なくもの哲学と歴史ブログ

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西洋、東洋哲学
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太平洋戦争、ガダルカナル島の戦い

2024-11-03 20:00:00 | 日本史

【ガダルカナル島の戦い】
 それまで連戦連勝だった日本陸軍が、初めて敗北したのがガダルカナル島の戦いでした。ガダルカナル島は、ソロモン諸島にあります。ソロモン諸島では、日本とアメリカとの間で、何度も海戦は行われていましたが、ガダルカナル島の戦いで、初めて本格的な地上戦を行うことになりました。ガダルカナル島は、地理的にアメリカとオーストラリアを結ぶ位置にあったので、軍事的に重要だったとされています。オーストラリアは、アメリカの同盟国だったので、日本は、その連携を断とうとしていました。ガダルカナル島は、何もない島です。しかし、日本とアメリカは、ガダルカナル島の所有権を巡って、何度も死闘を繰り広げました。ガダルカナル島が、東南アジア支配のための拠点として、最適な位置にあったからです。日本は、そこを占領し、飛行場を建設しようと考えました。



【地上戦】

 日本の軍隊で、島などの陸地で戦うのは陸軍です。それまで、日本の陸軍は、米軍の正規兵と戦ったことがありませんでした。主に中国軍や、植民地にいた二級の欧米軍としか戦ったことがなかったからです。その欧米兵たちは、訓練も未熟で、装備も本国のおさがりのようなものでした。一級の兵士たちは、主にヨーロッパで戦っていたからです。そのため、日本軍は、欧米軍を弱いと思い込んでいました。当時、アメリカが、軍事力を割いていたのは、主にヨーロッパ方面です。その割合は、ヨーロッパが7で、東南アジアが3だったとされています。日本軍は、今のうちなら、まだ攻めて来ないので、簡単にガダルカナルを占領出来ると考えていました。しかし、その目論見は、外れてしまいます。アメリカが、ガダルカナル島に送り込んで来たのが、上陸専門の厳しい訓練を受けた「海兵隊」という精鋭たちだったからです。


【餓島】
 アメリカは、一万人もの兵士で、ガダルカナル島を占領しました。それに対する日本軍は、900人だったとされています。日本は、新たに6000人の部隊を派遣し、ガダルカナル島を奪還しようとしました。数の上では、劣勢でしたが、それでも善戦したとされています。日本陸軍の戦法は、銃剣突撃という日露戦争時代のものでした。その戦法は、植民地軍には、有効だったかもしれません。日本軍の銃剣突撃は通用せず、アメリカの機関銃の「十字砲火」の格好の餌食となりました。十字砲火とは、2方面から機関銃を浴びせることです。日本軍は「制海権」「制空権」を取られ、輸送船が攻撃され放題だったので、思うように物資が届けられませんでした。なぜなら、補給というものは、安全が確保されていないと出来ないからです。日本は、仕方なく、夜の闇にまぎれて少しずつ物資を運ぶことにしました。それを「ねずみ輸送」と言います。

 孤立した日本軍は、多くの餓死者を出したので、ガダルカナル島は「餓島」とも呼ばれました。また、マラリアや赤痢などの感染症で、数多くの日本兵が病死したとされています。そうした病気が流行るのは、ガダルカナル島が熱帯地域だったからです。

 日本軍は、精神力では、欧米人を上回っていると自負していました。当初、アメリカの方も、日本兵を恐れていたとされています。そこで、相手を知るため、日本兵の日記を翻訳してみました。そこには、弱音がつづられていたので、日本人も同じ人間だと気づいたとされています。



太平洋戦争、ミッドウェー海戦について

2024-11-03 06:00:00 | 日本史

【ミッドウェー海戦】
 太平洋戦争の転換点となったのが、1942年のミッドウェー海戦です。ミッドウェー海戦までの日本軍は、真珠湾攻撃、マレー沖海戦と連勝を続けていました。ミッドウェーとは、ハワイ近くの米軍基地のある島の名前です。そこを占領出来れば、いつでも、ハワイを攻撃することが可能でした。ハワイには、アメリカの軍事拠点があったとされています。

 日本軍は、アメリカ軍を誘き寄せ、空母を壊滅させようとしました。当時、海上戦の主力となっていたのが空母だったからです。空母には、航空機を運ぶことと海上滑走路としての役割がありました。ミッドウェー海戦は、空母vs空母の戦いだったとされています。日本側が出撃させたのが4隻の空母です。一方、アメリカ側の空母は、ボロボロでしたが、持てる力を全て注ぎ込み、必死の修繕で3隻の空母を出撃させました。ミッドウェー海戦での日本とアメリカの戦力は互角だったとされています。しかし、日本軍は、大敗してしまいました。


【総力戦】
 当時の戦争は、国家の力を総動員させて戦う総力戦でした。それに不可欠だったのが国民たちの協力です。そのため、日本もアメリカも、国民の士気を高めるため、ラジオや新聞で、都合の悪いことは報道せず、戦果だけを誇張して伝えたとされています。アメリカは、国民に対して、戦果を上げているように見せかけるため、機動空襲で、こっそり日本の基地を攻撃し、見つからないように逃げて行きました。それによる日本の実害は、ほとんどなく、アメリカ側も、反撃されなかったとされています。また、アメリカは、精神的なダメージを与えるため、空母で、日本の本土にギリギリまで近づき、陸上用の大型爆撃機で空襲しました。

【敗因】
 日本の敗因は、慢心だっだとされています。アメリカ軍は、日本の戦い方を研究していましたが、日本の方は、今まで通り戦えば勝てると思っていたからです。アメリカは、ミッドウェー海戦以前の珊瑚海海戦を徹底的に分析しました。それに日本の暗号解読は、アメリカに比べて、未熟だったので、情報戦で負けていました。日本側は、暗号をほとんど解読されてしまい、進路や時刻を読まれていたのに、アメリカ軍の動きはつかめていなかったとされています。そのため、アメリカ空母の待ち伏せを受けてしまいました。それが敗北につながったとされています。

【戦いの結果】

 日本の航空機は、ミッドウェーにある基地を攻撃する予定だったので、地上用の爆弾を装備していましたが、そこに現れたのがアメリカ軍の空母部隊でした。船を攻撃するための装備は魚雷です。その魚雷に積み替えるため、命令が二転三転し、日本軍は大混乱に陥りました。そこを狙ったのが、アメリカ航空機の急降下爆撃です。それを数発受けただけ、大火災を引き起こしました。なぜなら、積み替えのため、未整理だった爆弾に引火し、二次的な爆発が起きたからです。結果として、日本軍は「飛竜」「加賀」「蒼龍」「赤城」という4隻の空母と200機の航空機、さらに優秀なパイロットまで失ってたのに、アメリカの損害は、空母ヨークタウだけでした。