サンチョパンサの憂鬱

好き!は情念までに!……執念にしてはならない!

別れようとしても頑として受け入れない女が男の意向を完全に無視……グイグイと生活に入り込んで来る。家に帰ればその女が上がり込んで女房と話してたり……。

オマケに貴方の子供がお腹の中に……と迫ってくる。男は仕事も順調、女房ともとても上手くいっている。

たった一夜のアバンチュールが……歯車を狂わせ……女の執念はどんどんエスカレートしていく。
何時かテレビで演ってた深夜の映画である……。
観るのも恐ろしく僕は伏し目がちにりながら何とか観終えたのだった。

狂気なんだけど……報われない『好意のエスカレート』は人間の感情の中でも一番深くおどろおどろしいものになるんだなぁ……とつくづく。

ヤッテしまった男の弱みか?グイグイとその女のペースにハマって行く。
昔……これと似たストーリーの映画があった。
『男は一夜限りと思った。女は一生だと思った』今でもこの秀逸なキャッチコピーを鮮明に覚えている。

『思いのスレ違い』は人間社会では日常的に随所で生じている。
しかしこの感情の縺れから殺人にまで至るのは人間だけだろう……。
まさしく大脳こそが人間足る証明……その思い考える力の為せる業(わざ)なんだと思うけど……。

自分の真剣な思いが成就しない時は……考えてはいけない。犬の様にその相手が上手くいかないならサッサと『次にいく』事が賢明なんだな?……なんて事を思った。

絡もうとする相手のある時は……考えるんじゃなく、感じ取る能力がポイントだと思う。
幾ら考えたって相手を変える事など不可能なのだから……。
相手は?何をどうしようと思っているか?……それをひたすら感じ取るしかない。

どうやら無理筋と感じたら犬の様に速やかに撤退し……『次を模索する』のが賢明なんじゃね?……そう心底から思った。

人間の知能は高いかも知れないけれど……その分、場合によっては犬にも劣る修羅場があるって事だろうなぁ?……。

神にもなれず犬畜生にもなれず……人間はとても中途半端なのである。
若い頃、僕も例に漏れず手酷いフラレ方は何度かあった。
その時……真剣に犬になりたいと思った。僕が犬ならば……こんなに苦しくは無いのに……と。

生半可に大脳がある為に……生半可に苦しみフラレたら犬にも劣る潔の悪さなのである。
ま、自分の無様さとか惨めさとかを女を通してタップリ教わったから今がある!と思うことにしている。

若い内で良かった。麻疹(はしか)と同じで女の痛手に馴染まないまんま中年過ぎると酷い話にまで行っちまう人もいる。

下手すりゃストーカーにでもなりかねなかったぞぉ……と酷い目に合わせてくれた女達に今は感謝している……。

『自分は詰まらん男だ!』と心底知っておかないとね?……男は簡単に舞い上がっちまうものだから……この映画の主人公のように……ね?
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