天 地 明 察
著者 冲 方 丁 様
P 85
『 自分は何の事やら分かりません 』
無理に会津弁を江戸弁に直したような口調で、自分はなんにもしていない、という返事をする。
これも会津藩士の律儀さだった。刀の差し方が乱れているというのは恥ずかしいことである。
だがそれを帯刀の経験がない春海に言うのは可哀想だ。しかし見て見ぬふりはできない。
誰かが教えてやらねばならない。だが春海の歳で、わざわざ教えられるのも恥となる。
だから手助けしつつも、最初から何も見なかったことにする。
P 207
この二人の老人にとって研鑽のためなら三十も年下の若者に
頭を垂れることなど苦にも何でもないらしい。それどころか、
『 だいたいにして若い師というのは実によろしい 』
『 ええ、ええ。教えの途中で、ぽっくり逝かれてしまうということがありませんから 』
などと喜び合うのだった。