さやかに風も吹いてゐる
心置なく泣かれよと
年増婦〈としま〉の低い声もする
あゝ おまへはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云ふ
山口生まれの詩人、中原中也の帰郷という詩の一節だ。
学生時代を山口で過ごしたこともあるが、批評の神様といわれる小林秀雄さんの著書を読み漁る中で出会った詩人だ。たまたまそこにいる山口の人だった。
しかも、いつも布団敷きのバイトをしていた旅館の目と鼻の先が中也の実家だった。
最近加古川周辺の仕事が増えてきている。増やしているといえばそうかもしれないが、増やそうと思って増やせるご時世でもないので、これは自然と増えていると思う。19の春まで生まれ育った加古川だが、30年余りほとんど省みることもなく全国を歩いてきた。
もう少し若い頃は中也の詩が妙に思い出され、特に「心置きなく泣かれよと年増婦の低い声がする」のフレーズがぴったりの気分で帰ってくることが多かった。そして、いつも、
あゝ おまへはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云ふ
というフレーズが耳に残っていた。問いかける加古川の風への答えが最近やっと少し出てきた感じがする。19の春からの人生は結構起伏の多い日々だった。大学入学前も余計に過ごし、入ってからも余計に過ごし、出てからもまた、余計に過ごした。仕事は短いけどいっぱい経験し、裸一貫(こんな言い方が今の方にわかるのか?わからないが)で別府の温泉旅館に修行に入った(ようなものだった)。この4,5年は今思えば本当に珍しく、番外編の人生だった。そして、180度回転したように熊本のテレビ局に入ってしまった。20代の終わりだった。
学生時代からテレビを持たず、ほとんど見ない生活を送っていた自分が、テレビ局に入ってしまったことも今思えば、不思議な展開だった。エリートたちが住むテレビ局でカルチャーショックが続く中で田舎回りを始め、やっと自分の居場所を見出し始めた。先日、東京・杉並区の溝江さんが自らの番組制作に当たって、地域づくりは居場所作りだということがわかったという話をされていたが、私もこの話は身に沁みてよくわかった。
そして最近、なぜ加古川を出ていったのか?と振り返ると、まさに自分の居場所を作ろうとしたように思う。居場所よりももっとはっきりした「生きる場」を求めていたと思う。山口から別府・大分、熊本、山江村・・・、そして全国各地、海外へと動くのは自分の生きる場を作っている自分を感じる。昔から木枯らし紋次郎とか潮来の伊太郎とかフーテンの寅さんとかが好きなのはどうもそんな旅烏的な性格があるのだろうと思う。
さて、加古川だ。そうして旅烏も頻繁に帰ってきて見れば、さびれて、元気がない街の空気を感じる。一方で、ここのところ名前を挙げている聖徳太子、宮本武蔵、芦屋道満、調べていくうちに三島由紀夫の祖父も加古川であった。ヤマトタケルの母は加古川で産湯を使ったという伝説が残り、実際日岡山は宮内庁の管轄下にある古墳だ。石の宝殿という古代の不思議な聖地も、聖徳太子の鶴林寺と同じく小学校の遠足の常連場所だった。小さい頃は全く無関心に行っていた場所に今振り返れば、いろんな縁を感じることばかりだ。
己を語り、自己発見をし、アイデンティティー(自己同一化と訳されるが、自分の元の存在と一体化することだと考える)を探すというこれまでやってきたいろんな地域でのプロセスはその時々に自分自身もそこにいて共にやってきたことだが、今改めて具体的に「自分の故里」「自分の場」で起こっていると感じる。だからといって加古川で何かをするということではないかもしれない。加古川の自分、自分の加古川がやっとこの年になって見えてきたという感じだ。ちょっと大げさに言うと自分と自分の回りの世界との歴史絵巻のスタート地点を紐解くような感じだろうか・・・。
(写真は加古川市を流れる加古川)
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