根岸屋のビーフカレーはとても美味しかった。
じっくりと煮込まれたビーフの塊が、口の中でトロトロと、とろけた。
《こんなに旨いものがあったか!》
耕一は夢中でカレーをほうばった。
カレーを食べながら、満席の店内の様子をぼんやり眺めていると、サングラスをかけた長身の男が店に入ってくるのが見えた。ダブルのダークスーツを着たその若い男は、大股でゆっくりとこっちへやってくる。
ダークスーツの男の後から、二人の男が辺りをうかがうように付いて来た。
耕一達が座るテーブルに近づいたその男は、サングラスを取ると、にっこり微笑みながら言った。
「松兄(まつあに)い、お久しぶりです」
「おう、なんだ春坊じゃないか」
カレーを食べる手を休めて、松さんが言った。
「松兄い、その節はお世話になりました。お陰様で、ワシの首もつながりました」
「ああ、あの時はお互い大変だったな・・・。しかし、それにしてもお前、一段と男を上げたようだな」
春樹に従う二人の若い男を見ながら、松さんはそう言った。
耕一は、春樹というその男に見覚えがあった。
しかし、どこで会ったのか思い出せない。
《あの爽やかな男の横顔を、どこかで見たことがある・・・・・》
必死で思い出そうとするが、どうしても思い出せない。
その時、スミさんがオンザロックのグラスを運んできた。
「あら、春ちゃん、いらっしゃい! 今夜はゆっくりしていって下さいな」
「お姉(あねえ)さん、済みません。これからちょっと野暮用がありやして今夜は長居できんのです。 松兄いが店に来ているって聞いたもんで、ご挨拶に伺いました。また今度ゆっくり参ります」
「そうか、お前も色々と忙しいのじゃろうな。まあ身体には十分気を付けて、しっかり頑張んなよ」
「有難うござんす。松兄いもお達者で」
そう言うと、春樹は二人の子分に目配せし、ゆっくりと出口に向かって歩いて行った。
その時、 「アッ!」と、耕一は思わず声を上げそうになった。
思い出したのだ。
《そうだ、あの時、茹でたジャガイモを俺にくれた特攻隊あがりの男だ・・・・》
あの時彼は、特攻隊の白いマフラーをして、おんぼろトラックを運転していた。その彼が、今は上等なスーツを着こなして、子分を従え、肩で風を切って夜の伊勢佐木町を闊歩している・・・・。
耕一は、カレーを食べるのも忘れてその男の後姿を見つめていた。
続く・・・・・・・
>あの爽やかな男の横顔を、どこかで見たことがある・・・・・
その男が
>茹でたジャガイモを俺にくれた特攻隊あがりの男…
う~ん、そう来ましたかぁ、いいですねぇ(笑。
ますます面白くなって来ました。 続きが楽しみです。
あのジャガイモをくれた・・・そうなんでしかー。
日常は忙しく書物とは無縁になっていますが、長編を一気にとはいかず、短かいものが新着で届くのが無理がなく楽しみです。
書物は3ページと持たず睡魔の襲撃です。
不眠で悩むことがなくて良いです。
「じっくりと煮込まれたビーフの塊が、口の中でトロトロと、とろけた。」
うわっ!
今、とてもお腹が減っています(笑)
どうしましょう。
困りました。
耕一さんはカレー食べるのを、お忘れのようなので、物語の中に入って行って私がいただきたいところです。
横浜の美味しいもので、どうしても忘れられないものがあります。
港の見える丘公園に登っていく辺りに、
とても美味しいソフトクリームのお店があったのですが、今はないのでしょうね。
そこのソフトクリームの味が忘れられません。
ごめんなさい、食べ物のお話しばかりになっちゃいました。
ユリとクチナシでしょうか、
きれいですね。
白いお花、大好き。
そうなんです。隠し玉をひとつ出してしまいました。
春樹のこれからの人生を、拙者も楽しみたいと思います。
ルイコさん
いつも有難うございます。
楽しみにして待って下さる方がおられると思うと、とても励みになります。
期待を裏切らないと良いんですが・・・・。
夏雪草さん
拙者はかれこれ30年程前、中華街と山下公園にほど近いところに住んでいたことがあります。
その頃、時々、港が見える丘公園に行きました。
途中に確かに評判のアイスクリーム屋さんがありました。拙者も何回か食べた思い出があります。
今はどうなっているのかな・・・・。
いつも有難うございます。