石仏み~つけた

大和とその周辺の石仏や磨崖仏を探し歩いています

曽爾村 長野の地蔵磨崖仏(子安地蔵)

2015年08月17日 | 石仏

 

 

曽爾小学校の裏手、小高い所に在る大岩に刻まれた地蔵磨崖仏です。

覆堂で保護されていますが堂内から拝することが出来ます。

以前一度訪れていましたが施錠と磨崖仏の前の透明アクリル板が反射するため

残念ながら撮影せずに帰った思い出があります。

 

ふと思い出し、久し振りに訪れたところ施錠はされていませんでした。

が・・・矢張りアクリル板が・・・

 

でも何とかなるもんですね。

引き戸になっているのに気付いて、すんなりと開けることが出来ました。

 

 

奈良県宇陀郡曽爾村長野

 

持錫宝珠型ですが錫杖は掌に載せた柄の短いもの

宝珠を持つ手は胸前ではなく外側に開いた掌に持つ特徴が見られます。

 

頭光は小さめで陽刻、尊顔は左を向けています。

 

衲衣衣文等各部の表現に鎌倉後期の様式が現れていると言う事です。

資料には線彫りの蓮華座上に立つと記載がありますが

残念ながら足元を見る事が出来ません。

 

 戸帳を垂らしてある石仏、磨崖仏は撮影困難です・・・

 

 

 


山添村 西波多上出 多尊磨崖仏 其の五

2015年08月10日 | 石仏

 

 

西波多上出の多尊磨崖仏もこれで全てです。

探せばまだ在るかもしれませんが・・・

 

奈良県山辺郡山添村西波多上出

岩の右側は斜面に埋もれているので定かではありませんが

少しだけ掘り込んで、六体は確認できました。

 

 

こう言う素朴な磨崖仏に心惹かれます・・・

 

数十年後には人々の記憶から消え去っているかも・・・

私も忘れないようにしよう・・・

 

 

 


山添村 西波多 多尊磨崖仏 其の四 

2015年08月03日 | 石仏

 

これは畑の奥に露出した大岩に刻まれた多尊磨崖仏です。

 

奈良県山辺郡山添村西波多上出

 

「あそこに彫ってあるよ」と言われなければ、まず気付くことは無いような所・・・

 

右手の四体。

大きさもまちまちで、恐らく追刻。

 

左側は双仏。

この右手に江戸前期の銘文有り。

寛文五年(1665)乙巳

寶方妙玄信士 四月四日

 

この時期の多尊磨崖仏の年代を押さえる上で重要な遺品です。