俗に言う浮気サレ男の復讐と制裁の話が次々と羅列されていく。
別れず『関係を再構築』する人は少なく大抵が修羅場後、制裁と復讐となる。
ネタも多く一括りには出来ないけれど、証拠を前に吐きそうになる男。しらばっくれる女。証拠を突き付けられて豹変する女。
その女達がテンプレの『違うの!』、『誤解なの!』と裸の現場を急襲されて口にするセリフ……。
間男は土下座するか逃げようとするタイプか居直るという三タイプある。
女の浮気中の『ラリったメール』も必ず紹介される。
スレの住人達は……圧倒的にサド族が多く、 報告者の復讐を煽る煽る……そしてエスカレートしていく復讐のテクニックという運びだ。
そこに話を上げる人は相談者であり様々の住人がアドバイスするというスタイル。
読み進めると何か?殺伐として来るメンタル。サレ男が証拠現場に凸る場面……『ファビょる』浮気女と間男。
しかし俗物故にそのシーンに気分が高揚している自分に気付き恥ずかしくなり、そっと周囲を見回すのである……。
浮気現場に於いては圧倒的強者がサレ男であり、彼に感情移入?してるスレの住人達も彼の復讐の成就に一気にカタルシスを得るのである……。
報告者のサレ男もスレの住人達も凄く倫理的、道徳的で不倫女には恐ろしく手厳しい人達……である。下手すると結婚まで処女でいろ!位は言い出しかねない位の『正しい倫理観』の持ち主達である。
どんな男に取っても『ヤリマン女』は唾棄すべき対象なのは何時の時代も変わらぬ男達の
感覚ではあるが……そんな女に対する復讐の報告、煽り、エスカレートの運びに『正し過ぎる人達』への違和感を禁じ得ないのである。
あのベッキーの不倫騒動の時に見られた『正義の使者達』の全国的規模のバッシングと同じニュアンスを彷彿させるのである。
お釈迦様も言ってる。『ホドホドが良い』って。余りに正し過ぎたり、卑劣過ぎたりってきっと駄目なんじゃね?……と改めて思った。
善と悪の境界線をあっちにうろうろコッチにうろうろ……過ぎない程度に道徳を犯しては改心、改心してはまた罪を犯す位の範囲をヨシとする位が人間には丁度良いのかもね?……そんな事を感じたのでした。
『犯す側も裁く側も』……『アソビ』ってものを持ちたいよね?……。
『やっちまったなぁ!』位で道徳違反を通り過ぎて行く『心の余裕』って奴が今を生きる人達は磨り減らしてしまってるんじゃね?……と。
『守る何か?』はその人の心の中でどれ程の意味が有るかによって人それぞれ違う。
それを犯されて許す許さないもまた、やられた側の心の中でのその対象の大きさによって違うだろう……。
倫理 とやらの形式的、観念的な大正義でもって人を責め苛むってのは……自分の為に止した方が良いかもね?……だって人は自分がそんなに立派じゃないって自分の心が知っているから……。