Zooey's Diary

何処に行っても何をしても人生は楽しんだもの勝ち。Zooeyの部屋にようこそ!

朝吹家の別荘

2013年08月27日 | 社会


軽井沢では、「石の教会」など散歩してハルニレテラスでランチ、
塩沢湖畔のタリアセンにも足を伸ばしました。
ここは「湖畔に広がる自然と文化とミュージアム」という触れ込みの
小さな美術館が点在する広い公園、といった感じの所です。
昨日の日記の可愛いオブジェやブランコの写真は、こちらのもの。
ここにある朝吹家の別荘「唾鳩荘」を楽しみにしていたのです。

中学に入ったばかりの頃、「悲しみよこんにちは」「ブラームスはお好き」など
サガンの一連の小説に夢中になりました。
それを翻訳したのが朝吹登水子だったのです。
近年になって彼女の「私の東京物語」を読みましたが
まあ、凄い家の人だったのですね。
父は実業家・朝吹常吉、父方の祖父は三井系企業で活動した実業家・朝吹英二、
母方の祖父は長岡外史。
彼女は1917年(大正6年)生まれだというのに、
”父は日曜日になると、ロンドンの紳士服の老舗、サヴィルローのシンプソン製の
茶と白のラフな織のスポーティな上衣に、グレーのフラノのズボンという
典型的なイギリス風の服装をしていた。”
高輪の二千八百坪の土地に建てられた日本館には、書生や女中などが11人。
何しろ大きなグレート・デンがニ匹いて、その世話のための書生が一人いたというのですから。
この他に、W.M.ヴォーリズの建築によるテニスコート付き鉄筋三階建の洋館、
そして鎌倉と軽井沢に別荘。
彼女は幼少期を4人の兄たちと一緒に鎌倉の別荘で、
イギリス人女性の家庭教師の手で育てられたといいます。
彼女の両親という人は、1920年(大正9年)子ども5人を残して
2年間の「世界漫遊の旅」に出ているのです。


(裏から見たところ)

学齢期になると彼女は学習院に通うのですが
”白手袋をはめ、紺の制服を着た津坂が運転する自動車で学校に通った。
補助席には私付きのお女中さんが座り、幼い私一人が大きなバックシートに座った。”
朝吹家では水曜日には「タイディ・ディ」(きちんとした日)というものが催され、
”兄たちは紺の背広にネクタイ、私は中国人のテーラー、王の作った絹のドレス。
普段、子どもたちは使わない大食堂で、スコットの広瀬さんの料理と大林さんの
給仕で夕食をするのだ。この夕食の時の会話は英語でしなくてはならない。”

いやはや…
紹介していたらキリがないのですが
こんな世界があったのですね。
結局この人は、戦後の預金封鎖と財産税ですべてを失ったようです。
(この辺は詳しく書いてないのでよくわからない)
この本は、読み物としては大して面白くもないのですが
豊富な写真が満載で、こんな世界もあったのだという驚きをもたらしてくれます。
その朝吹家の軽井沢の別荘というのがこちら。
思ったよりもこじんまりとしていましたが、居間は、さすがという感じです。




「私の東京物語」 http://tinyurl.com/n28ge9x
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連れ込み不可

2013年08月26日 | 家庭


週末、夫と軽井沢に行って来ました。
珍しくタロウを連れて。
ペット連れOKのペンションやプチホテルがあるという話を聞く度に行ってみたかったのですが
タロウの躾けに自信が持てなくて、中々決断できなかったのです。

そういった所に連れて行くには当然のことながら
「躾けのよくできた犬」であることが求められる。
トイレ完璧、無駄吠えしない、他の犬と仲良くできる、が基本条件。
興奮しやすく犬嫌いであるタロウを連れて行くのは些か不安だったのです。
まあ今回は、他の犬からは逃げ回ったものの、それほど吠えることもなく、
粗相もしなかったので70点というところか。
トイレは、家でならなんとかできるのですが
外出先ではどうも勝手が違ってしまうようです。
今回も室内のトイレシートが使えず、結局何度も散歩に連れ出して外でさせることに。
オシッコの匂いをつけたトイレシートの上に
何度も乗せてみたのですが、駄目でした。
家ではトイレをシートではなく、リビングの一角という、
場所で認識しているのかもしれません。
いつでも何処でもトイレシートで排泄させるには
どうしたらよいのでしょう?



犬を連れて旅行してみると
犬連れ不可という所がまだまだ多いのに気がつきます。
軽井沢なんて犬を連れた別荘族も多いのだから
もう少し大丈夫かと思っていたのですが。
ヨーロッパの、よく犬連れの姿を見かけたオープンカフェや
犬を入れ物に入れることもなく、そのまま乗せるのも許されていた電車が
羨ましくなります。
無論、混雑した日本の電車では到底無理だということは分かっていますし、
世の中には、犬を嫌いな人もいるということも理解しています。
しかし、躾けがきちんとできたおとなしい犬であれば
きかないやんちゃな人間の子どもよりも、迷惑をかけることは余程ないと思うのですが。
(暴れん坊の男の子二人を育てた立場から申し上げます)



それにしても、無駄吠えなどは訓練で多少直せるとしても
犬嫌いというのはどうにもできないことなのでしょうか、やはり。
タロウが他の犬と仲良く駆け回る日は来ないのかな…
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ホテルの品格

2013年08月23日 | 社会

(帝国ホテルで)

2年前の話が何故今頃出てきたのか、ちょっと不思議ですが
いいお話なので御紹介したいと思います。

3月11日の大震災のあの日、日比谷の帝国ホテルは2000人の帰宅難民に暖かい場所と
毛布や水、保存食などを無料で提供したのだそうです。
このホテルでは以前から、大規模災害への対策マニュアルづくりに取り組んでおり、
だからあの日も、午後2時46分の地震発生からわずか4分後には現場指揮所を、
14分後の3時には社長を本部長とした災害対策本部を設置。
ホテルの宿泊客の無事を確かめ、路上に彷徨う帰宅難民を受け入れたのですと。
”ロビーはおろか、地下のショッピングアーケードから2階の宴会場まで、
人で埋め尽くされた。絨毯敷きの床で毛布にくるまってごろ寝する人たちの数は、
ピーク時には2000人を数えた。”
そしてその後、ロビーで一夜を明かした人々から、お礼の電話や手紙が
ひっきりなしに届き出したのだそうです。

“寒かったから室内にいられるだけでもありがたかったのに、お水や食料まで
差し入れしてもらった”
“近隣の外資系ホテルではドアを開けてもくれなかったのに、毛布を貸してくれた
ばかりか、毛布の数が足りなくなったら大判のバスタオルを出してきてくれた”
“携帯電話の電池が切れて途方に暮れていたとき、フロントで充電してくれたおかげで
家族と連絡が取れた”

近隣の外資系ホテルというと、ペニンシュラか。
私はあそこの「ザ・ロビー」が、真ん中に広い通路があって落ち着かなくて
(香港のペニンシュラでもそうだったので、そういう仕様なのでしょうけど)
サービスも、私が行った時は今一つで少々不満を持っていたのです。
華やかな高級外資系ホテルが次々にできて、古参の帝国ホテルはちょっと影が
薄くなってきたようにも思っていたのですが
こんな話を聞くと、本当に嬉しくなります。
友人情報によると、この5月に幕を閉じたホテル西洋銀座でも
同じことが行われたのだそうです。
ホテルの品格が分かるというものではありませんか。

なぜ帰宅難民2000人を無料収容したのか-帝国ホテル
http://www.excite.co.jp/News/economy_clm/20130819/President_10280.html?_p=1
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ちょっと情けない

2013年08月21日 | 社会
漫画「はだしのゲン」の扱いについてが
今、問題になっているのですってね。

”松江市教育委員会が、原爆の悲惨さを描いた漫画「はだしのゲン」を子供が自由に
閲覧できない措置を取るよう市内の全市立小中学校に求めていたことについて
「学校図書の取り扱いについて学校に指示するのは、教育委員会の通常の権限の範囲内」
と述べ、法令上問題ないとの見解を示した。”

私はこの漫画、子どもの頃に読んだきりでよく覚えていないのですが…
もの凄くショックを受けたことは覚えています。
被爆者たちが、自分の手足からぞろりと剥けた皮膚をぶら下げて歩いていたシーン、
包帯でグルグル巻きにされた被爆者が、痒いから自分の身体に蠢くウジを取ってくれと
懇願するシーンがあったような気がします。
ネットで探したら、画像が出て来ました。



なんだかなあ、と思います。
確かに残酷でグロテスクな描写は多いでしょう。
だって戦争自体が残酷でグロテスクなのだから。
優しい言葉や穏やかな表現で、どうやって戦争の悲惨さを伝えられるのか?
旧日本軍の蛮行や天皇制への憎悪などが必要以上に描かれているからと
いう意見もあるようですが
それもこれも清濁合わせて受け入れるかどうかの自由を
子どもたちに与えるべきなのではないか。
最初から取り上げてしまうなんて…

23歳の次男に、読んだことがあるかと先程訊いてみたら
小学生の時、図書館で読んだと答えました。
そう、こういうのは、お小遣いで自分で買う類の漫画ではない。
でも図書館にあれば、手に取ることもあるでしょう。
その機会を、子どもから奪ってしまうなんて…
ちょっと情けないと思うのです。

松江市教委の「はだしのゲン」閲覧制限要請 文科相「問題ない」
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130821/edc13082118020004-n1.htm
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棒樫の木

2013年08月20日 | 家庭
毎日暑いですね。
お盆の帰省より、昨夜帰宅しました。
夫と私の実家はどちらも岐阜にあります。
両の父とも何年も前に他界しましたが
母と義母はありがたいことに元気です。
私は法事や歯の治療などでしょっちゅう帰省しているのですが
帰る度に、郷里の様子が少しずつ変化していく様を感じざるを得ません。
歳月は流れ、人は老い、モノは移ろう。



実家の棒樫の木が枯れてしまったということで
短く切られていました。
30年近く前に植えられたこれは、母屋の玄関の前にあって
いつも瑞々しい緑で出迎えてくれていたのに。
門の左袖のモッコクの木も元気がなく枯れかけている。
往年の勢いは今いずこという感じです。
実家の庭は今のところ母が管理していますが
この先どうなるのか…



マンションに戻ると
タロウが狂喜乱舞して、盛大なウレションつきで迎えてくれました。
相変わらずおバカな元気いっぱい犬ですが
この子も人間でいえばもう中年。
真っ黒だった毛に、わずかに白いものが混じってきたことに
私は気が付いてしまったのでした。
タロウよ、お前もか。

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忘れもの

2013年08月13日 | 社会


世の中には、信じられないようなことが時として起こるようです。
スペインで建築中の、47階建て高さ200mの超高層ビルに
建築家がエレベーターをつけ忘れたのですって…

スペインのベニドルム(スペイン南東部のバレンシア州の都市)で建築中の超高層ビル。
当初は20階建てのビルとして設計されていたそうですが
開発者がノリノリになって欲を出し(the developers got over-excited and pushed the height way up)
途中で47階建てに変更になったのだそうです。
しかしその際、その規模に合うエレベーターを再設計することを考えなかったのですって。
今となってはエレベーターを設置するスペースはないのだと。
その建築家はすでに辞任しており、問題の解決法は不明のままなのだそうです。
階段しかないんじゃない?(Can we recommend the stairs?)と記事は結んでいる。



冗談みたい。
いや、冗談ですまないか。
詳しいこと知らないのですけど
ここまで行く前に、建築基準法とかにひっかかったりしないの?
これだけ大きな建物作っているのにエレベーターがないこと、
誰一人気がつかなかったの?
誰か変だなあって思わなかったのかしら。
バレンシア地方を旅行した時、陽光眩しくのんびりした地方という印象を受けましたが…
笑わせて頂きました。

The Builders of This Spanish Skyscraper Forgot the Elevator
http://gizmodo.com/the-builders-of-this-spanish-skyscraper-forgot-the-elev-1065152844
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「終戦のエンペラー」

2013年08月11日 | 映画


邦画かと思ったら、これはアメリカ映画だったのですね。
監督は「真珠の耳飾りの少女」「ハンニバル・ライジング」のピーター・ウェーバー。
岡本嗣郎のノンフィクション「陛下をお救いなさいまし 河井道とボナー・フェラーズ」が原作。
ゴダイゴの曲の作詞などで知られる演出家の奈良橋陽子が企画。

原爆投下のシーンから映画は始まり、それによって戦争が終結したというキャプションが。
そして、焦土と化した無残な日本の姿が画面いっぱいに。
進駐軍を率いて終戦直後の日本に降り立ったマッカーサー元帥(トミー・リー・ジョーンズ)から
太平洋戦争の責任者追究を命じられたフェラーズ准将(マシュー・フォックス)。
太平洋戦争の責任は誰にあるのか。
天皇の責任の有無は?
そこに、フェラーズと日本女性の恋愛が絡んで…



率直に言えば、周知のエピソードを並べ立てて作られた作品という感じで
しかも淡々としたストーリーで、それほど大きな感動はありませんでした。
日本の終戦直後の歴史に興味を持つアメリカ人がそうそういるとも思えないので
これは、日本での興行収入を狙って作られたハリウッド映画と考えてよいでしょう。
原爆投下で戦争は終わったなど、いかにもアメリカ目線です。

それでも、焼け焦げた東京の無残なシーンが画面いっぱいに拡がるのを見るのは
それだけでも胸が締め付けられる。
何もかもを失くし、飢え、目が虚ろな人々。
よくぞここから復興できたものだと。
そして例えば、近衛文麿(中村雅俊)がフェラーズ准将に
「日本の行った侵略行為は、かつての連合国のやり方を手本にしたものだった」
と言う場面。
日本が侵略したと責めるが、それは連合国から奪ったのであって
元々侵略した連合国は罪に問われないのに、どうして日本だけがこんなに責められるのか?と
詰め寄ったシーンは感動的でした。
アメリカ映画でよくここまで言わしめたものだと。

そしてクライマックスは、天皇とマッカーサーとの対談。
私は特に皇室擁護派ではありませんが
日本人の心の拠り所、故郷としての皇室の存在は、やはり意義のあるものと思っていますから。
自分の国に誇りが持てない子どもたちを育てているような今の教育には
一抹の不安がつきまとうので。
自分の国に誇れるものを持つこと、心の拠り所を持つ方が、
持たないよりもどれだけよいかと思わずにいられないのです。



観賞後読んだ資料によると、本作を企画した演出家の奈良橋陽子は
夏八木勲が演じた宮内省次官の関屋貞三郎の孫なのだそうです。 
奈良橋は子供の頃から戦中戦後の事について祖父から聞いており、そこから
この企画を思いついたのだとか。
夏八木勲、天皇の側近として
「四方の海 皆同胞(みなはらから)と思う世に など波風の立ち騒ぐらむ」
という御製を詠じる場面など、いい味を出していました。
これが遺作のひとつとなったのですね。

「終戦のエンペラー」http://www.emperor-movie.jp/
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ベニシアさんのこと

2013年08月06日 | 社会


ベニシアさんの名前は知っていました。
京都の大原の古民家に住み、ハーブを栽培しながら日々を送っている英国人女性。
書店に行けば、綺麗な写真入りの彼女の本が平積みになっていたし、
NHKで彼女の暮らしぶりを紹介する番組を、ちらりと見たこともありました。
が、私はハーブにはそれほど興味もないし、
酔狂な外国人がいるなあくらいに思っていたのでした。

認識が変わったのは
先日の朝日新聞の「逆風満帆」で彼女についての記事を読んでから。
記事によれば、その大原の家のトイレは汲み取り式なのだそうです。

今時の日本で、汲み取り式のトイレ!?
そこに20年近く住み続けている?
なんと…
海外旅行の度に私が騒ぐトイレ問題。
便座がなかったり、使用済みの紙を流せなかったり、ドアが半分しかなかったり。
いや、それと次元が違う…

彼女の生家というケドルストンホールは、代々続くイギリス貴族の館であり、
そこには、国王が立ち寄られた時のための「王様の部屋」もあったのだとか。
祖父は子爵であり、曾祖父の兄はイギリスの外相・インド副王。
彼女は若い頃インドにバックパッカーとして行き暫く生活した後、1971年に日本に。
1996年に今の大原に移住したのだそうです。
最初の結婚が破綻した後、3人の子どものシングルマザーとなり、92年に今の夫君と結婚。
英会話教室の経営も順調となり、ハーブ研究家として落ち着いた頃、
99年に次女ジュリーさんが統合失調症を発症。
彼女の今の願いは
「ジュリーのこと(病気のこと)をもっと知ってもらいたい」
ということなのだそうです。
「周りの人と少し違うだけ。もっと多くの人が知っていたら、
ジュリーも安心して暮らせるようになると思う。」(朝日新聞より)

イギリス貴族の元お姫様が手に入れた「大原古民家のハーブの暮らし」には
そんな事情が含まれていたのですね。
私は何しろ「汲み取り式」に打たれてしまいました。
この秋に公開されるという「自身の半生や家族の日常を綴った映画」が
楽しみです。

(写真は映画のHPから)

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ネパール料理店「ルンビニ」

2013年08月04日 | グルメ



高校時代の仲間の集まりがたまにあります。
今回は、朝日新聞記者のK君を中心にした内輪の集まりだったので
水道橋のネパール料理店「ルンビニ」で。
彼はネパールに何度も行っており、今年5月の三浦雄一郎氏のエベレスト登頂にも
同行したという、ネパール通なのです。
昨日の朝日の土曜版「逆風満帆」には、三浦氏についての
「不整脈の不安と闘い最高峰へ」という、彼の署名記事が大きく載っていました。
今日の「Globe」のスポーツ欄「エベレスト、初登頂60周年」も。
その彼が、「都内で一番安くて美味しい」と一押しのネパール料理店に。



ネパール料理って私は初体験だったのですが
要するに、インド料理と似ているのですね。
パパド(おせんべい)・モモ(ヒマラヤ小龍包)・ サラダ ・ パコダ(揚げ物)・
タンドリー(タンドゥールで焼いた肉料理)・カレー・ナン・デザート。
基本的に、辛い。
フライドチキンのようなものがありましたが、真っ赤っ赤。
鶏肉と野菜を炒めたような料理も辛い。
サラダは、キュウリやニンジンやダイコンや紫タマネギを短冊切りにしたものですが
これにも辛い香辛料がたっぷり。
各局、デザート(ヨーグルト)以外は、どれも辛かった。
失礼ながらあまり期待しなかったので写真も撮らなかった(なので料理写真は
ネットから拾った)のですが、意外に美味しかったのです。
食欲がなくなる暑苦しい日には、スパイシーな料理はやはり合うのかもしれません。
ナンはインド料理でよく知っていたつもりでしたが、ここにはプレーンのナンの他、
ナッツとレーズン入り、チーズ入りなどもあり、これも美味しい。



しかも、安い!
これで飲み放題つけて2480円なんて信じられない。
場所が少々不便なせいか、知名度は今一つのようです。
が、K君に言わせると、都内では一番現地の味に近いと。
なので感謝の気持ちを込めて、ご紹介させて頂きます。

三浦氏の最高齢登頂の裏話など色々聞けて、楽しい夜でした。
エベレストの名前の使い分けが今一つ分かっていなかったのですが
英国人が付けた英語名が「エベレスト」、チベット語では「チョモランマ」、
ネパール語では「サガルマータ」なのだそうです。
納得!
学生時代の仲間の集まりというのは、言いたい放題言えて非常に気が楽であり、
楽しいものです。
どんなに体型が変わっても(特に男子)、色々な役職名がついても(これも男子)、
再会した瞬間に、30年前の学び舎での顔に戻ります。

「ルンビニ」 http://tabelog.com/tokyo/A1310/A131003/13154659/
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天使と悪魔

2013年08月02日 | 社会
昨日の朝日の三谷幸喜氏「ありふれた生活」に
二つのことが報告されていました。
一つは、仔犬を飼い始めたということ。
愛犬「とび」が死んだことによるダメージはあまりにも大きく、
それを埋めるために思い切って仔犬を迎えたと。
プチブラバンソン、ブリュッセル・グリフォンの短毛タイプ。
犬種を言われてもピンと来ませんでしたが
映画「恋愛小説家」に出てきたワンコと聞いて分かりました。



なんともとぼけた、愛嬌のある顔。
ちょっと爺臭い、しかし可愛い顔。
初めて見た時は、こんな犬が世の中にいるんだと驚いたものです。
こんな感じ。

(ネットから)

この仔犬を、しかもニ匹迎えたと。
”その瞬間から、わが家はしっちゃかめっちゃかとなった。
小さな悪魔たちは、昼夜を問わず大暴れ。
あらゆるものを噛み、あらゆるところにおしっこをし、そしてエンドレスの雄叫び。
そのすさまじさに、老犬との暮らしに慣れた僕は、呆気に取られるしかなかった。”

ああ、タロウもそうだったな…
仔犬は本当に可愛いが、その破壊力は凄まじいものです。
クッションもカーテンも皮靴もスカーフも、何もかも齧られましたとも。
悪魔のようだが、しかし天使のように可愛い。
それにしても、一度にニ匹も引き受けて世話できるの?と思ったら
文章の最後に、二つ目の報告が。
幸喜氏、先日結婚なさったのだそうです。
犬を飼うように勧めてくれたのは、お相手の方なのだそうです。

ああよかった。
この連載エッセイをずっと読んでいますが、
家庭生活に関しては近年は離婚したり、愛犬を亡くしたりと
読んでいても辛いものが多かったから。
ちびっこ悪魔ニ匹と新しいお嫁さんを迎えたとあっては
この夏はさぞ暑いことでしょう!
おめでとうございます。

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