国、重要文化財の大手門は城からかなり離れた所にあります、大改修復元修理されるまえは誰一人訪れずれる人はなく、背丈より高い雑草に覆われた草を分けながら入ると門番の詰め所の障子紙珊はボロボロと悲惨な状態でしが、復元されましたら、ありゃ~近代建築に生まれかわているは~撮影をする気にもなれませんでした、
なお小諸城は山本勘助が築城したとゆわれていますが巷では勘助は実在していないとの事ですが、小諸駅前の坂道の中程に牧野氏の末裔の方が営む、お土産さんの資料館には山本勘助が実在した資料があるそうです、
かって懐古園の正門(三の門)の二階には資料館があり、義父の妹が大阪の山本氏に嫁いでいたので資料を調べましたがなにも無かったそうです、現在は園内に博物館がありますが、牧野氏関係の刀剣類などはありますが山本勘助に関する資料は見渡りませんでした。
山梨県立博物館
明らかにされる「山本勘助」の実像-シンボル展「実在した山下菅助」
http://www.museum.pref.yamanashi.jp/5th_tenjiannai_symbol_018.htm