鹿のツノを飾った長屋は、今でこそ何とか見れる姿になっているが、ご主人様が住み始めた頃はまるでお化け屋敷というか幽霊屋敷というかゴミ屋敷であった。
何度も言うようであるが、なにしろその長屋門は江戸時代に建てられたといわれている代物(しろもの)である。そして若衆部屋であった長屋(居住)部分は、人が住まなくなってから数十年が経つという。
あと数年そのままにしていたら、この建物は自然崩壊の危機に瀕したことであろう。現に、無人の隣家の蔵は既に崩壊が始まっているのだ。
さて、そのゴミ屋敷の長屋のことである。入り口の古い板戸をゴトゴトゴトと開けると、中には使いふるされた家具などが乱雑にうず高く積まれ、ほこりまみれになっていた。小さなケモノたちのフンなどもころがっていそうだ。
たいがいの人はそのまま入り口の板戸をピタリと閉めて、二度と覗いてみようなどという気は起こさないであろう。ご主人様も最初はそうであった。しかし、毎日その風情のあり過ぎる長屋門を眺めているうちに、「あの部屋の中はどうなっているのか?」と、次第に気になり始めた。
あの部屋の中を確認するには、ほこりまみれになっている腐りかけた木箱やら棚やらを、まず外に運び出して処分しなければならない。中にどんなケモノや害虫が潜んでいるか分からない。何が楽しくてそんな不気味な部屋へ入っていこうとするのか?
それよりも大福でも食べながら司馬遼太郎の本をのんびりと読んでいたほうがいいのではないか・・・・と、ご主人様は自問自答しつつ数日が過ぎた。
しかしご主人様は人一倍モノズキである。ひとたび燃え上がったら、その好奇心の虫がおさまることはない。
ある晴れた日のことである。帽子をかぶり、防塵用グラスとマスクをし、軍手をはめ、長袖長ズボンの作業着を着た完全重装備姿のご主人様が、長屋の入り口に立っていた。グラスやマスクなどしているのでその表情は定かではないが、尋常でない気配は伝わってくる。
「おいクロちゃん! 取りかかるぞ」
「・・・・・・・・・」
ゴミ屋敷と化して打ち捨てられていた風情あり過ぎる長屋に、いよいよ明るい陽が差し込む時がきた。
続く・・・・・・。
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