香川照之、巨人の坂本勇人の性的スキャンダルのことである。
何れの話題も……その事と次第は誉められたモンじゃない!
しかし……どちらも示談が成立し、『当事者間では合意が形成されていること』なのである。
詰まり、この二つの件に関する当事者としての権利義務を有する人間は感情は別にして『法的には納得状態』であり『終わっていた問題』なのである。
彼等は、刑事事件に抵触し告発を受けている訳じゃない。
そんな人間をターゲットにし『誘導するストーリー』に沿って『報道?』する意味は?意義は?一体何処にあるのか?
司法に従い当事者間で合意を得ている人間を……
一マスコミが司法を超えて、神・仏かの如く『断罪のストーリー』を吹聴、喧伝する。
そのコトの中身云々より……この一連の流れ全体は『人の世における整合性ある方法論』なのですか?……と思うのです。
ソコに考えが及ばないなら?大人の市民ではない。唐突に正義を気取って『人のプライベートに斬り付ける行為』……。
長々と理屈っぽく書き連ねてきたのは……それって『リンチに等しい蛮行』なのですよ!……と言いたかったのです。
文春は神や仏じゃない。
その記事を読んで『即席の義憤?に駆られて奮う正義の積りの評論』ってね?……リンチによる公開処刑の見物人の罵声と同じレベル。
余りに幼稚にして野蛮で凡庸な仕業なのだと。
良し悪しは別にしてね?……人間の演ることです。人多く、特に下半身にまつわる思考や行為行動は誉められたモンじゃない。
人は……ソレをひた隠して『バレない事を幸いに……』何食わぬ顔をしてご立派を気取って生きている。
果たして?彼等二人と僕達の違いは何か?
所詮、ハレンチな思考や行いが『バレたか?バレてないか?』の違いしかないのである。
人間としての本質的要件は似たりよったり……所詮ロクでもない、同じ様なモンなのである。
誤解を恐れずに言えば……『自分は彼ら二人を愚か者メ!と責める資格はない』と知っているのが大人なのである。
せめて俯き、沈黙を守るしかねぇな?……と彼らの中に『自分の悪徳を見付けること』……。
それが自分に対しての、他者に対しての『寛容を磨く唯一の術』なのである。
出来もしない綺麗事を滔々と喋り倒すガッコのセンセがどうにもイケてないのは?
『自分の悪徳を知らない子供のメンタル』だからである。
だから『幼い子供たちの空気を読んだ演技』に何の疑問もなく大満足してしまうのである。
要するに……この国の大人って余りに幼稚に過ぎないか?って話である。
『自分が出来もしないご立派』を…悪徳がバレて項垂れている人間に、意気揚々として投げ付けるという蛮行に及ぶ……。
いい歳して幼稚なメンタルしてる人間は端的に『カッコ悪い』のである。
美学って……自分が美しい事を知ってることじゃない。
現実の自分と理想の自分とのギャップをハッキリ認識していることなのである。
『バレてない事を強みとする』のは犯罪者の得意技である。何てお下品なお心具合なんでしょう……?
誤解を招く恐れあるので今一度、お断りしておきますね?
僕は決して……香川照之氏、坂本勇人氏の行為行動に与する気はサラサラない……と。
僕が強烈な嫌悪感をもよおすのは……自分のホントを省みることもなく、彼等に対して神・仏の如くの絵空事正義で指弾に及んでいるご立派族の思い上がりに対してなのです……と。