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小田原征伐つづき  2017-5-23

2017-05-23 | 日本100名城&番外



2011-1-20に撮影しましたのを再編集してアップしてみました、ネットで検索しても、ほとんど情報が入りませんので、手探りで道案内でした、豊かな方はスマホで地図情報が得られるのでしょうが、無い袖は振れません、

さて家から小田急線の最寄駅から小田原行の初発電車に、各駅停車しかとまりませんので、ホ-ムで待っていましたら、時間になっても電車が遅れて来ません、目の前を本線の通過線を、成城学園で急行に乗り換える予定の電車が通過、フ-ドを被らないといけない寒さの中、早起きしたのに、一瞬旅行を中止しようかと思いましたが、あいもかわらず駅の遅延放送がありませんが、遅れて来た電車に乗り、成城学園に到着、車内放送もありませんでしたが、ホ-ムに降り立つと向こうがわに、乗車予定の小田原行き急行が停車していました、駅、車掌の案内放送がありませんでしたので、待ってくれていたのか判りませんが、レピュタ-点灯 出発進行です
(なお早朝深夜は沿線住民からの騒音苦情がこないように、駅の放送は控えているかもですが、せめてワンマンカ-でないのですので運転車掌が乗務しているのですから、酔っ払って居眠りしている乗客なんて関係なしですので、遅延している時は案内放送をで、よもや車掌の使命の安全の確保、車内の秩序の確保をお忘れかです、
(なお国土交通省のアナウンスによりますと、バスの運転手などが勤務時間中に、ポケモンGO- 歩きスマホであの世にGO- だそうです、命を預かっているのにな~ 日本全体が、たるみ切っているのかな~亡国にならなければよいがな~です)


追記 ネットによりますと、最近の ポケモンGO- を行っているのは中高年者が主で、歩数計がわりにボケ防止に使っているようで、若者は3日ボウズで飽きてしまっているそうです、小生などは、初めから全く魅力を感じませんので変人かな~ です
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2017-05-23 | 日本100名城&番外



                箱根登山鉄道が小田原駅を出発、夜明けをむかえました、乗客は数名の女子高校生しか乗車していませんでした、箱根の山に学校があるのかな~です?
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2017-05-23 | 日本100名城&番外



         小田原駅を出発すぐに山登りが始まります、車内全体が黄金色に染まり眼を開けていられないほどになりました、女子高校生が眩しく全員 美人で輝いていました、数秒間の出来事でした、

若き日に南アルプスの八ヶ岳の最高峰 赤岳の岩室に泊まったことがあります、山小屋の主人は一人で切盛りしていました、前を通ると、ここ数日間は宿泊客がないので、通過する予定でしたが、ぜし泊まっていってくれと半分、泣きつかれてしまいましたので、小屋は全て石を積み上げて出来ています、気圧が低いので、米がまともに炊けません、ベットの空間は殆どなく、まともに起きるとオデコを岩にゴッンです、フトンは布団といわれるような、しろものでなく、靴墨を付けたように、黒光りしています、何時間も眠られません、主人は長野県のガイド合格資格者、第1号で、
起きて----眠気眼で外に出ると、あぁぁ----眼下に千曲川が黄金色に輝いていました、

さて下を流れるのは早川です、若き日に、お世話になっていました、今は亡き親分が陸上競技界から干されて充電しているところ、ある大学から箱根駅伝で過去に優勝もした事があるのに、最下位くらいに奈落の底にと、なんとかしてくれと泣きつかれ、渓流がてら箱根路を偵察にいってこいでした、見事4年後に優勝をはたしたようです、

さて下を流れる早川は、たぶん黄金色に輝くのかな~です、なおこの先、山の懐に入ると東側が遮ぎられて、チャンスはあるのか判りません、


なお偵察後に報告時、おもわず鼻歌がでてしまい、箱根の山は天下の剣 函谷関も物ならず--- 親分が、なにが箱根が天下の剣かと、こっぴどく怒られてしまいました、
まあ~あの後北条氏も箱根の山中城の防衛ラインを突破されたのですからでした、
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2017-05-23 | 日本100名城&番外



一夜城に到着するまで、誰一人お会いしませんでした、むろん、お店などは在りませんので、飲料水、途中で小雨にもあいましたのでポンチョ等の雨具の用意が必要かなです、
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2017-05-23 | 日本100名城&番外



                                         新道を作っていましたので、迂回しました、雪が少しありました、
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2017-05-23 | 日本100名城&番外



城を一周してみました、裏側は崖になっていました、小田原市の案内看板によりますと、穴太衆の野面積は地震にも耐え今日まで当時の面影を大変よく残している貴重な城跡です、になっていますが、ド素人がみたところでは、ほとんどが崩れていました、小田原市の案内看板にはありませんが、たしか城は戦が終わった後に秀吉が取壊ししたんだなかったのかな~です
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2017-05-23 | 日本100名城&番外



                                    因果は巡るで、後北条氏に滅ぼされた、三浦半島の油壷にある新井城 方面が望めます、
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2017-05-23 | 日本100名城&番外



中央の下段に、徳川氏のテッキンコンクリ-トお造りの小田原城が望めます、後北条氏の小田原城は別の場所に在りました、尾張 名古屋城と同じく新しく立て替え案が在るそうです、小田原城下は後北条氏が造りましたので、いっそのこと後北条氏の城があった場所に木造でです、
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