道徳なき経済は罪悪であり
経済なき道徳は寝言である
二宮尊徳翁の有名な一句でありますが、今回は「道徳なき経済は罪悪だ」の真意についてあれこれと妄想してみたい思います。
この句を読まれた時代背景としましては、尊徳翁が活躍された時代、江戸時代末期でありますから西暦でいいますと1800~1850ごろだと思われます。しかしながら、この頃の日本では、まだ「経済」という文言は使われていなかったと思われますので、実質的には当時使われていた「経世済民」が正しかったのではないだろうかと思われます。
そして現代でいうところの「経済」と、当時の「経世済民」とは全く異なった捉え方もできるのではなかったのではないでしょうか、とさらに妄想を膨らしていこうと思います。
まずわれわれ現代人のいう「経済」とは何者でありましょうか。
「経済とは?」といわれてパッと頭に浮かぶものは、お金(銭)でありますね。正解か間違いかは知りませんが、経済学者などは「経済とお金の結びつき」を全面的に主張するあたりを観ますと、あながち間違いではないのではと思います。
そしてお金が世間(市場)の中にあって、どのような動きをしているのかを探ることで、経済状況すなわち景気動向としての判断とされていきます。これは家庭経済、企業経済、国家経済どの分野においても同じことでありますから、支出が収入を上回れば赤字(不安定)であり、支出が収入を超えなければ黒字(安定)という判断となります。
さらには預金が出来、娯楽や趣味に投資できる状態を好景気と判断します。企業経済でいえば給与増額であったり設備投資であったりします。国家経済でいえば福祉・医療・サービスへの投資だったりしますね。
このことは一般的な話しでありましょうから、なにも難しいことでもありませんね。とにもかくにも家庭経済や企業経済が安定し、さらには国家経済が安定し福祉や医療やサービスなどに投資されていれば、老後や障害や病気になったことを心配することもなく、多くの国民は幸福感を得ていると感じるわけでありますから、すべてはお金だということでありますね。
では「経世済民」とは何者でありましょうか。
そもそもは2500年以上前に支那(中華人民共和国)で用いられた文言であり、『世を經(おさ)め、民を濟(すく)う』という意味ではありますが、当時の支那では「経世済民」というものを単なる理想論として語られることが多かったように思います。そして、そんな崇高な理想論を掲げて戦いに勝利し国家を樹立してみても、結局のところは不正が蔓延り国家が崩壊するという歴史を繰り返しながら、現在の支那中共に至っているわけであります。
支那の歴史はともかくとしまして、ではわが国における「経世済民」とはどのようなものだったのでありましょうか。
わが国に「経世済民」という文言が伝わったのは、おそらくは儒教が入ってきたころと同じではないでしょうか、ですから今から1600年前だったのではないかと勘えます。そして当然のこととして伝えられた意味は『世を經(おさ)め、民を濟(すく)う』だったはずでありましょうから、所詮は理想論に過ぎなかったはずであります。
この頃の日本では、有力豪族が各地方で覇を唱えていた時代であり、支那大陸の状況とは全く異なった政治システムでありました。どちらかといえば日本は豪族同士の争いというものもほとんどなく、比較的穏やかな時代だったと思いますから、大陸から伝わり、所詮は理想論でしかない儒教や「経世済民」を進んで摂り入れなければならないという状態ではなかったはずであります。
ところが大陸で隋という帝国国家が誕生したことにより事態は急変していきます。
時代は飛鳥時代、それまでも大陸から伝わった仏教を巡り、崇仏派と排仏派との争いごとが生じていた最中に、隋からの属国要請であります。
崇仏派として蘇我氏の陣営につき、見事勝利を獲た厩戸皇子(聖徳太子)は、推古天皇の摂政に任じられてすぐに、隋の属国要請を跳ね除けるため、急ぎ中央集権国家樹立を目指すことになります。この時皇子は、国家樹立の骨組みとしての冠位十二階と憲法十七条を制定し、隋という帝国国家にも劣らない国・日本を内外に示されたのでした。
特筆すべきは、それまであまり注目されてこなかった儒教が、冠位十二階や憲法十七条に深く影響を与えているということであります。そのことは皇子が仏教だけでなく、儒教も深く学ばれていたことを意味し、「経世済民」という理想論を現実的なものとするための道筋をさらに示されたものでもあったのです。
『世を經(おさ)め、民を濟(すく)う』この目的達成には"徳"が必要となります。つまりは「道徳」であります。
理想論を現実的なものとするためには、"徳"を以てこそ叶うということであります。したがいまして、わが国でいう「経世済民」とは、現代でいうところの単なる「経済」を指すものではないということであります。国家として国民を救済するための要素すべてに通ずることなのです。そしてその見返りとして国民は、勉学に励み、職を身に付け、税を納め、そして国難があれば復旧・復興に全力を尽くすのです。
儒教を含め、「経世済民」という思想や理想論を生みだした、素晴らしい先人を頂く支那人自身ではありますが、ときの指導者が「経世済民」という崇高な理想論を掲げて国家を樹立してみても、徳なき者が跡を継ぎ、悪政や不正にの心に支配されればそれは罪悪となり、やがては崩壊へと辿っていく歴史を幾度となく繰り返してきました。
江戸時代には儒教を学ぶ人たちが多くいました。当然のこととして支那の歴史も深く学んだはずであります。そんな中、幼少の尊徳翁は貧しいながらも自身で栽培した菜種の油を蝋燭の灯りとし、勉学に励まれました。こうした方々のご尽力は、のちのわが国の近代化に大きな影響を与え、世界屈指の経済大国へと発展することに繋がっていきます。
理想を現実にするための手段としての金銭は必要でありましょうが、さらにはその金銭を扱う者の心の有り様が大切なことであります。
聖徳太子の示された道筋が、尊徳翁へと受け継がれ、そして明治維新以降も「教育勅語」として大切にされてきました。
金銭の扱う者に不正の心が宿りませんように・・・
当時、この紙幣を発行された人々の想いというものも肝に銘じていきたいと思います。
道徳なき理想論は罪悪であり
理想論なき道徳は寝言である
まさにこれこそが尊徳翁の真意ではなかったのではないだろうか?
道徳を学ぶことは、理想を高く抱き、その理想実現のために尽力することでありますから、単にビジネスに成功するためだ、とか、単に教養を身に付けるためだ、とか、ではないということであります。
願わくば、論語塾や学校などで道徳を学んだこどもたちには是非にも高き理想を抱いてほしいですね。そしてその崇高な理想が実現できるために、ただ祈るのではなく、自らが行動し、後生へと引き継いでいってほしいものであります。
道徳とは理想実現への道筋なのですからね。
妄想とはいえ、なんだかスッキリしました(笑)
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