紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

(10)めいどのみやげ

2022-09-25 08:13:20 | 江南文学56号(華の三重唱)16作


「あらっ、天使の羽」
 徳子が、秋葉原の歩行者天国で指さした。
 黒いワンピースに白いフリルのついたサロンエプロン、頭には白いカチューシャ。メイドスタイルの女の子が数人いた。その中の二人の背中に、天使の羽が付いている。メイド喫茶の案内カードを配っていた。
 孝江が、案内カードを受け取ると老眼鏡を出した。依子も老眼鏡を出す。
「今日、目的のメイド喫茶だわ。さっそく行こうよ。冥土のみやげが一つ増えるわねぇ」
「ちっちゃい字ね。地図も見にくいわ」
 三人は、地図を頼りに信号を左に曲がった。
妻恋坂交差点を右にまがる。
靴屋の隣が喫茶店だ。ドアの前に、八人の若い男と、二人連れの女の子が席の空くのを待っていた。その後に並んだ。ピンク色の立て看板には、何処にでもあるような軽食と飲み物のメニュー。ポイントカードでメイドと一緒の写真撮影サービス有り。九十分の時間制とある。
 帰る若者と入れ替わりに店内に入った。
「行ってらっしゃいませ、ご主人様。あ、いらっしゃいませ。お三名様ですね」
 メイドが迎える。十八卓とカウンター五席の喫茶店。壁にメイドの大きな絵と、ガラスケースに衣装が飾ってある。横にメイド募集の案内。資格は十八歳以上。上限はない。
 三人は紅茶とケーキを注文する。
 メイドは静かな動作で、三人の前にケーキと空のカップと紅茶の入ったポットを置いた。笑顔を向けると、ポットを持って聞いた。
「お嬢様、レモンティーをお注ぎさせて頂いて宜しいでしょうか」
「お、お嬢様だってぇ」
 上ずった声の三重唱だ。
 店内の若者たちの視線が一斉に集まった。



江南文学56号掲載済「華の三重唱」シリーズ
初老の孝江と依子と徳子のプチ旅物語です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。



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(9)奥様お手を

2022-09-18 11:09:30 | 江南文学56号(華の三重唱)16作
 受付にタキシードの男がいた。
「入場料は二千二百円です。手荷物は三百円と五百円のコインロッカーがありますから。お着替えは更衣室をご利用下さい。あ、スタッフをご希望でしたら申し込んで下さいね。三十分、二千円です」
 男が言い添えると、依子に笑顔を向けた。フロアーからサンバの曲が聞こえる。
更衣室の五百円のロッカーに、依子と徳子、孝江の三人分の荷物を詰め込んだ。
 孝江が、誰かからのプレゼントだと言って、ビーズ刺繍のついた黒いリボンを首に結んだ。徳子は、大きなイヤリングを輝かせている。
 ダンス習い立ての依子は、二人が眩しくて仕方がない。
 フロアーのまわりには椅子が並べてあり、男女の客が掛けている。
「独りで来ている男性が踊ってくれるわよ。依子さんは、スタッフを頼んだら」
 孝江が自分から男性客に近づいて行って、もうフロアーの真ん中に踊り出ている。徳子には、近くの男性が手を差し伸べた。初心者の依子は、壁際に取り残されてしまった。
 依子は、スタッフ案内所に行ってみた。女性スタッフの札は七個。男性スタッフの札が三十個ほどぶら下がっていて、既にみな出払っていた。壁に『初心者には丁寧にご指導致します』と書いてある。受付の男性が言った。
「空いた順番にお受けしています。予約はしていませんから、時々確かめに来て下さい」
 一時間後、やっと頼むことが出来た。
 タキシードのスタッフは「松山」と名乗った。二十代半ばだろうか。依子より二十センチくらい背が高い。
 三十分間に、何度か松山の靴を踏みつけた。その都度、松山は「いいんですよう」と笑った。左の八重歯が可愛いい。


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(8)コスプレ

2022-09-11 06:41:13 | 江南文学56号(華の三重唱)16作


「あらっ、若かったら私もしたいわ」
 孝江が声を上げた。原宿駅を出て、明治神宮に向かおうとした時だ。
 十代の女の子がレースやフリル、リボンや花飾りの付いた洋服を着ている。アニメキャラクターを真似ているらしい。二人連れや三人連れ、また数人のグループもいる。
「コスプレって言ったっけ。可愛いなぁ。依子さん、私らの頃は、タケノコ族だっけ流行ったのは」
 徳子が女の子を凝視して言う。
「みゆき族じゃなかったかしら」
 依子は、銀座みゆき通り中心に流行った、花柄のスカートを思い出した。
「あら、あの二人歩道に座っているわよ。この寒空に」
「雪が残っているのにねぇ。敷物をひいているけど。見ているだけで神経痛が起きそう」
「若いってことは寒くないんだわよ」
 明治神宮の鳥居を潜ると、参道を覆う木々に積もった雪が、風に舞い散ってくる。
 三人は、社殿に向かって拝礼をし、柏手を打つ。小声で祈った。
 この時期は参拝者も少なく、神宮の森に、砂利の踏む音だけが響く。

「あら、あの女の子たち、まだあそこにいるわよ。写真撮らせてもらおうかしら」
 孝江がカメラを取り出した。
「ちょっ、ちょっと孝江さん、私たちも一緒に撮ってくれない」
 徳子が依子の腕を掴んで、フリルと花飾りのワンピース姿と、鎖やメダルを沢山ぶら下げたパンツ姿の間に割り込んだ。
 女の子たちが笑顔とピースサインを作った。
 カメラを構えたまま孝江が叫んだ。
「わっ、なに! この取り合わせは」



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(7)お戒壇めぐり

2022-09-04 08:09:22 | 江南文学56号(華の三重唱)16作


 善光寺内陣の入口に柵があった。依子たち三人に、係の僧が手で内々陣を示して言った。
「お参りを先になさって下さい。それから、内々陣の右側に一列に並んで下さい」
 大勢が並んでいた。列の最後尾に依子は並んだ。その後ろに孝江が体を寄せ、その後ろに徳子が続く。係の僧が説明する。
「荷物は左手に持って、間を開けないで一列にお進み下さい。お戒壇巡りは、右手で腰の高さの壁を伝って極楽の錠前を探り当てます。秘仏のご本尊と結縁をさせて頂いて下さい」
「ね、オカイダンってなに?」
 三人が同時に言った。
「ご本尊の下を通って来る修行ですよ」
 前にいた、依子たちより少し若そうな男性が顔を向けて言った。体験済みのようだ。お戒壇の入口は紅い欄干のような物で囲われていた。地下に向かって急な階段がある。
 依子は前の男性の上着に左手を僅かに触れて進んだ。階段から平坦な所に下りた頃には、明かりが無くなり、もっと進むと全くの闇だ。目を開けているのかいないのか、それさえも分からない。「うわぁ、真っ暗」口々に言う。丸みのある柱らしい壁面を何度か通過した。
「ゴォン、グァン」と音がしてきた。
「あれが極楽の錠前の音ですよ」
 男性の声。小刻みに進む。錠前に近づいた。
「私の手のところですよ」
 男性が言う。手で壁面を辿る。温かい手が何かを握っていた。依子の手を感じるとその手が退いた。
 依子は握った取っ手を左右に振った。それが壁の何かに当たる。「ゴォン、ゴン」
 四十五メーターの暗闇を抜けた。
「後ろの男性も、私の手を頼りに錠前を握ったみたいよ」
 徳子が含み笑いをした。




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