少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

諸葛亮

2024-02-23 20:51:48 | 読書ブログ
諸葛亮(宮城谷昌光/日本経済新聞社)

上下2巻。6週前に『公孫龍』を紹介したばかりだが、宮城谷氏はここ数年、早いペースで新作を上梓している。70歳代も後半になって、驚異的だ。

さて、この人には特定の王や名臣に焦点を当ててその生涯を語る作品が多いが、満を持して諸葛亮を取り上げた、という感じだ。

そして、この人の特徴として、さまざまな史料からその人物像を彫り出し、時に地の文章に作者が顔を出したりしながら、淡々とその生涯をたどっていく。だから、12巻にわたる『三国志』を書いた後も、なお諸葛亮を描く意義があるのだろう。三国志に詳しい人にも、「三顧の礼」以前の青年時代は印象に残るはずだ。

また、「実像に近いところで小説を展開することを好む」一方で、歴史上、わからないところも、一定の解釈のもとで物語を展開することになる。そのあたりの事情が「あとがき」に簡潔に記されているが、作者の新たな発見がどの箇所かは、類書をあまり読んでいない私には分からなかった。

いずれにしても、簡潔で読みやすく、作者あるいは主人公が人物や事物を評価する視点が、しっかりと定まって動揺がないのが気持ちいい。

画像は「イラストAC」から




嘘の木

2024-02-16 21:02:15 | 読書ブログ
嘘の木(フランシス・ハーディング/創元推理文庫)

色々な読み方ができる作品。

舞台は19世紀後半、ダーウィンの進化論が発表された直後の英国。主人公は14歳の少女。

主人公の父は、翼のある人類の化石を発見し、一躍、注目を浴びるが、それが捏造だといううわさが流れ、世間の目を逃れるために島へ移住する。しかし、その島にも噂は届き、主人公の父は不可解な死を迎える。

という設定で物語が始まる。

殺人事件の犯人を捜す物語、ともいえる。

少女の成長物語ともいえる。

あるいは、現実には存在しえない事物を前提としたファンタジーともいえるし、進化論の行く末を論じる科学もの、ともいえる。

いずれにしても、ビクトリア朝のイギリスを舞台に、子どもであることと女性でることの制約に、全力で抗おうとする少女が描かれている。読書の楽しみに満ちた作品なのだが、少しだけ、私の苦手な「怖いもの見たさ」の要素も入っている。

そして、そのすべての焦点は、題名にあるとおり、「嘘の木」にある。

児童文学の賞を受賞しており、児童文学であることは間違いないが、優れた児童文学がその枠を易々と超えていくのもよくあることだ。

画像は「イラストAC」から


土曜日はカフェ・チボリで

2024-02-09 20:23:41 | 読書ブログ
土曜日はカフェ・チボリで(内山純/創元推理文庫)

営業は土曜日だけ、店主は男子高校生という、カフェ・チボリを舞台とする安楽椅子探偵の物語。

語り手の「私」は、30歳も間近なのに交際相手のいない女性編集者。謎解き役の高校生は、進学校の超エリートで、資産家一族の一員。いかにも、な設定ではある。

また、ミステリファンからは、コージーミステリにしては謎解きが煩雑、とか、生半可な恋愛要素はいらない、とかいう辛口評価を受けるかもしれない。

しかし、私は楽ませてもらった。短編の連作推理を読むのは久しぶりだし、一風変わったカフェが成り立っている理由が次第に明らかになる展開や、チボリ公園、家具、陶器などデンマーク関連の知識、そして、アンデルセン童話にちなんだ謎が登場人物たちの会話を通じて解き明かされる様子を、ただゆったりと読み進めた。軽い読み物ではあるが、意外な読みごたえもあった。

あとがきを読むと、作者のデンマークとアンデルセン童話への強い想いが感じられ、それがこの作品を成立させているのだと納得できた。

で、この本を手に取ったのは、拝見しているブログで紹介されていたから。本屋や図書館で見かけただけでは素通りしたかも。

なお、続編は期待していない。アンデルセン童話にちなんだ謎、というしばりだと、ネタ探しが難しそうだ。

画像は「イラストAC」から

英国のスパイ

2024-02-02 21:46:36 | 読書ブログ
英国のスパイ(ダニエル・シルヴァ/ハーパーBOOKS)

5週前に、この作者の『教皇のスパイ』を紹介した。ガブリエル・アロンを主人公とする作品はシリーズ化されているらしい。調べてみると、2000年以降22作が刊行され、第14作以降の9作品が、この文庫で翻訳されている。

その中で、題名だけをヒントに、面白そうな作品を探してみたのが、この1冊。スパイ小説といえば、ジョン・ル・カレだけでなく、チャールズ・カミングやミック・ヘロンも英国人。それに、スパイ組織が優秀なのは、英国とイスラエル、というのも定説だ。(多分)

冒頭で、英国の元皇太子妃が乗ったヨットが爆発する。実行犯として、IRA出身の爆破テロリストの名が浮上する。イスラエル諜報機関の長官に就任寸前の主人公は、英国当局から秘密裏に事件解決を頼まれる。彼が相棒に選んだのが、SAS出身の暗殺者だった。

シリーズ中の2作を読んだだけだが、レギュラー的な登場人物が多数いて、過去の因縁や遺恨もいろいろあるようだ。スパイ小説を、一定の質を保ちながらこれだけ長期に継続できるのは、それだけで賞賛に値する、と思う。(トム・クランシーのジャック・ライアン・シリーズはそれなりに長いが、私は第5作『恐怖の総和』までで読むのを止めた。)

スパイ小説だから、ロシア大統領が登場するのは当然だ。固有名詞は示されていないが、当然、あの人が想定されている。作者が巻末の「著者ノート」に人物評を載せている。「本物の政治信念は持っていない。私腹を肥やすのが好きな政治家で、権力をふりかざすこと以外は何も考えていない。」

私はその大統領を、政治家ではなくスパイマスターだと思っていたが、もはやスパイマスターですらないのかもしれない。

シリーズの他作品をどれだけ読むかについては、今後の気分次第、ということで。

画像は「イラストAC」から