少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

重力のからくり

2024-03-29 21:19:22 | 読書ブログ
重力のからくり(山田克哉/BLUE BACKS)

この著者はブルーバックスで「からくり」シリーズをいくつか出している。

一冊くらいは読んでみようかなと思い、どうしても重力と量子力学の折り合いが気になる、ということもあり、本書を手にした。

ニュートン力学の丁寧な解説から始まり、質量の保存、エネルギーの保存、電荷の保存則へと進んでいく。そして、量子力学の黎明期に注目を浴びた黒体放射に関する考察から、真空のゼロ点エネルギーが導かれる。

真空エネルギーは、ダークエネルギーの有力候補と考えられているようだが、現時点では、まだ断言することはできない、とのこと。

最後に一般相対性理論の方程式の説明がある。アインシュタインがつけ足した後で後悔し、しかし実は正しかった宇宙項の正体は、ダークエネルギーであることが示される。しかし、観測されたダークエネルギーの密度は、真空のゼロ点エネルギーに比べると、圧倒的に小さい。

その謎の解明には、結局、重力量子理論の完成を待つしかない、ということのようだ。

全体として、これまでに得た知識をなぞる内容ではあったが、一番の収穫は、ニュートン力学の偉大さを確認できたことだろうか。その原理は、数学的には高校レベルでついていけるはずだが、物理的な意味をきちんと理解していたわけではなかったことを、思い知らされた。


校閲至極

2024-03-22 20:11:40 | 読書ブログ
校閲至極(毎日新聞校閲センター/毎日新聞出版)

サンデー毎日に連載されているコラムを書籍化したもの。著者は組織名になっているが、総勢21名の校閲者たち。

かつて仕事で校正のまねごとをしたことはあるが、校閲は誤字の確認だけでなく、事実誤認も含めての総合的なミスの除去。作家のエッセイを読んでいると、校閲がらみの話題に出会うことがあるが、考えただけでぞっとするような、大変な仕事のようだ。

しかし、コラムとして読む分には、これほど気楽に楽しく読めるものはない。そのギャップが、この本を読んでいて少し後ろめたい気がする原因かもしれない。

あらすじを紹介するようなものではないので、いつものようにいくつかの感想を。

全部で74編の記事があるが、最も印象に残ったのが、広辞苑の「焼く」に関する語釈の変化。第6版の語釈は、そのとおりだけど何か物足りないが、第7版を読むとなるほどと思う。

「障害」の表記に関する話題がある。その詳細も、私の立場もここに記すつもりはないが、仕事柄、これについてはいろいろなことを考えてきた。

終盤に、名前に使われる漢字についての話題が取り上げられている。私の名前は、特に難しい文字ではないが、地元でも結構間違われるし、東京在住時には一度も正しく読まれたことはなかった。まあ、どうでもいいことですが。

続編も出ているようなので、機会があれば、読むことになると思う。

経済学レシピ

2024-03-15 21:39:09 | 読書ブログ
経済学レシピ(ハジュン・チャン/東洋経済新報社)

この本は何だろう。料理が好きな経済学者が、さまざまな食材を取り上げながら、関連する経済学上の論点を平易に解説する読み物、というところか。

オクラを題材に、資本主義と自由の関係を論じ、

ココナッツを題材に、熱帯の人は怠け者だという説の誤りを指摘し、

エビを題材に、途上国が発展するためには保護主義が必要であると主張し、

バナナを題材に、多国籍企業の功罪を語り、

ライ麦を題材に、社会保障制度の必要性を説く。

という具合に、現代社会において知っておくべき経済問題に関する入門書になっている。

著者が序章で書いているように、経済理論は税や社会保障や金利や労働市場に関する政府の政策に影響し、私たちの生活や、社会の発展方向、さらには私たちの人格にも影響する。

イスラム教への偏見や、アメリカ合衆国の発展理由など、本書を読まなければ知りえなかった知見もあった。経済学について、こんな面白い本が書けることに驚いた。この本は、多くの人に読まれるべき価値がある。

一方で、この本の主張に反対しそうな日本人論者といえば、あの人とこの人がすぐに思い浮かぶ。(経済学は、かなり党派的な学問でもある。)

神は俺たちの隣に

2024-03-08 21:27:48 | 読書ブログ
神は俺たちの隣に(ウィル・カーヴァー/扶桑社)

3つのストーリーが並行して描かれる。

脳腫瘍の疑いに悩む多重人格の男とその隣人。
妻に先立たれて自殺を試みた老人と、天使のように美しいカップルと、老人の息子とその妻。
人生に倦んだ看護師と、怪我で選手生命を絶たれたアスリートと、正義感の強い脚本家志望の男。

これらは、いわゆる「神の視点」で描かれている。そして、無限の多元的宇宙に関する言及が、あちこちにある。

その幕間に、ほとんど疑問文で埋め尽くされた、一人称のモノローグがはさまれる。爆弾を抱えたテロリストのようでもあり、すべてのストーリーを知る神、あるいは作者視点の語り部のようでもある。(多分、そのすべてなのだろう。)

読み進めるうちに、どんな結末を迎えるのか、という興味が高まってくる。(冒頭から、かなりあからさまに示唆されているにもかかわらず。)

結末は、予想どおりであり、意外でもある。そして、タイトルの意味と、本全体の意図が、何となく染み込んでくる。挑発的な作品で、好みが明確に分かれるだろう。「お勧めはしない」本の一冊。無責任な感想を添えるとすれば

(キリスト教徒でいることは、何と面倒くさいのだろう。)

銀河を渡る

2024-03-01 20:28:49 | 読書ブログ
銀河を渡る(沢木耕太郎/新潮社)

沢木耕太郎氏のエッセイ集。エッセイ集としては3冊目だそうだ。

5部構成で、本人によれば、「歩く」、「見る」、「書く」、「暮らす」、「別れる」に分類されているとのこと。

「歩く」は旅行に関するもので、世界中を旅してきた筆者が自在に描くさまざまな風景を、存分に味わうことができる。「見る」は人物評だろうか。「書く」は、自らの著作について多くを語り、「暮らす」は日常の中の想い、そして「別れる」は故人への追悼の文章を集めているようだ。

例えば「傘がある」という文章がある。タイトルを見ただけで井上陽水を連想するが、果たしてそれは「傘がない」と対をなすべき状況を描いたものだった。そういう風に、次々とページをめくる楽しみがつながっていく。

不思議な読後感だった。短い文章の寄せ集めなのに、例えば、1冊の壮大な物語を読んだような気分。それは筆者があとがきに書いているように、「エッセイを小説のように書く」ことの効果なのかもしれない。その物語のテーマは、まさしく「沢木耕太郎」そのものだ。

私はこの人のファンではなかったし、今さら『深夜特急』を読もうとは思わないだろう(多分)が、極めて優れた書き手であることは、十分に理解できた。

画像は「イラストAC」から選んでみたイメージ。