紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

★14 プラスチック

2024-05-26 08:33:19 | 風に乗って(風に乗って)17作


プラスチックの部品らしいモノが落ちていた。楕円形の鉄紺色で厚さは五ミリ位。楕円形の長い方の中央よりやや端に、二つの十円玉位の穴が、三センチほどの間隔を空けて開いている。
拾うと私は、プラスチックを顔に当ててみた。二つの穴が丁度目の間隔に合っている。

 安田製作所の脇の道から土手が見える。 
 土手の上の犬を連れたおじさんが、こちらを向いた。
「おはようございます」と言う。
 私は同じように返事をしたが、言葉が耳の奥で反響した。
「おや、今日はご機嫌が悪いようですね」
 おじさんは冷やかすように言うと、犬に引っ張られながら「では」と会釈をして歩き出した。
「ポチ、バイバーイ」
 おじさんの先を行く犬に手を振った。
 ポチは振り向くと、牙を剥き出して低くうなった。

「早起きは、気持ちが良いだろう」
 家に帰ると、起き出していた夫が言う。
「うん、いいわよ。あなたも歩いてみたら」
 私は、プラスチックを顔に当てながら言った。
「なんだいそれは、面みたいに見えるけど。それに、言うことがキツイな」
 夫が真顔になった。
「安田製作所の側で拾ったのよ。面白いでしょ」
「冗談じゃないよ。何を言ってるんだ。怒るぞ俺は。いい加減にしろ」
 私は驚いて、プラスチックを外した。
「なんだ、お前の顔は」



★著書「風に乗って」から、シリーズ「風に乗って」17作をお送りしています。楽しんで頂けたら幸いです。
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★13 平衡感覚

2024-05-19 08:46:49 | 風に乗って(風に乗って)17作


 大きめのコップに氷をいっぱい入れる。
 ボトルからウイスキーを注ぐ。
 つまみ袋の口を切る。
 部屋の明かりを消す。通りに面したカーテンを細く開ける。
 街灯が明るい。遠くをバイクが走る。
マフラーがバリバリと音をたてる。
 液体を一口流し込む。喉から食道、胃の壁が焼ける。ピーナッツを噛む。

 白い乗用車が通り過ぎる。
 もう午前二時だ。
 外の明かりに、コップを透かして見る。濃い目の水割りが半分になった。
 柿の種とピーナッツを一緒に口に入れる。
 立ち上がり、キッチンの冷蔵庫から氷を出す。コップにいっぱい入れる。
 窓際に戻ると、ウイスキーを注ぐ。
 また喉に流し込む。
 幾晩も同じ行動をとっている。
 体が熱くなってきた。立ち上がる。平衡感覚が狂い始めている。息を吐く。
「何をイラついているの」
 問いかける。
 問いには答えない。ただ「バカ。バカなヤツ」と呟く。酔いが回る。
「どうでもいいか」自分の声が響く。
 タクシーが停まる。男が下りた。こちらに歩いてくる。カーテンを閉じ寝床へ滑り込む。
 玄関の鍵が開く。階段を足音が上がる。
 ドアが開き、黒い影が入って来た。
 窓側に寝返った。
 一瞬、影が動きを止めた。
 みんなに祝福されてから、二十八年目に突入しようとしている。 
 この家の、平衡感覚があやし気になってきたのを、ヤツは知らない。



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★12 時刻表

2024-05-11 16:30:21 | 風に乗って(風に乗って)17作



 テレビの天気予報を見ていた夫が「今夜半から雪が降るって」と言った。
「子供達は成人したし、住宅ローンは終わった。喧嘩もしたがまずまずの生活だったな」
 呟きながら夫の視線が、カレンダーからその下のJRの時刻表に移った。

 翌朝、私が目覚めたのはいつもの六時半。 
 既に、夫はベッドに居ない。
 階下の居間のファンヒーターにスイッチが入れてあった。部屋は温まっている。
 私は部分入れ歯の夫のために、鍋に湯を沸かす。温野菜のサラダとゆで卵を作る。バターロールとミルクティーを用意した。
 新聞はいつも夫が取りに出る。だが、一向に戻ってくる気配がない。

 廊下の雨戸を開け、玄関のドアを開ける。
 雪が5センチほど積もっていた。
 玄関から通りに向かって、雪に靴跡が続いている。確かに夫の靴跡だ。靴跡は通りを横切りJRの駅に向かっていた。

 八時五十分。夫の会社に電話を掛けた。
「今日は、休暇願は出ていません。もうじきいらっしゃるでしょう。出社しましたら、ご自宅へお電話させます」
 総務部の男性が言った。

 何の言葉もなく出掛ける事の無かった夫。「そのうち帰って来るよ」と息子が言ったが、夕方になっても連絡はない。私はもう一度会社に電話をすることにした。プッシュボタンを押しながら、何気なくカレンダーに視線がいき、その下の時刻表に移った。
 指で辿りながら見ていくと、上野発下りの二番列車の部分に(雪)の字がついている。
 臨時急行列車。行き先の欄が空白だ。
 私は、夫がこの列車に乗ったことを確信した。




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★11 ワッカノナゾトキ山

2024-05-05 07:18:11 | 風に乗って(風に乗って)17作


 
先頭はサダジロウ先生だ。その後ろに十人ばかり繋がっている。みんな前の人の上着を掴まえている。あたしの後ろのタッちゃんは、あたしの三つ編みの髪を握って「なぁヨリコしっかり行けよ。おまえドジだからな」と言った。先生は時々後ろを振り返る。タッちゃんの手までは見えないみたいだ。

「この列車は、今日はワッカノナゾトキ山まで行きます。すこーしスピードを出しますから、みんなしっかり掴まるように」
 先生は腰を低くして走り出した。みんなも走る。あたしも走った。
 校門から田んぼ道を突っ走る。マイマイ川の木の橋を渡ってササクレ坂を登る。
 先生は、定年間近だけど若っぽい。少し長めの巻き毛をなびかせて、息も切らずに登って行く。みんながしがみつく。タッちゃんは、あたしより歩幅が大きいものだから、その頃にはあたしと並んでいた。
「ヨリコ置いて行くぞ」タッちゃんはあたしを追い越し、前のナツミの袖に掴まった。
 あたしは仕方なくタッちゃんの上着に手を伸ばした。

 タッちゃんの上着が脱げた。あたしは握ったまま転んだ。起き上がった時には、みんなはずうっと先を走っている。みんなの足が宙を飛んでいるように見える。
 ワッカノナゾトキ山の頂上の、木の無い所に秘密があるらしいけど、今のところ先生しか分からない。今日、探ろうと思っていた。
 あたしはみんなの後を追いかけた。タッちゃんに、上着を届けるしかない。

 ワッカノナゾトキ山の向こうに、同じ山が見えた。その山の向こうにまたワッカノナゾトキ山があって、その山を先生を先頭にみんなが登って行ったらしい。




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