翌朝、愛友丸は気仙沼の港を出た。
海はやや荒れていた。
リアス式海岸の奥深い入り江から外洋に出ると、大きな波が時々船体を揺らした。
西風が吹き、空はどんよりとした曇り空だ。
それでも、前の晩の心地良い余韻が残る船の男達は皆上機嫌だった。
「耕一、きのうはすっかり良い思いをしたらしいな」
鼻唄まじりで機関室の計器を点検していた機関長の松さんが、耕一をひやかして言った。
「おまえもこれで一人前の男になれたというものだ。それにしても、健さんに良い女を紹介してもらって良かったな。良い女は男を育てるというからな。しっかり働いてその娘(こ)を大事にしろよ」
確かに、耕一もそう思った。明子のためなら一生懸命働けると思った。あの女が自分を待っていてくれると思うと、生きがいが感じられた。
耕一は母親を知らない。だから母親に甘えたことがない。子供の頃から母親のいる友達が羨ましくてしかたがなかった。そのせいだろうか、年上の優しい女の人を見ると母親を連想してしまう。
《自分の母親はこんな人なのだろうか・・・・》と。
気仙沼の港町で巡り合った明子に、耕一は、探し求めている優しい母親の姿をダブらせていたのかも知れない。
愛友丸は二日前に通った航路を、今度は逆に南下している。
常磐線の機関車が、白い煙を吐いて南に向かって走っているのが見えた。
やがて、犬吠崎の白い灯台が目に入った。
陽は既に西の山のかなたに沈もうとしている。
《暗闇で積んだ荷物を、こんどはどこで荷揚げするのだろうか・・・・》
船内の掃除をしながら、耕一はそんな事を考えたりしたが、誰かに聞くわけにもいかない。健さんに聞いても教えてくれないだろう。
房総半島の鴨川沖を過ぎた辺りで、船は東京湾の浦賀水道に入って行った。
右手に懐かしい館山の小さな入り江が見える。
街の明かりも見えた。
船はそのまま東京湾の奥へと進んで行った。
《ということは、また横浜港に向かっているのだろうか?》
《しかし、人目をはばかって積んだ荷物を、まっとうな港に陸揚げできるとは思えないが・・・》
耕一がそんなことを考えていると、船の左前方に横浜の港が見えてきた。
《やはり横浜港なのか・・・》
そう思って見ていたが、その港に入って行く気配はない。
だが横浜港を過ぎると、船は少しずつ陸に接近して行った。しかしそこには貨物船が停泊する岸壁はない。小さな漁船を係留する防波堤が見えるだけだ。
耕一がぼんやりと堤防の方を眺めていると、船はその堤防沖で停まって投錨した。
日はとっぷり暮れて、外はまたしても暗闇の世界となっていた。
やがて堤防の陰から、はしけ舟が静かに出てきた。
1隻、2隻・・・・・
続く・・・・・・
いい女は男を育てる・・・その通りですね。
働く男はホント魅力的です。ということは働いてもらうには魅力的な女であれですか・・・ハイ。
細かな描写で、
船からの景色が目に浮かぶようです。
海を眺めるのが好きですが、
海から陸を眺めるのも好きです。
夜、小さな街の灯りを見ながら船に揺られるのって、素敵ですね。
耕一さんと明子さん、
しばらく会えないのですね・・・。
ルイコさんのような人が奥さんだと、男はきっと一生懸命働くようになると思いますよ。
でも結局は男は女次第、女は男次第ということになるのでしょうか・・・・。
拙者は失敗してしまいましたが・・・・。
夏雪草さん
いつもありがとうございます。
たまには、小さな街の灯りを見ながら船に揺られてみたいものですね。
素敵な人生が始まるかも知れません。