サンチョパンサの憂鬱

アソートのセンスって奴

ファッションも料理もファブリックとファブリック、アイテムとアイテムを組合せる編集力が勝負となる。

一部の天才は……基本を習わずして基本を踏襲する才能がある。

基本というのは外すべからずの骨格部分だけど……以前テレビでベーシストのケンケンが拍子の意義を知らずに、完璧にこなしている旨を専門家から指摘されていた。

『えっ?』……僕はその理論は知らずにやっていた……とケンケン。
さもありなん……彼は天才だからである。

輸送、交通、ITなどの進化でチョイスする材料やニュアンスはドラスティックに拡がった。
それ故に思い付きの編集は恐ろしく奇妙きてれつなものとなる。収拾がつかなくなるのである。

和食料理における……日本民族の最高の編集は、海の魚に一番山奥の渓流のワサビを合わせて見せたセンスだと思う……。
醤油、魚、ワサビの味覚、香り……どうして思い付けたのだろう?……。

百万言を弄して理屈を捏ね回して見せたって、そのセンスの一瞬の閃きには到底叶わない。
努力は当然だけど……それは才能あっての話なのである。

どうして、分からない事を分からないと出来ない人達が増えたのだろう?
訳知り顔の喋りたがりの店主から聞き齧った位で解説出来ると安易に思い上がれるのだろうか?

料理もファッションも出来る奴は一ヶ月で分かる。
二十年努力とやらを重ねても駄目な奴は絶対に駄目だ。

それだけ峻厳な世界に土足で素人が踏み込み解説なんぞして見せる恥の知らなさ加減?……。

大抵ペラペラやって悦に入ってる店主の料理に旨いものはないのが相場だ。
頑固を気取り、しかめっ面してる店主の店も押し並べて不味い。

編集に忙しく、絶えず豊かな才能から浮かび来る発想に追われてる店の店主は小理屈もポーズも必要ないのである。

必然を見付けてコーディネートするから喋りもポーズも弄する事なく、旨いのは当たり前だと知っているからである……。
何より……自分のアイデアの実践に忙しいからそんな時間は無いんだと思う。
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