいないように思う。
 
今週号の記事を日本語訳してみた。

幸せの定義
ステフェン・カニッツ

すべての職業は幸せであるためのビジョンを持っている。私はエコノミストがどうやったら1年で2万ドルを稼ぐことができるかとして、それを定義しているのを読んだ事がある。仏教僧侶にとっては、幸せとは無心の追求である。自己支援本の著者達は、幸せを「自分自身に満足していること」「自分が好きなことをすること」「夢を大きく持つ勇気を持つこと」と定義している。私が日常生活において使う幸せの概念を短い記事で説明するのは難しい。私はそれをエドワルド・デ・ボノ、チクスゼンチミハリィやそちら方面の作家の本で学んだ。おおよその考えは以下の通りである。つまり、私たちは皆、あなたが抱きたい世界として定義できる希望、野望、挑戦を持っている。お金持ちになる、有名になる、世界の貧困をなくす、白馬の王子と結婚する、サッカーをする、などなど。ここまではいい。あなたの希望を一つの膨張する風船だと思って、あなたがその風船の中にいることを想像してみなさい。あなたは、可能となりうるあなたの世界となるその巨大な風船をいつもふくまらせたり、しぼませたりするのにそれなりに野心的になるでしょう。それはあなたがまだ支配することを知らない世界なのである。では今度は、可能となりうる世界の中で膨張する他の風船を想像してご覧なさい。しかし、それはずっと小さく、あなたの基礎なるものを表している。つまり、それはあなたがすでに支配している世界、目をつむっていても、あなたの知識、QI感情、経験のおかげにより操ることができる世界なのである。この類推において、幸せとはこの2つの風船の間の距離ということになろう。つまり、あなたが支配しようとしている風船と既に支配してしまっている風船の距離である。もし、この2つの間の距離が途方もないと、満たされず、不安になり、機嫌が悪く、ストレスがたまる。もし、この距離が最低の場合、静かで落ち着いた状態になるが、すぐにうんざりし、成長するための空間がなくなってしまう。幸せになるということは、すでにあるものとこれから欲しいものとの距離を見つけることなのである。
 第1段階は、あなたの夢と野望の大きさを正しく決めることである。願いさえすればすべては可能であるという話は、純粋なる根拠のないデマである。私たちはみな制限があり、その制限に従って夢見なければならない。大統領になりたいというのは、州知事や上院議員になってから切望できる夢であり、キャリアの最初に持つ夢ではない。第2段階は、知識人の間で一般的に起こることだが、傲慢さや勘違い抜きで、自分の能力を正確に知ることである。第3段階は、その2つの世界の間の釣り合いのとれたポイントを見つけることである。自分の希望と能力の距離を管理できるということは人生の最大の秘訣である。過小評価も過大評価もされ過ぎていない距離を選びなさい。もしあなたの野望が適切な能力に裏付けされていない場合、ストレスがたまるでしょう。それは大学の1年目に学んだことで、世界を変えたいとするすべての若い理想主義者の間違いである。面白いことに、夢と実力の距離が自分自身の成功によって縮むに従って、幸せではなくストレスが出てくるのである。
 昇進後、人事部の経営者によってよく知られている、有名な「成功者の気落ち」に苦しむ支配人が何と多いことか。どれだけの成功した重役が、「そこに(トップ)たどり着いた」がために不幸せであるか。保証された仕事を探している野望的でない人が、すぐに退屈になり、停滞し、ストレスを感じ、約束された幸せを獲得できないでいる。その定義は幸せとは束の間のものだからと説明している。幸せとは過程であり、最終的に何もしなくていい場所のことではないのである。多くのブラジル人の夢ではあるが、天国で何もしないことは幸せを運んではこないのである。幸せとは自分の野望と能力の間の不快なる精神的緊張状態なのである。もし、あなたはストレスがたまっているなら、まず初めにあなたの野望の風船をより現実的なものにするために少し空気を抜いたらどうだろうか。いくつかの権限をあきらめ、他の人に委任し、NOと言ったらどうだろうか。さもなくば、毎日自分の仲間たちを観察し、彼らに学び、勉強して、自分の能力の風船をふくらませてみてはどうだろうか。年を取った人達は既に手に入れた空間をあきらめるのは失敗だと思っている。だから、権力や権限を譲るのを拒み、不幸せになるのである。あなたが年を取るに従ってその野望を縮小することは決して個人的な敗北ではない。幸せとは達成できる状態、無我の境地ではなく、継続的力学である。そこに着くことであり、多くの人が誤って考えているように、そこにいることではない。制限の枠内で野望的になり、常に観察・勉強し、できるときにはその夢を広げ、その環境下で要求される場合は、その野望を縮小する。人生のすべての段階において、常に到達すべき目標を持ち続ければ、あなたはとても幸せになるでしょう。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿