少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

まだ見ぬ敵はそこにいる

2022-05-28 07:00:00 | 読書ブログ
まだ見ぬ敵はそこにいる(ジェフリー・アーチャー/ハーパーBOOKS)

昨年7月に紹介した『レンブラントをとり返せ』から始まるシリーズの第二作。

昨年12月に発行されたが、読むべきかどうか少し迷っていた。この人の何巻にもおよぶ年代記は、これまで敬遠してきたから。

しかし私は考えた。ジョン・ル・カレはすでに故人となり、フレデリック・フォーサイスにももう多くを期待できない。80歳を超えてなお、創作意欲の衰えない大家の作品、しかも私の好物のひとつである警察小説を、現在進行形で読まなくていいのだろうか。(読書にも、やはり旬があるのだ。)

で、今回、主人公は、麻薬捜査班に異動になり、闇の麻薬王を追い詰める特命に従事する。彼の上司は、次々と分野を変えて特命捜査に当たらせる方針のようだ。予想どおり、第一作の敵役もからんできて、そちらのほうは法廷ものの様相を呈する。で、いずれの事件も何とか解決にいたるのだが、やはり敵役は次作でも登場するだろう、という結末に。

巻末の「訳者あとがき」で、作者が自分に対して言っている言葉が紹介されている。

「おまえはスコット・フィッツジェラルドにはなれない、彼は作家だが、おまえはストーリー・テラーに過ぎない」

前にも書いたことがあるが、私はストーリーテリングが大好きだ。そして、どれほど村上春樹が肩入れしようが、フィッツジェラルドを読むことはないだろう。(たぶん)

静かな炎天

2022-05-21 07:00:00 | 読書ブログ
静かな炎天(若竹七海/文春文庫)

女探偵、葉村晶が登場する短編集第3弾。

前回紹介した『依頼人は死んだ』の後、シリーズの作品としては『悪いうさぎ』と、『さよならの手口』がある。が、短編推理を紹介するという趣旨から、長編作品はとりあえずパスしておきたい。

これらの作品と本書の間の葉村晶の消息については、作品集『暗い越流』に、2つの作品が掲載されている。(文庫版は光文社文庫で出ているようだが、私が読んだのは図書館で借りた単行本。)

「蠅男」では、相変わらずタフで運の悪い37歳の主人公が登場し、「道楽者の金庫」では、書店でアルバイトをしている40歳を過ぎた主人公が、古書がらみの事件にまきこまれる。
で本書は、「白熊探偵社」の探偵として本格的に活動する作品集で、6つの作品が収められている。

四十肩の発症に悩まされながらも、脂の乗り切った探偵として依頼をこなす主人公に、次々に襲いかかる不運。心の中で毒づきながらも、クールに乗り越えていく主人公。これはもう、本格的なハードボイルドと言わざるをえないだろう。

吉祥寺のミステリ専門書店のアルバイト兼務という設定で、さまざまなミステリが登場するのも、その方面のファンには楽しみだろう。私にも、『血の収穫』や『深夜プラス1』などは覚えのあるタイトルだ。

葉村晶の 作品集としては、もう2冊の存在を確認しているので、発売順に読んでいこうと思っている。

黒牢城

2022-05-14 07:00:00 | 読書ブログ

黒牢城(米澤 穂信/角川書店)

最近、ファンになった作家の直木賞受賞作。意外に早く図書館で借りられた。

本能寺の変に先立つこと4年、織田信長に背いた荒木村重は毛利の参戦をまって有岡城に立てこもる。命を賭して説得に来た黒田官兵衛を、村重は殺すことも解き放つこともせず、土牢に押し込める。

という歴史的事実を前提に、籠城の重い空気の中で、村重と官兵衛とのやりとりを通じて、物語は動いていく。

作者が構築した「謎の解明」は、幾重にも及ぶ。まず、城内で起こる4つの事件の謎。それを放置することは、傘下の武将たちの士気の低下を招き、敗北に直結する。思い悩んだ村重は官兵衛の頭脳を借り、官兵衛は、一種の「安楽椅子探偵」の役割を果たす、という趣向だが、単なる趣向ものにとどまらないのがこの作品のすごいところ。

4つの事件の背景にある、より大きな謎。また、官兵衛がなぜ、敵である村重に知恵を貸したのか、という謎。これらに加えて、作者はさらに、「なぜ、村重は信長に背いたのか」「なぜ村重は〇〇したのか」という、歴史上の謎にも、一定の解釈を示してみせる。(○○の部分は、史実を詳細に知らない読者(私のこと)にはネタバレになると思うので、伏せておきたい。)

これらの謎が、精密な寄木細工のように組み合わされ、最後まで、息をのむような緊迫感の中で物語が進んでいく。謎の解明は非常に鮮やかで、史実と矛盾しない、むしろ、真相を言い当てているのではないかと思わせるところが、本書が高く評価されている理由だと思う。

まあ、それでも私の好みは『巴里マカロンの謎』のような作品のほうに偏っているのだけれど。


神の方程式

2022-05-07 07:00:00 | 読書ブログ

神の方程式(ミチオ・カク/NHK出版)

著者は、日系アメリカ人の理論物理学者。超弦理論の創設者の一人であるが、米国では、ポピュラーサイエンスの伝道師としても名高い。

ブログ開設以前の読書日記をみると、7年ほど前にこの人の著作『パラレルワールド』を読んでいる。素粒子理論、インフレーション理論、超弦理論/M理論から導かれる多元宇宙について解説したうえで、拡散して無に帰する宇宙、いわゆる「ビッグ・フリーズ」を生き延びるために、知的生命が「別の宇宙」に脱出することは可能か、という視点で書かれている。ワームホールやタイムマシンなど、SF的な発想も含めて、考えられる脱出方法の可能性を物理学の知見で検討する、という読み物だった。

で、今回は、宇宙を統一的に説明する方程式の探求、という視点から、ニュートン、マクスウェル、アインシュタイン、量子力学、標準理論と物理学の発展をたどり、現在のところ、万物理論の最有力候補である超弦理論がたどり着いた成果と課題を、非常に要領よく簡潔に説明する読みものである。

これまで十分に理解できていなかった大統一理論と超弦理論の関係など、知識の交通整理としては非常に有意義な一冊だった。

(本書では「ひも理論」としているが、超弦理論、超ひも理論という呼称もあり、必ずしも統一されていない。私は、大栗博司氏に従い、超弦理論と呼ぶことにしている。)

本書では、巻末に「ひもの場の理論」の方程式が示されているが、超弦理論はいまだに最終的な方程式として完成していない。超弦理論の数学は難解で、実験で証明できるものは何もないから、科学ではないと批判する人もいる。しかし著者は、理論を実証する実験は不可能ではないし、理論が完成して多数の物理定数がそこから導かれれば、むしろ実験の必要もなくなるだろうと主張している。

蛇足だが、超弦理論では宇宙は10次元空間で、現実に知覚できる4次元以外の6次元はカラビ・ヤウ空間としてコンパクトに巻き上げられており、その構造の違いから、理論上は10の500乗とおりもの宇宙がありうること。また、実際に無数の宇宙が生まれるメカニズムは、インフレーション理論から導かれることを知っておくと、本書の理解に資するだろう。

可能性として無数の宇宙がありうるのならば、なぜこの宇宙が、星が生まれ、生命が誕生するのが奇跡と思えるほどに、あらゆる物理定数が絶妙に調整されているのか、という問いの答えは自明になる。無数の宇宙の中で、たまたまそのような宇宙にだけ知的生命が誕生するのだ。これは「弱い人間原理」であり、ホーキング博士は、これをコペルニクス原理の自然な拡張だと考えていた。