少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

美しい書店のある街で

2022-07-30 07:00:00 | 読書ブログ
美しい書店のある街で(大石直樹/光文社文庫)

表紙に魅かれて買ってみた本。本屋を舞台とする軽めのミステリかなと思っていたが、そうではなかった。

4つの作品が集められているが、それぞれに独立しており、関連はない。いずれの作品にも、京都一乗寺に実在する、緑色の扉が印象的な美しい書店が登場する。「世界で一番美しい十の書店」に選ばれたことがある、というのも本当のことらしい。作者は京都在住で、ご当地ミステリではある。

ミステリだが、謎解きというよりは、ストーリーを味わう色合いが強い。幼年時代の記憶をなくした女性。夢を追う男を支える女性。同僚の女性を殺す決意をした男性。突然、姿を消した母親を探す娘。すべての作品に、プロローグとエピローグがある。それぞれに効果的な場面が選ばれ、エピローグがあるから、読後感が少し軽くなる。

先週紹介した『エンジェルメイカー』を読み終えて、今週は随分と読書がはかどったが、その分、紹介する本の選択に迷った。対抗馬は『トラッタリア・ラファーノ』(上田早夕里)。こちらは、神戸が舞台の、私が好きな食べ物屋を舞台とする良作だが、恋愛の要素が強めなので。なお、現地に行ってみたくなる、という点では共通している。

エンジェルメイカー

2022-07-23 07:00:00 | 読書ブログ
エンジェルメイカー(ニック・ハーカウェイ/ハヤカワ文庫)

ハヤカワ文庫。SFではなくNVに分類されている作品。

この本は、3年以上、積読状態にあった。なかなか読む覚悟ができなかったのは、上・中・下3巻という分量だけでなく、この作者独特の、読みにくさのせいもある。

この作者の前作『世界が終わってしまった後の世界で』もそうだった。大きな戦争で文明社会が崩壊した後の世界を舞台としているのだが、いくらかスチームパンクの香りがする饒舌な文章が延々と続き、話の全体が見えてくるのが中盤以降。好き嫌いがはっきり分かれそうな作品だった。

ギャングだった父親ではなく、時計職人の祖父の仕事を受け継いだ主人公は、奇妙な機械の修理を依頼されたことから、奇怪な陰謀に巻き込まれていく。彼にその修理を依頼したのは、老いた女スパイ。設定が複雑で見通しが悪く、上巻を読み終えるのはしんどい。しかし、中巻の中ほどに、化学廃棄物輸送列車をめぐるエロティックな描写があり、それを過ぎたあたりから、物語は加速し、かなり読みやすくなる。

怒涛のスパイ・スリラーとか、傑作サスペンスとか評価されているようだが、私はほとんどSFだと思っている。

なお、作者は、あのジョン・ル・カレの息子。


宇宙はどこまで行けるか

2022-07-16 07:00:00 | 読書ブログ
宇宙はどこまで行けるか ロケットエンジンの実力と未来(小泉宏之/中公新書)

はやぶさプロジェクトにかかわった研究者による、ロケットエンジンの解説書。

ロケットエンジンの仕組みから始まり、地球周回軌道、小惑星探査、内惑星探査、有人火星探査、外惑星探査と、より遠くへ行くためのロケット技術について解説する。終盤では、直近の恒星であるアルファ・ケンタウリへの旅行に必要な、未来の技術について論じている。

科学の最先端では、実験で検証できる範囲を超えて、宇宙の始まりや物質の根源が議論されるようになっているが、一方、宇宙開発の分野で、技術の進歩はどのような状況かを知りたくて、借りてみた本。発行は2018年9月と少し前だが、それほど内容が古くなっている感じでもないようだ。

ホーキング博士は、人間は宇宙に乗り出していくべきだ、と考えていた。「次の千年間のどこかの時点で、核戦争または環境の大変動により、地球が住めない場所になるのはほぼ避けられない」(『ビッグ・クエスチョン』より)

この本で描かれた技術の現状からみれば、恒星間旅行を可能にするロケットの開発は、はるかに遠そうだが、筆者は最後に、SF気分で、と断ったうえで、人類が天の川銀河に進出していく筋道を示している。

こういう本を読むと、本当に、侵略戦争などしている場合ではないと思う。

月と太陽の盤

2022-07-09 07:00:00 | 読書ブログ
月と太陽の盤 碁盤師・吉井利仙の事件簿(宮内悠介/光文社)

この作者は、SF、ミステリ、純文学などジャンルの枠を超えた作家のようだが、私としては、囲碁に関する作品として、この本を紹介したい。(将棋では、棋士のエッセーと漫画をすでに紹介した。)

この作者には、囲碁のほか各種の盤上ゲームを題材にした『盤上の夜』という作品があるが、内容がぶっとんでいることもあり、比較的穏当なこちらを選んでみた。

主人公は放浪の碁盤師で、最後の一面にふさわしい究極の榧を探している。狂言回し(ワトソン)役は、彼を慕って追いかけている若手棋士。そこに、女性棋士やもうひとりの碁盤師もからんで、碁盤を巡る6つの物語が語られる。

表題作は「誰が」と「如何に」を問う本格ミステリだが、その他は、作者の言葉を借りれば「コンゲーム風のもの、あるいは文芸調とさまざま」な作品群であり、サブタイトルにある事件簿はいくらか誇大だが、全体として、「ウェルメイドとはいいがたい、けれども野良猫のような愛らしさもある」連作に仕上がっている。

いずれにしても興味深い作家であり、まず、1冊は紹介しておきたい。

宇宙(そら)へ

2022-07-02 07:00:00 | 読書ブログ
宇宙(そら)へ(メアリ・ロビネット・コワル/ハヤカワ文庫)

久しぶりのハヤカワ文庫のSF。

1952年。アメリカ合衆国。冒頭、巨大な隕石の落下に遭遇し、夫とともにかろうじて生き延びる女性パイロットが描写される。そういうタイプのSFかなと思っていたら、だんだんと、「アメリカ合衆国が、本気で宇宙開発に取り組んでいたら」という「もしも」の物語だとわかる。宇宙への進出が人類生き残りに必要、という状況を設定するために、隕石が利用されている。

つまりこれは、「歴史改変SF」と呼ばれるもの。

歴史改変ものと呼ばれる作品には、単なるフィクションで、わざわざSFと呼ぶ必要があるのかと思うものもある。この作品は、宇宙開発をテーマとしているので、SFではない、とは言いにくいが、私が期待していた内容とは少し違う。女性蔑視、人種差別があからさまだった時代を舞台にしているから、そうなってしまうのはやむを得ないのかもしれないが、むしろ、戦う女性の物語、という色彩が強い。

と思いながらも、上下2巻、約800ページを、かなりのペースで読み切ってしまった。この感じは、ジャンルは全く違うが、ジョン・アーヴィングの『ガープの世界』に少し似ていると思った。話の筋には違和感があるのに、読むことを止めることができない。

アメリカ主要SF3賞を受賞しているが、むしろSFファンでない人にお勧めかもしれない。地球温暖化や政治の混迷など、今の時代にも響く作品だと思う。