少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

紙の魔術師

2021-01-30 13:26:43 | 読書ブログ
紙の魔術師(チャーリー・N・ホームバーグ/ハヤカワ文庫)

ハヤカワ文庫の、ファンタジー色の背表紙の一冊。

舞台は20世紀初頭、蒸気機関車や電信が普及し始めたころのイギリス。魔法も高度な技術として認められている。
魔法学校を卒業した主人公(女性)は、意に反して、紙の魔術師のもとで実習するよう命じられる。

という設定は、ファンタジー好きにとっては違和感なくはいっていける。

だが、イケメンで変人の師匠に心魅かれて、というあたりで、期待していた物語とは違うのかな、と思う間もなく、予想外の急展開で、荒っぽい魔術師同士の争いに巻き込まれていく。そのあたりの妙なバランスが、この作者の持ち味なのか。もう少し崩すと、「アレクシア女史」のような感じになるのかもしれない。

三部作の1作目で、出来映えとしてはようやく及第点と思うが、第2部以降の展開に期待、というところか。

出来映え如何にかかわらず、結局私は、こういう類の本を読まずにいられない。子供じみた感傷に苛立ちながら、ハリー・ポッターを全巻読みつくしたように。あるいは、退屈な文章に耐えながら、指輪物語を読了したように。

工学部ヒラノ教授

2021-01-23 19:47:52 | 読書ブログ
工学部ヒラノ教授(今野浩/新潮文庫)

図書館でこの著者の作品を1冊見つけて、非常に面白かったので、他の著作を探してみた。

幸いなことに、「工学部ヒラノ教授」で始まるタイトルの本が、十数冊、あることがわかった。

その中で紹介するのは、シリーズ最初の1冊。タイトルが『文学部唯野教授』(筒井康隆)に似ていると思った人はカンがいい。その向こうをはって、あまり世間に知られていない工学部の実態を、著者の経験に基づいて記述したもの。宣伝文句には、「実録秘話」と書いてあり、確かに内情の暴露本のようでもあるが、ユニークなエッセイとして楽しませてもらった。

上質のエッセイを発見するのは大きな喜びで、佐藤正午の『ありのすさび』その他の作品以来かもしれない。ちなみに、この人の作品はエッセイ以外、まだ読んでいない。

工学部に進学する人や、研究者を目指す人には、大いに参考になる内容だと思うが、それとは無関係に、読み物として純粋に面白い。どこかで見かけたら、読むことをお勧めする。どの本も、それそれで完結しており、どの本から読んでも差し支えない。

今、6冊まで読んでおり、手元に未読の2冊もある。

ゆっくりと楽しみたい。


風の名前

2021-01-17 14:56:11 | 読書ブログ
風の名前(パトリック・ロスファス)

久しぶりに、ハヤカワ文庫のファンタジーを読んだ。シリーズものの長編としては、ミストボーンシリーズ以来か。

キングキラー・クロニクルの第一部として描かれる本作では、放浪の民の少年が、おとぎ話の悪人たちに一族を皆殺しにされ、十代前半を生き延びた後、若くして大学への入学を認められる。魔法学校を舞台とする点で例の作品と比べられるのは避けがたいが、ハリポタは内容に比べて人気が高すぎ、もっと面白い作品はいくつもある、と思っている。本作は、その好例である。

第三部まで書かれる予定で、第二部「賢者の怖れ」はすでに刊行され、勢いで読んでしまった。第三部はこの夏に原作が発売されるらしいが、日本語訳はまだ先のようだ。

チャイナ・セブン<紅い皇帝>習近平

2021-01-17 09:49:56 | 読書ブログ
チャイナ・セブン<紅い皇帝>習近平(遠藤誉/朝日新聞出版)

6年余り前に、朝日文庫から出た『チャイナ・ナイン』を読んだ時の衝撃を覚えている。そこには、上位9人の多数決ですべてが決まる中国の権力構造と、習近平が国家主席に選ばれた経緯が、克明に描かれていた。ここまで内実を暴露して大丈夫なのか、と心配になると同時に、あとがきに記された著者の覚悟を読んで、心を動かされた。

その本で、9人が7人に変わったこと、その事情は近く刊行される『チャイナ・セブン』で解説する、との予告があった。文庫での続編を期待するうちに年月が流れたが、ついに文庫化されることはなく、ようやく最近になって手に入れた。刊行は2014年11月だから、文庫本のすぐ後に出たことになる。

この本では、習近平の生い立ちを詳細に記述し、そこから彼の改革の意図を読み取っている。また、次期チャイナ・セブンの予想もしている。現時点で振り返ると、その分析は正確だが、一点で大きく異なっている。従来の慣行では、国家主席は2期までで、次の国家主席になる人物が、2017年に選ばれるはずだったが、実際には選ばれなかった。習近平は、自ら国家主席を3期以上務める道を選んだのだ。この本の執筆時点でそれを見通すことはできなかっただろうが、著者のその後の記事を探すと、そのあたりの事情も解説している。

著者は、習近平が改革と強権の路線をとらざるを得ない事情を読み解きつつも、最後は「自由と民主」が勝つはずだと信じているようだ。しかし、私はそれほど楽観的になれない。

ユヴァル・ノア・ハラリは『ホモ・デウス』の中で、人間至上主義に替わってデータ至上主義が優勢になれば、自由主義と民主主義は、発展の必要条件ではなくなると示唆している。

この予言が実現しないことを、強く願っている。

スパイは今も謀略の地に

2021-01-10 09:00:00 | 読書ブログ
スパイは今も謀略の地に(ジョン・ル・カレ/早川書房)

昨年11月に、この作者の作品『スパイたちの遺産』を紹介する記事を投稿したが、その後まもなく、氏の訃報に接した。そこで、哀悼の意を込めて、文庫になるのを待たずに、ハードカバーで読んでみた。

舞台は、直近のイギリス。主人公は、40代後半、現場仕事からの引退を迫られたベテランのスパイ。閑職に追いやられた主人公のもとに、ある情報がもたらされて、大規模な作戦が動き出す。

バドミントンクラブで知り合った青年の描写に多くのページが割かれるが、読後に印象に残るのは、4人の女スパイだ。

主人公の部下の新人スパイ。新婚直後に共に活動したことのある主人公の妻。残り2人は、ネタバレ防止のため、書かないでおこう。

誰も死なず、一応ハピーエンドなのは、この作者にしては珍しいが、題名から推しはかるに、背景にあるテーマは、諜報活動における盟友のアメリカで、ロシアびいきのトランプ大統領が就任し、イギリスがブレグジットに踏み込んだ時代において、スパイ活動がどのような意義を持つのか、という問いではないか。

そして、政治がいかに混乱しようとも、スパイは、今なお現場にいるのだ。

いずれにしても、この作者にしか書けない、無二の作品だと思う。合掌。