「車の免許を持っていれば、弟君をすぐに病院に連れて行けたのに」
なぜすぐに病院に連れてこなかったのか
と、火傷をした弟の主治医に責められた母は、
その後何年もこう嘆いていた。
祖父(母の父)は、母に車の免許を取ることを許してくれなかったという。
母の兄と弟は、18歳になると当たり前のように自動車学校へ通ったが
女である母だけは、免許を取ることが許されなかった。
車必須の田舎でも、当時は珍しいことではなかった。
今の時代では信じられないような話だが、
1950年代生まれの母の時代は
女に免許はいらない・女は運転すべきでない、と考える人が存在したのだ。
少なくとも祖父はそうだった。
結婚した母は、一度は教習所に通おうと考えたこともあるらしい。
しかし今度は、同居する義父母に許してもらえず、
子供が生まれるとそれどころではなくなってしまった。
「幼にしては父兄に従い、嫁しては夫に従い、夫死しては子に従う」
どんなに理不尽なことであっても、
父・夫・義父母の言うことを素直に聞かなければ、女が責められた時代だった。