紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

(13) 選挙カー

2021-07-31 15:41:13 | 夢幻(イワタロコ)


 大型スーパーの前にいた。
 俺の住んでいる北関東は台風十四号の進路から外れている。雨は少なく、強風が吹き荒れていた。

 九月十一日の衆議院議員選挙カーが一台停まった。ワゴン車の屋根に付けた候補者名の書いた看板が外れそうになっている。
 選挙カーから男が三人降りた。皆で看板を手で支えている。間もなく小型のクレーン車が来た。運転手が降り四人で話し合っている。運転手が車に戻り操作をする。一人が屋根に乗って看板をクレーンに括り付けた。
 エンジン音がして看板がつり上げられた。強風にあおられて揺れている。屋根と看板を留めているビスが緩んで脱落したのか、一人が辺りを見回していた。
「あった」男が叫んで拾った。
 左右六ヶ所の留め部分に、看板を固定するまで風との戦いだ。四十分以上掛かってやっと取り付けた。

 道路一本を隔てて、対立候補の選挙カーが政党と候補者名を連呼している。三人がその方角を見た。風にワイシャツやズボンの裾が遊ばれている。
 看板の具合を確かめるとクレーン車が去り、男三人が急いで車に乗り込んだ。すかさず、女性が候補者名を絶叫する。
「皆さん、〇〇政党の尾崎考男、おざきたかおです。政治は何をどう行動するか――」
 候補者が俺を見て白手袋で手を振った。
「ガンバレぇ。負けるな」
 俺も候補者に手を振り返した。

 選挙カーが走り去る。強風が看板を左右に揺らした。また外れる恐れを感じる。
「あ、いけねぇ」
 俺はコピー用紙売り場へ急いだ。


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(11) 声の主

2021-07-25 08:05:50 | 夢幻(イワタロコ)


 駅を出ると夕日が眩しかった。

「後を付いていくよ」
 俺は後ろを振り返った。男にしては高音の声の主は、俺の視界に入らないところへ体をずらしているらしい。
「北相馬郡って言っていたから福島に近いと思ったが、東京寄りの茨城の外れだな」
――だれ?
「名乗っても分からないだろう。呼び名は違っているし、遠い存在だからな」
――ご先祖様? なんで俺に?
「長い間鎮座しているのに飽きた。ふらっと散歩さ。それにお前たちの住まいが見たかった」そこで言葉が途切れた。
 祖母の郷里での法要は、何人もの先祖の供養を纏めて執り行われた。仕事の都合で俺だけ先に帰る途中だ。
 声の主を振り切るように急いだ。国道を横切り八間堀の橋を渡り、千三百戸の団地に入るとその気配が消えた。

 一本目の突き当たりを曲がって路地を入った。鍵を使って玄関を入る。
「おかえり。一応、家の中は見せて貰ったよ」
 声の主は既にリビングにいる。
 髪を後ろで一つにした老人は、白い着流しで椅子にも掛けず立ったまま浮いていた。真夏だというのにそよ風が家の中を流れている。
「お前の骨格は私とそっくりだ」
――い、いつまでいるつもり?
「そうだな、みんなが帰って来る頃には失礼するよ。まあまあの生活ぶりで安心した」
 声の主はそれ以来話し掛けてこない。

 二日後、祖母と両親が帰ってきた。
 声の主は散歩を切り上げ去って行ったらしい。猛烈な暑さが戻ってきた。



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(10) 穴を掘る人 

2021-07-18 07:13:32 | 夢幻(イワタロコ)



「埋め立て地だから、このくらい掘って土を入れ替えないと、とても、根付かないんだ」
 造園業の足立が、油圧ショベルを操作しながら俺に説明した。
 植え付ける予定の陽光桜は三本。道路に面して五メーター間隔に、一メーター四方で深さも同じくらいの穴を掘る。ソメイヨシノと違って陽光桜の枝は横に張らない。だから離すのはこれくらいでいいと言う。

「お前行ってきておくれよ」
 そう言われて親の代理で地域主催の植樹祭に出てきた。児童公園の入口に立って、他の住人の来るのを待っていた。出足が鈍い。頼まれた日を間違えたのかと不安になってきた。
「もう集合時間を過ぎていますよね。自治会長さんもみなさんも来ませんね」
 足立はチラリと俺の顔を見たが、それには答えずに三カ所目の穴を掘り出した。
「このまま掘り進んだら何処へでるんだろう。ブラジル辺りかな」
 足立は真顔だ。
「なぁに言っているんですか、足立さん。アハハハぁ……。ブラジルまで届くほど掘ってくれたら、俺滑って降りて行こうかな」
「あっちでは穴から飛び出すことになるさ」
 俺は、コーヒー畑の穴から飛び出す自分を想像した。

「ちょっと、穴の深さを見てくんない」
 足立が穴の方を指さした。
 俺は穴の淵に立って覗いた。途端にショベルのエンジンが全開して轟音を発した。頭の後ろから冷風が背中を伝わって足に抜けた。
 一メートルの深さが何倍にもなって見えた。自分の体が吸い込まれて落ちていきそう。
「うわぁーっ」
 俺は穴の淵から飛び退いた。


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(9) 青畳

2021-07-12 07:02:46 | 夢幻(イワタロコ)



 社会人になって初めての社員旅行。部長以下男女三十人は、藺草香る広間のコの字形に並べられた膳に着いた。俺は一番出入り口に近い末席。中途採用で二年前に入った五十八歳の小泉さんの隣だ。小泉さんは、仕事中は無口で、口を尖らせて書類に向かっている。

「無礼講で今夜は楽しんで下さい」
 部長が表情を崩した。
「仕事のことはあっちへ飛ばしておいて」
 隣の小泉さんが俺にビールの入ったグラスを上げて見せた。俺はあまりアルコールに強くない。たった一人の新入社員だ。

「イワタロコ君。君の名は何とも言えないな」
 先輩の一人が捻り寄ってきた。普段俺を無視している鼻髭だ。
「はぁ」笑顔で受けたが、緊張が走る。
「誰か、唄をやらんかね」
 部長の酔った声が響いた。仲居さんがカラオケのマイクを持って会場内を見回した。
 手を挙げたのは眼鏡の先輩。『星のフラメンコ』を選んで、浴衣の前を掻き合わせて立ち上がった。得意な曲らしい。リズム感も声も良い。座は一気に盛り上がった。

 小泉さんがコの字型の中心に出て行った。大して酔っている風ではない。浴衣の腰ひもをきつく結び直すと、上半身を脱いだ。いつの間に着ていたのか黒いシャツ姿だ。口に真っ赤なハンカチを銜えている。
「ドン」と右足で青い畳を踏み鳴らすと、胸を突き出し、尻をアップさせて踊り出した。
「イエーイ、いいぞう」
「うわっ、なに?」
 会場内のざわめきなど意に介さず踊る。唄の終盤になった時、真新しい畳に足を取られた。傾斜体勢三十度の小泉さんが、部長めがけて滑って行った。


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(8) 白い妖精

2021-07-04 06:09:59 | 夢幻(イワタロコ)


 俺は、稲荷神社の小さな朱の鳥居を確認するとY路を左に向かった。小型車が通れる程の道は、沼畔の木立の中をカーブしながら続いている。

「ホーホー」
 フクロウの鳴き声がしてきた。
 高さ二十メートルほどの木が密集している。見上げると梢の先に僅かに空が見えた。夜行性の鳥が日中に鳴き声を上げることもあるのだ。鳴き声のした方へ山をよじ登って行った。
 太い木が行く手を阻む。枯れ枝を踏み鳴らし、下草が湧き出す香りをすり抜けて進む。
 道から大分奥へ入り込んだと思った。

 楕円形の手に載るほどの白い物体が、梢に近い枝葉の間を横切った。慌てて双眼鏡を構えた。捉えることが出来ない。
 梢に目を凝らす。木々の葉は緑の濃淡で彩られ、森全体を緑風がそよいでいる。
 また白いものが目を掠めた。フクロウの幼鳥だろうか。双眼鏡を構え、ゆっくりと左右に振った。
「あ、第一目的物だ」
 太い杉の梢近くの横枝に、真っ白なフクロウの幼鳥がうずくまっている。二羽だ。綿羽が揺らいでいる。目を閉じていたが、片目を半開きにしたり、欠伸をしたり、眠りの中にいることには間違いない。

――この二羽が飛んだのだろうか?
 また俺を焦らすように、白いものが、幼鳥から離れた木々の間を浮遊した。
 後を追った。消えたり現れたりするが、はっきりと姿を確認することが出来ない。それでも追った。服が藪に引き裂かれても、帽子が飛んでしまっても、湿った腐葉土に足を取られても後を追った。

――あれはきっと、白い妖精に違いない。


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