少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

着物始末暦

2023-09-29 21:35:10 | 読書ブログ
着物始末暦(中島要/ハルキ文庫)

中島要氏の着物始末暦。まず第1巻『しのぶ梅』を読んでみて満足できる内容だったので、全10巻をまとめて手に入れた。ゆっくり楽しみたい。

1冊ずつ紹介するのもどうかと思うので、まず、3巻までを紹介したい。

しのぶ梅 着物始末暦
藍の糸  着物始末暦(二)
夢かさね 着物始末暦(三)

タイトルから、呉服屋を舞台とする商売話かなと思っていた。必ずしも間違いではないが、主人公の余一は、着物にかかわることなら、仕立て直しや染み抜きなど何でもこなす着物始末屋だから、単なる商売繁盛の話ではない。そこに、何かと関わりのある呉服太物問屋の若旦那「綾太郎」。店を持たず土手で商売する古着屋「六助」。主人公に思いを寄せる一膳めし屋の娘「お糸」。その幼馴染で紙問屋の奉公人「おみつ」。紙問屋の娘で若旦那の許嫁「お玉」。など多彩な人物が絡む。

連作短編という、時代小説ではおなじみのスタイル。章ごとに視点が変わるのは、以前紹介した『誰に似たのか』と同様の手法。着物にかかわる様々ないざこざや関係者のこだわりを、与一が技術と洞察力で解きほぐしていくうちに、より大きな物語が進んでいく。

4巻以降の紹介は、読んでみてから考えたい。



プロジェクト・ヘイル・メアリー

2023-09-22 20:45:35 | 読書ブログ
プロジェクト・ヘイル・メアリー(早川書房/アンディ・ウィアー)

久しぶりの、圧倒的なSF。冒頭、名前も思い出せない主人公が、だんたんと事態を理解していく様子がたまらない。その楽しみを損なわないためには、ほとんど何を書いてもネタバレになってしまいそうだ。

という訳で、ストーリーと関係のない話をいくつか。

この作者は『火星の人』と『アルテミス』を書いている。いずれも見かけたことのある作品だが、読んでいない。多分、前者は映画の原作として知ったため、あまり読む気がしなかったのだろうと思う。(読んでみたい気はする。)

解説によれば、アメリカンフットボールの試合の終盤で、一発逆転を狙う神頼みのロングパスを、ヘイル・メアリー・パスと呼ぶそうだ。つまり、タイトルは、プロジェクト『イチかバチか』。

いずれにしても、「科学の楽しさ」というものが存分に楽しめる作品。そして、ハラハラドキドキが、最終盤まで続く。SF特有の読みにくさもなく、SFファン以外にも、まちがいなくお勧め。

今回も書影はなく、猫画像。



探偵フレディの数学事件ファイル

2023-09-15 21:08:47 | 読書ブログ
探偵フレディの数学事件ファイル(ジェイムズ・D・スタイン/化学同人)

タイトルのとおり、数学に基づいて事件を解決する探偵のお話。

最初にお断りするが、この本はお勧めではない。数学をネタにしたミステリーを期待する人にとっては、謎解きともいえないレベル。一方、数学書としても、パーセント計算、平均値と割合、等差数列の和など初歩的なものも多く、中途半端。

以前に紹介した『パンクなパンダのパンクチュエーション』と同様、こんな珍しい本がある、という趣旨で紹介するもの。まあ、偏った趣味の持ち主ということで大目に見ていただきたい。

作者も書いているように、大学の一般教養向けの教科書として、数学に興味のない大学生の関心を惹くには、ちょうどよい内容かもしれない。

お勧めポイントも少し。カリフォルニアを舞台とする軽い読み物としては、それなりに楽しめる。数学に関しても、モンティ・ホール問題(20世紀で最も多くの論文を書いた数学者エルデシュも、ただちに理解できなかった、というエピソードがある。)や、ゲーム理論の混合戦略、ケネス・アローの不可能性定理など、やや高度な内容も取り上げられている。数学に関する詳しい説明も用意されており、幅広く数学への興味をさそう内容にはなっているかも。

数学を扱ったミステリーは、あれこれとたくさんあるようだが、門外漢の私は、あまり近づかないようにしている。

この本の書影も、版元ドットコムで利用不可でした。なんだか、あまり使い勝手がよくないようです。(本の広告を張り付ければ著作権はクリアできるのですが、それはしたくない。)今回も猫画像で。20歳を過ぎたので、少し毛並みが衰えていますが。

街とその不確かな壁

2023-09-08 20:55:19 | 読書ブログ
街とその不確かな壁(村上春樹/新潮社)

村上春樹の最新作。ようやく借りられた。

いくつかの感想。これはいつも思うことだが、村上氏の非現実を含む作品を「ファンタジー」と呼ぶことに違和感がある。魔法などが出てこなければファンタジーではない、という狭量な考えはないが、非現実がすべてファンタジーではない。「寓意に満ちた物語」で十分だし、本人も使ったことのある「奇譚」の方が似つかわしい、と思っている。「村上奇譚」。

これまでの作品で描いてきたものを、精巧に組み合わせてとびきりの物語に仕立てた作品、といえばよいか。影のない人間が住む閉ざされた街。理不尽な別離。穴を通じての空間転移。寓意的世界の案内者。などなど。(逆に、当然あるかもと思った場面が、今回はでてこない。)

主人公の年齢は、最初は17歳、次の局面では45歳だ。その年齢設定が絶妙だと思う。長編小説の中で、17歳は『海辺のカフカ』についで若い。一人の異性を深く愛することのできる年齢。45歳は最年長だ。越し方を振り返り、行く末を案じ始める年齢。

物語は、円環が閉じるように鮮やかに終局にいたるが、読んでいる途中、ずっと気になっていたことがある。現実世界の16歳の少女はどうなったのか、と。

作中でほのめかされているように、現実は、ただひとつではないのかもしれない。別の時空での別の人生というものがありうるのかもしれない。だとすれば、第二章の終りに描かれた、瞬間に閉じ込められた極小の空間は、作者なりのひとつの答えなのかもしれない。

実は、この作品を読んで強く連想したのは、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』ではなく、『ノルウェイの森』だった。

私にとっては、「時間と空間と魂のあり方」をめぐる物語だった。極めて個人的な感想ではあるが。

「版元ドットコム」で書影が使用不可なので、猫画像を。

都会の鳥の生態学

2023-09-01 20:40:47 | 読書ブログ
都会の鳥の生態学(唐沢孝一/中公新書)

まずは本書「はじめに」からの引用。

生態学は「関係の学問」である。生物どうしの関係、生物と環境との関係を通して生物の生活を明らかにしようとする。

こういう意味での生態学は、動物行動学(エソロジー)と並んで、昔から大好物の分野である。

ちなみに、生態学を英語にすると「エコロジー」となり、日本では「自然環境保護運動」の意味合いが強くなる。

環境問題についていえば、何十年も実害が出ないような細かいことは気にしなくていいと思うし、何をしてもいずれ地球は膨張する太陽に飲み込まれる、という気持ちはある。しかし、人類の愚行による生物環境の破壊(温暖化と核の冬)は避けなければならない、と思っている。地球の生物が宇宙に進出するための時間的な余裕が失われてしまう。

さて本書では、カラス、ツバメ、スズメなど、人の近くに棲む鳥の生活を描いている。

人の近くに棲む鳥には、天敵を避けたり、餌を確保したり、というそれぞれの戦略がある。また、それぞれの鳥の数や生息場所は、都市や人間の生活の変化に伴って、大きく変化している。それらが長期間にわたる観測によって明らかにされる様子は、数多く掲載されている写真と相まって、鳥たちの現在進行形の歴史を読んでいるような気がする。それは同時に、東京という都市の歴史でもある。

「版元ドットコム」でこの本の書影が使用不可だったので、同じ著者、同じ出版社の『カラスはどれほど賢いか』の書影を掲載してみた。こちらは、かなり昔に読んだことがあり、多分、本棚のどこかにあるはず。