紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

18 土よりうまれしものたち

2022-05-21 20:56:14 | 夢幻(ステタイルーム)23作


 肩幅ほどの木道は、ミヤコワスレや水引草の花群の中にある。太い幹の欅が数本、古民家を被うように枝を広げていた。入口に続く煤けた軒下を通ると、カラカランと陶器の風鈴が来客を告げた。
 アヤは十六歳。
 青いタンクトップに白い半パンを着て、キャンバス地の鞄を背負ってきたことに少し反省をした。なぜか場違いな感じがしたからだ。長い髪を手で梳き、身を正した。
「ごめんください」
 細めに引き戸を開ける。静寂が黒い柱と漆喰の壁と大矢石の床を支配していた。
「あのう……」
 奥に人の気配を感じて声を掛けた。つま先を擦るようにゆっくりと進んで行くと、床より少し高い位置の黒い台に女が横になっていた。薄いドレスの中に足先が見て取れた。もう一人は仰向けになって膝を抱いている。瞑想の中にいるようだ。

「母の代わりに来たのですけど」
 それに答えるように、壁際のバイオリンを構えていた少女が弾きだした。何の曲か思い出せないが聴いたことがある。その側にいた、白い古代の衣を着た一人の女が唄いだした。
「ひるがおのきのふに続くけふにあり」
「解くにとけない縁かなしや」
 もう一人が続けた。それは聞き取れないほどの声だ。
 木壁に勾玉の首飾りが何連も掛けてある。
 出口近くにいた女性が、皮の紐を通した灰紫色の勾玉を差し出した。
「来て下さったお礼よ。勾玉を……お忙しいお母様に宜しくお伝えしてね」
 芳名簿を開けた。常陸野、藤袴と記してある。次の行に住所を書き、母の名前の下に娘 アヤと書いた。


著書「夢幻」収録済みの「ステタイルーム」シリーズです。
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17 ステタイルーム

2022-05-14 07:04:31 | 夢幻(ステタイルーム)23作


「あのう、ステタイルームってご存知」
 女性の声が私の耳の側でした。振り向くと、駅舎の明かりに照らされ、若い女性が微笑んでいる。ジャケットの襟を立て、パンツがピタリと股に添った長い足。
「詳しくはないですけど、堤防から下った道らしいですよ。宜しかったら、ご一緒にどうぞ」
 女性の問いに答えてから、二十五歳くらいに見えるけど、三十になる姪ぐらいかもと、観察をする。旅行用バッグは重そうだ。
 女性は決して横へは並ばず、数歩後ろを歩いて無言だ。
 私はインターネットで調べた道順を頭の中に描きながら歩く。堤防の右側は国道に続き、左側の坂を下ると地図にはあった。細い道を遠くの街灯を頼りに進む。
『ステタイルーム』の電光案内看板が見えた。
「あ、あそこですね。ありがとう」
 女性は私を追い越し、その先を歩いていた女高生らしい制服姿も追い越していく。

 私は看板の明かりで口紅を引き直した。
『異色旅行』の案内には「棄てたいものをご持参下さい」とあり、『ステタイルーム』は女性専用の宿泊施設で、最近人気急上昇中だとあった。
 入口のブザーを押す。応答はない。何度も押した。先ほどの女性と制服姿が入って行ったばかりだから、誰もいないはずはない。
 扉を引いてみた。鍵は掛かっていない。外から明かりが見えたのに中は真っ暗だ。
「あのう、予約してあった者です」
「いらっしゃい」
 しわがれた低い声が答えた。
 一歩入った途端何かに足を掬われた。体が回転しながら急速に闇の中を落ちていく。


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16 チャンバラ 下

2022-05-08 06:38:30 | 夢幻(ステタイルーム)23作



 骨董仲間の渡辺家へ呼ばれた。
 小沢を迎えたのは渡辺家の奥方。玄関の上がり框に三つ指を着く。還暦を過ぎたはずだが、春霞模様の着物姿だ。
「遠いところようこそ。どうぞ」
 通されたのは床の間付きの八畳間。渡辺が廊下を背に座っていた。紬の着物に羽織を着て、腰には小刀を差し、体の左側に刀を置いていた。
「今度、購入されたものを見せて下さいよ」
 スーツ姿の小沢が床の間を背に座るのを待って、渡辺が言った。
 小沢は桐の箱から刀を取り出した。
「いやぁ~、女房に怒られながら手に入れたんですよ。梅に鶯の鍔が気に入って。百万円したんですよ」
 渡辺が内心笑ったように見えた。
 渡辺は、小沢の日本刀を、鞘や鍔、柄はもとより、鐺(こじり)から柄頭(つかがしら)までをじっくり見ている。
「復刻刀でないのは良く分かりますよ」
 渡辺はそう言ってから、床の間の飾り棚から鎌倉彫の箱を取り出した。箱には三個の鍔が入っていた。
「どれも一個五十万円しました。これ二個で小沢さんの一刀分ですね」

 小沢は体の全部に怒りが充満していた。奥方の白い指も漂う香りも、注いでくれた酒の味も大トロの旨味も、なにもかもが悔しい。
 独り言は次第に大きくなっていった。
 小沢の前方に立ちはだかった男がいた。
「こんばんわ。酔っているんですか?」
 警官が小沢の持ち物に目を留めて聞いた。
 小沢はポケットに手をやった。『刀剣類所持許可証』は確かに持っている。


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15 チャンバラ 上

2022-05-01 08:04:02 | 夢幻(ステタイルーム)23作


「自分の部屋でしてよ」
 キッチンから女房のキツイ声。
「わかったよ」
 小沢はパジャマ姿で、テレビの『新撰組』を見終わると、居間を出て自分の部屋に入る。女房の部屋とは襖一枚だ。

 書棚の上から骨董品の刀を取り出す。漆塗りの鞘(さや)。梅に鶯を彫った鍔(つば)や柄(つか)。一通り眺めると刀を抜く動作に移ろうとした瞬間。
「その前に、カーテン引いてよ。外から見えたらとんでもないことになるから」
 女房がいつものように注意を促す。
「わかった」カーテンを引く。
 改めて刀を抜く。蛍光灯の光に刃を当てる。そして二、三度宙を切る。

 後ろから黒装束の敵が斬りつける。身をかわしながら八相の構えから斜めに切り、それを返しながらもう一人の足を払った。
 ジリジリと数人が取り囲む。両足をハの字に移動させながら書棚を背にする。
 右の大男が突いてきた。それを払って体を右回りに回転させながら大男の腹を一文字に割く。大男が仰け反る。小柄で太めの男の前に踞る。踞った大男を跳び越す。小柄で太めが逃げる。それと同時に斜め左で細身の男が刀を構える。力を込め睨むと、細身が太めの逃げたトイレ方向へと走る。

 刀を構えたまま息を弾ませた。
「まぁったく、なにやってんのよ」
 女房の乾いた声。襖が開いた。
「あんた、血圧が高いんだから、いい加減にしなさいよ。ばっかみたい」
 女房の蔑みには慣れている。
 小遣いは大幅に減らされた。骨董品を買わない約束も果たせないでいる。



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14 懐中時計

2022-04-26 06:41:34 | 夢幻(ステタイルーム)23作
 

『ミサイル発射』のニュースが流れた。
 その時思い出したのが、喫茶店経営時代の常連客、島崎老翁だ。亡くなって十年近くになる。

 老翁が背広の内ポケットから出してカウンターに置いたのは、直径五センチ以上もありそうな懐中時計だ。真鍮製に見えた。上蓋に金色の菊の紋章。組紐が付いていた。針は止まっている。
 パイロットだったと言っていた。職業軍人として十八年の間、世界中を飛んだ。最後はハワイ沖だった。無事帰って来たが日本には戦闘機は残っていない。次の命令を待っている間に終戦となった。その時に懐中時計の針を止め、今に至っていると語った。

「戦争は常識の通じない渦だ」
 老翁は遠くを眺めた。
「年寄りになると、そうでなくてもなぁ」
 と、笑っていたが、いつもワイシャツに上質の背広を着ていた。身だしなみには気を遣い、清潔感を重視していた。
「夏でも薄着になると風邪をひくんだ」
 ワイシャツの生地を通して、長袖の下着が写っていた。
 一杯のコーヒーをたっぷりの時間を掛けて飲んでいた。その間の、事実か創造か定かではないおしゃべりは、多岐に亘る。
 終戦後の混乱。金儲けの極意は、種となるまとまった金額を貯めることから。結婚。妻との死別。熟年になって結婚詐欺に遭った。特許を二つ取った。今でも企業年金が送られてくる。
 老翁は、毎回同じようなプログラムで話していた。だが常に、動かない懐中時計を手放さなかった。


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