美の五色 bino_gosiki ~ 美しい空間,モノ,コトをリスペクト

展覧会,美術,お寺,行事,遺産,観光スポット 美しい理由を背景,歴史,人間模様からブログします

大阪南部の茶の湯美術の至宝_正木美術館「利休と茶の湯」12/1まで

2019年09月25日 | 美術館・展覧会

大阪府南部にある正木美術館で「利休と茶の湯」展が行われています。
唯一の生前の「利休像」など、驚きの名品が揃う正木美術館の禅宗美術コレクションをしっかりと味わうことができます。




目次

  • 関西に多い伝説のコレクターの一人、正木孝之
  • 中世絵画や墨蹟を見ると、いつも心が引き締まる
  • 大阪南部の2つの美術館「正木」「久保惣」はマスト・スポット


正木美術館は大阪府南部の泉大津市と岸和田市に挟まれた日本一面積が小さい忠岡町にあります。
町の面積は3.97平方km、関西空港島の半分以下しかありません。
忠岡町の周辺は古くから繊維産業が盛んなところで、多くの素封家を輩出しています。

日本有数の個人コレクションを築き上げた伝説の美術コレクターが、驚くことに4人もこの地域から出ています。


関西に多い伝説のコレクターの一人、正木孝之


日本の禅宗美術を中心としたあまたの名品を所蔵する正木美術館を1968(昭和43)年に開館したのは、正木孝之(まさきたかゆき)です。
代々庄屋を務めた旧家で戦前に建設業や映画館経営で財を成しており、戦後すぐの預金封鎖や財産税によって大量の美術品が売りに出された際に数多くの名品を入手しました。

現在の日本の美術館のコレクションの少なからずは、こうした終戦直後の混乱期に蒐集された作品が主流をなしています。
あと3人の伝説のコレクターも同じ頃に蒐集しており、現在はそれぞれの美術館の輝かしいコレクションとして大切に守られています。

美術館 コレクター 本拠 事業 国宝/重文所蔵件数
正木美術館 正木孝之 忠岡町 建設業、映画館 国宝3件/重文13件
細見美術館 細見亮市、實 泉大津市 毛織物業 重文17件
和泉市久保惣記念美術館 久保惣太郎(3代) 和泉市 綿織物業 国宝2件/重文29件
旧:萬野美術館 萬野裕昭 忠岡(出身) 建設・海運業 国宝1件/重文30件


4人の内3人のコレクションは、コレクター当人や子孫が解説した美術館に収められていますが、萬野美術館だけは2004年に閉館しています。
萬野美術館の所蔵品の多くは京都・相国寺に寄贈されました。
相国寺にもとから伝来していた名品と合わせ、承天閣美術館を日本有数の古美術の殿堂としての地位を不動にしています。



美術館入口


正木美術館のコレクションの軸になるキーワードは「茶の湯」です。
茶道具はもちろん、絵画/墨蹟から仏画に至るまで、茶室で披露されることで究極の美しさを醸し出す作品たちです。

正木美術館は毎年春秋の2回の展覧会を行っていますが、ほとんどすべて館蔵品だけで構成しています。
館の建物は小振りに見えますが、中の収蔵庫の中ではまさに名品が”うなっている”のです。


中世絵画や墨蹟を見ると、いつも心が引き締まる


この展覧会のタイトルは「利休と茶の湯」。正木コレクションの王道とも言える名品が披露されています。

【所蔵者公式サイトの画像】 伝長谷川等伯「千利休像」正木美術館

展覧会の目玉作品が真っ先に登場します。
肖像が多数残る中で唯一存命中に描かれた「千利休像」です。
永らく等伯筆と考えられてきましたが、表情の違いから現在は土佐派の筆とする説が有力です。

本能寺の変の翌年、1583(天正11)年に秀吉からの重用が目立つようになった頃に描かれました。
62歳ながらも、若々しく気力が充実したような表情は老年期の肖像にはなく、とても希少価値があります
茶人と言うよりも大店の主人のように見える鋭い目線も印象的です。重要文化財です。

【所蔵者公式サイトの画像】 「建盞天目茶碗」「朱漆輪花天目台」正木美術館

「千利休像」の隣に「建盞(けんさん)天目茶碗」が、置台である「朱漆輪花天目台」と共に展示されています。
建盞天目とは、中国の建窯(けんよう)で宋~元代に作られた天目茶碗の総称で、曜変や油滴は建盞の中でも格別なものを指します。
曜変や油滴の主に円形のまだら紋様とはことなり、無数の縦方向の直線が黒地に妖艶な輝きを放っています。

墨蹟も見応えのある名品が並んでいます。

一休宗純による墨蹟「滴凍軒号」は、孝之が特にお気に入りだった逸品です。
孝之が戦後に自宅を建てた際に、この作品に因んで茶室を「滴凍軒」と名付けたほどです。
この自宅は「正木記念邸」として、週末を中心に内部が公開されています。

高僧の墨蹟はとても奥が深く、その人物の個性がよく表れているような気がしてなりません。
一休の墨蹟は、”ヘタうま”に見えるほどユーモアにあふれた大らかな筆の走りが印象的です。
きっと人を引き付ける魅力にあふれた人物だった、そう観る者に思わせる風格も兼ね備えた名品です。



正木記念邸


茶杓(ちゃしゃく)とは、抹茶の粉末を茶碗に入れる耳かきのような形状のいわばスプーンです。
一見、美術品というよりは何の変哲もない民芸品にしか見えません。
400年の時を経て数多の茶人の手垢がしみ込んだような独特の竹の風合いを見ると、不思議なことにその風合いがオーラを放っているように感じてきます。

「茶杓 銘ゆみ竹」は千利休作であることが、その美術的価値やオーラを感じる度合いを格段に高めています。

孝之は、正木美術館所蔵の3点の国宝「三体白氏詩巻」「白氏詩巻」「大燈国師墨蹟」と同じく、「ゆみ竹」も鴻池家から入手しました。
正木美術館は、鴻池伝来品の少なからずを受け継いでいます。

「竹図屏風」は、二曲一双の金屏風の全面を竹の枝と葉で埋め尽くしています。
大画面の屏風を単一の草花だけで描くという、それまではあまり見られなかった構図で、幾何学紋様のように見える竹の枝と葉の配置も斬新です。
夏にこの屏風が飾られている座敷を想像すると、エアコンが動いているような清涼さを感じます。


大阪南部の2つの美術館「正木」「久保惣」はマスト・スポット


関西の個人美術館は、阪神間と京都の東山や上京といった、いわばお屋敷街に集中しています。大阪府南部は必ずしもお屋敷街とは言えず、これだけの質と量の名品が大切に守られていることには驚きを隠せません。

4人の伝説のコレクターの内、2人のコレクションは今も大阪南部にあります。”こんなところがあったのか”、訪れる者はきっとそのように感じます。

【公式サイト】 和泉市久保惣記念美術館

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



正木美術館の名品揃いに驚かされる

________________

<大阪府忠岡町>
正木美術館
秋季展
利休と茶の湯 -茶の世界と道具の美
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:正木美術館
会期:2019年9月1日(日)~12月1日(日)
原則休館日:月曜日、10/15-17
入館(拝観)受付時間:10:00~16:000

※10/14までの前期展示、10/18以降の後期展示で一部展示作品/場面が入れ替えされます。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。

※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。
※毎年4-6月の春季展、9-11月の秋季展開催時のみ開館しています。



◆おすすめ交通機関◆

南海本線「忠岡」駅下車、徒歩15分

JR大阪駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:1時間10分
大阪駅(梅田駅)→大阪メトロ御堂筋線→なんば(難波)駅→南海本線急行→泉大津駅→南海本線普通→忠岡駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には無料の駐車場があります。
※休日やイベント開催時は、道路の狭さ/駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


________________

→ 「美の五色」とは ~特徴と主催者について
→ 「美の五色」 サイトポリシー
→ 「美の五色」ジャンル別ページ 索引 Portal

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

呉春 池田でリボーン 応挙を超える_逸翁美術館 12/8まで

2019年09月20日 | 美術館・展覧会

大阪・池田・逸翁(いつおう)美術館で『画家「呉春」池田で復活(リボーン)』展が行われています。
 四条派の祖・呉春(ごしゅん)コレクションでは日本有数の所蔵品をたっぷりと味ことができます。


 このデザイン、見覚えがない?


 目次

  •  小林一三と呉春、池田は共通のマザータウン
  •  (写実+洒脱)÷2=呉春


 展覧会のチラシ/ポスターのデザインを見て、何かひらめきませんでしたか?
そう、ゴジラ→東宝→阪急→逸翁美術館という連想が成立します。



 小林一三と呉春、池田は共通のマザータウン


 逸翁美術館は、阪急電鉄の創業者・小林一三(こばやしいちぞう)が蒐集した美術品を展示・保管するために、彼の邸宅を利用して開設されました。
 美術館のある池田市は、阪急電鉄が日本で初めて住宅を分譲し、住宅ローンで販売することで沿線の乗客を増やしたという、阪急電鉄はもとより、日本の私鉄のビジネスモデルの原点のようなところです。

 小林一三の人となりについては、以前ご紹介した拙ブログをご参照ください。
 【美の五色】 小林一三 ~日本人の生活スタイルを創った男が残した思い出

 東隣の箕面市と共に大阪平野の北端に位置し、風光明媚な景観と背後の山から湧き出す豊かな水にも恵まれています。
 この湧水が、逸翁美術館と呉春の縁(えにし)の原点です。

 江戸時代の初め、北摂(摂津国北部)エリアで酒造りが盛んになり、江戸への”下り酒”で巨万の富を築いた日本最大の大店・鴻池家が本拠とした伊丹はその中心地となります。
 西宮・灘は江戸時代後半になって栄えるようになります。
 現在の酒処として池田はほとんどイメージされませんが、江戸時代前半には伊丹と並ぶ”下り酒”のトップブランドでした。
 ”下り酒”で儲けた大店が多数あり、師の与謝蕪村のパトロンがいたことから、呉春は池田に拠点を移すことになります。

 呉春が京都から池田に拠点を移した直接的な理由は、相次いだ身内の不幸に見舞われた呉春を嘆いた師の蕪村が、環境を変えることでリフレッシュをすすめたためです。
 池田の大店は、京都の新進気鋭の絵師・呉春を温かく迎えます。
 呉春という名は、池田滞在時に名乗り始めた名前です。それまでは松村月溪(まつむらげっけい)と名乗っていました。
 呉春は池田で傷心を癒やし、画才にあらためて火をつけます。
 展覧会の名称「復活(リボーン)」は、池田の地が呉春の画業を大きく発展させたことに基づいています。

 ちなみに池田の酒蔵は現在も1軒だけ醸造を続けています。
 その銘柄「呉春」は絵師にちなんで名づけられました。



 美術館の周囲は現在もお屋敷街


 時を経て、小林一三は結婚した時の嫁入り道具に含まれていた与謝蕪村の掛軸に目を奪われます。
 事業に成功した後、本格的な美術品蒐集は蕪村から様々な方向に発展していきます。
 一三が呉春作品と出会うと、母なる池田との縁もあり、一三の審美眼に火が付きました。

 逸翁美術館は蕪村/応挙/呉春といった江戸時代半ばの京都画壇のコレクションが何と言っても秀逸です。
 ”池田酒”が逸翁美術館の原点なのです。


 (写実+洒脱)÷2=呉春


 展覧会はすべて、逸翁美術館(阪急文化財団)が所蔵する作品だけで構成されています。
 館としての自信を垣間見ることができます。
 展示は前後期でほとんどが展示替えされますが、前後期2回訪問をおすすめします。
 逸翁美術館の呉春コレクションをほぼ完ぺきに堪能することができます。
 展示室が館蔵の呉春作品で埋め尽くされている光景は圧巻です。

   

 呉春は師の蕪村が病に伏すと京都に戻りますが、献身的な看病の甲斐なく蕪村はこの世を去ります。
 呉春はこのタイミングで人生を大きく変える出会いに再び恵まれます。
 写実画で当時の京都画壇を一世風靡していた円山応挙です。

 呉春は画業人生の前半生を蕪村に学んだ南画、後半生を応挙に学んだ写実画と、画風を転換させた器用な絵師のイメージがあります。
 ”転換”というよりは”融合”と言う方がフィットしていると私は感じます。
 呉春は応挙の生真面目なまでの写実画に洒脱の趣を加え、肩の力を抜いて味わえる「四条派」の画風を起こしました。
 応挙が起こした円山派の画風を瞬く間に凌駕し、竹内栖鳳や堂本印象ら、現代まで続く京都画壇の主流となっています。

 呉春の”洒脱”の趣は、ゼロから生み出したものではなく、師の蕪村の個性そのものです。
 蕪村と応挙、二人の対照的な師の”いいとこどり”を見事に成就したのが、呉春です。
 呉春は京都の金座の役人と言う裕福な家に生まれ、俳句や横笛などの”あそび”もさらりとこなす、都会的で粋な社交好きの人物でもありました。こうした人柄も呉春の洗練された表現を支えています。



 新館

 展示はおおむね制作時期の順に並べられています。

 「平家物語大原小鹿画賛」は、チラシに採用されているキュートな鹿です。
 ゴジラ的フォントでチラシに大書きされた「ゴシュン」というキャッチコピーと実によく合っています。

 「十二カ月京都風物句図巻」はタイトルの通り、人々がふざけるように生活を楽しんでいる様子を12通り描いています。
 蕪村が得意とした洒脱な表現が見事に受け継がれています。巻替されますが通期展示です。

 「桜花游鯉図」は呉春の写生画の円熟味を感じさせる名品です。
 桜の木の上下をぼやかせることで、鯉がまるで空中を泳いでいるかのように見せています。前期のみの展示です。

 【阪急文化財団ブログの画像】 呉春「秋夜擣衣図」

 「秋夜擣衣図」は、写生画と南画が見事に融合した作品です。
 俳句に詠む農家の情景を絵にしたような趣があり、素朴ながらも洗練された表現を感じさせます。
 前期のみの展示です。

 【文化庁・文化遺産オンラインの画像】 呉春「白梅図屏風」逸翁美術館

 逸翁美術館が誇る呉春の代表作「白梅図屏風」は後期展示です。
淡い藍色に染めた絹本に描くという、アイデアで、夜にひっそりと花を咲かせる白梅の情景を見事に描き出しています。
藍色の背景をこれほどまでに上手に使う並外れた才能を感じさせる重要文化財です。



 どこかで見たことある...


 今年2019年はなぜか、円山・四条派の展覧会が目白押しです。
 4月にこのブログでもお伝えした西宮市大谷記念美術館「四条派への道 呉春を中心として」が行われました。
 9月からはリニューアルオープンした東京・大倉集古館で「桃源郷展―蕪村・呉春が夢みたもの―」が行われており、11月からは京都国立近代美術館で、先に開催の東京藝大美術館から巡回してきた「円山応挙から近代京都画壇へ」が始まります。

 【展覧会公式サイト】 「円山応挙から近代京都画壇へ」京都国立近代美術館

 回顧展が開催されることが多い主役の生誕/没後の周年にも、応挙/呉春のいずれもあてはまりません。
 呉春以下、四条派の絵師たちの知名度は応挙に比べると高くありません。
 応挙の写実画を発展させた四条派の絵師たちに光が当たる意味では、集中開催は効果的です。

 こんなところがあります。
 ここにしかない「空間」があります。



呉春と池田の縁を今に伝える酒

 ________________

 <大阪府池田市>
 逸翁美術館
 池田市制施行80周年記念
 画家「呉春」―池田で復活(リボーン)!
 【美術館による展覧会公式サイト】

 主催:阪急文化財団(逸翁美術館)
 会期:2019年9月14日(土)~12月8日(日)
 原則休館日:月曜日、10/21~10/25
 入館(拝観)受付時間:10:00~16:30

 ※10/20までの前期展示、10/26以降の後期展示で展示作品が大幅に入れ替えされます。
 ※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
 ※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。



 おすすめ交通機関:
 阪急宝塚線「池田」駅下車、徒歩10分
 JR大阪駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:35分
 JR大阪駅(梅田駅)→阪急宝塚線→池田駅

 【公式サイト】 アクセス案内

 ※この施設には無料の駐車場があります。
 ※休日やイベント開催時は、道路の狭さ/渋滞/駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


 ________________

 → 「美の五色」とは ~特徴と主催者について
 → 「美の五色」 サイトポリシー
 → 「美の五色」ジャンル別ページ 索引 Portal

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「文化財よ、永遠に」_六本木 泉屋博古館 分館も”すごい”展示

2019年09月19日 | 美術館・展覧会

「文化財よ、永遠に」、文化財修復をテーマにした興味深い美術展です。
東京・六本木一丁目の泉屋博古館分館では、主に東日本にある修復文化財が展示されています。




 目次

  • 泉屋博古館の分館とは?
  • 名品を伝える古刹は、京都・奈良ばかりではない
  • 元の状態を改変せず、輝きを蘇らせるスゴ腕の修復技術


 文化財修復の意義とその成果の素晴らしさを一挙両得で吸収できる展覧会に仕上がっています。素晴らしい企画です。


 泉屋博古館の分館とは?


 泉屋博古館分館(せんおくはくこかんぶんかん)は、住友コレクションを所蔵する美術館である京都・鹿ケ谷の泉屋博古館による、東京における展示・収蔵拠点です。
両館で個性の違いが出るよう工夫されており、同じテーマの企画展でも京都と東京で趣向を変えることが多くなっています。
単独での企画展も多数開催されています。

 泉ガーデンの敷地は、1917(大正6)年に当時の住友家当主・住友友純(ともいと)が麻布別邸を建てた地です。
友純は当代随一の数寄者でもあり、春翠(しゅんすい)という号の方がよく知られているほどです。
泉屋博古館が誇る古代中国の青銅器コレクションは、主に春翠が蒐集したものです。

 住友不動産が肝いりで再開発した泉ガーデンの名前は、住友家の屋号「泉屋」にちなんで付けられています。
六本木一丁目の地は住友グループにとっては東京における商いの原点のようなところです。
日本と東洋の古美術では日本有数の住友コレクションを展示するには、まさにふさわしいところでしょう。



 六本木一丁目駅から分館へ、エスカレーターで上がっていく


 「文化財よ、永遠に」は、住友グループが設立した住友財団が、過去30年に渡って助成してきた文化財修復によって蘇った作品を展示しています。
加えて文化財修復の技術や修復のポイントを丁寧に解説し、全国4会場でほぼ同時並行に行われるという、とても興味深くユニークな企画展です。

 文化財修復の意義や4会場の展示のすみ分けは、前回お伝えした京都の本館の展覧会のレポートで詳しく解説しています。こちらも見ていただければ大変うれしいです。


 名品を伝える古刹は、京都・奈良ばかりではない


 東京の分館では、会場が東京国立博物館になっている仏像を除いた、主に東日本にある修復文化財が展示されています。
美術館はともかく、関東の古刹にも驚きの名品がとてもたくさん、大切に伝えられていることに驚かされます。
絵画を中心に、京都の本館の展覧会に引けを取らない名品が揃っている印象を受けます。


 【住友財団公式サイトの画像】 「十二神将像」称名寺

 4幅並んで展示された仏画がまず目に飛び込んできます。
金沢文庫を永らく管理してきた横浜の称名寺(しょうみょうじ)に伝わる、鎌倉時代の「十二神将像」です。
それぞれセンターの中尊のまわりに眷属や動物が描かれています。
通常は単独で描かれる十二神将としては、涅槃図のような賑やかな描写が印象的です。
 修復により色彩は鮮やかさを取り戻しており、十二神将らしい躍動感がリアルに伝わってきます。
重要文化財です。十二神将の内4神ずつ、前後期で入れ替えて展示されます。


 この9月に5年ぶりにリニューアルオープンした大倉集古館の「十六羅漢像」も鎌倉仏画の名品です。
修復で羅漢の表情の描写や色彩が鮮やかに蘇っています。
こちらも4者ずつ、前後期で入れ替えて展示されます。


 【住友財団公式サイトの画像】 「長谷雄草紙」永青文庫

 中世の巻物も見応えがあります。
永青文庫の「長谷雄草紙(はせおぞうし)」は、鎌倉末期から南北朝時代の絵巻物です。
題材の怪奇檀は、御伽草子のような説話のかなり古いものの一つと考えられています。
描写や着色はとても緻密で、物語のテンポがしっかりと伝わってきます。
重要文化財です。前後期展示で巻替えされます。



 尾根道から見た分館、春には一帯が桜で埋め尽くされる


 「法華経一品経(ほけきょういっぽんきょう)」は埼玉県にある唯一の絵画・書跡・典籍の国宝です。
慈光寺(じこうじ)は埼玉県西部の山中にある古刹で、平安時代は天台宗の一大拠点寺院でした。
重要文化財の開山堂や大般若経も伝わっており、北関東の文化財の宝庫でもあります。

 経典を絵画も交えて絵巻のように制作した「装飾経」としては、同じく国宝の厳島神社「平家納経」、鉄舟寺「久能寺経」と並ぶ最高傑作に位置づけられています。
 「一品経」とは、法華経を章毎に多人数で分担して書写し、巻物にしたものです。
装飾経にされることが多く、王朝文化の優美な趣を今に伝えることから、やまと絵としての美しさも兼ね備えています。
慈光寺の「法華経一品経」は金泥の剥落が修復され、往時の輝きが蘇っています。
前後期で入れ替え展示されます。


 元の状態を改変せず、輝きを蘇らせるスゴ腕の修復技術


 展示作品はいずれも、100年単位の時を重ねて来たとは思えないほど、保存状態が良いように見えます。
ここがまさに修復技術のスゴ腕の成果です。
しかも元の状態を改変せずに行っています。

 会場では至る所で作品の修理の状況や技術の工夫が解説されています。
絵の具の剥落/紙の反り/表面の汚れなどの経年劣化を、年単位の時間をかけて丁寧に緻密に修復しています。
世界最高峰と呼ばれる日本の文化財の修復技術もしっかりと学ぶことができます。


 【住友財団公式サイトの画像】 徐九方筆「水月観音像(楊柳観音像)」泉屋博古館

 「水月観音像(楊柳観音像)」は泉屋博古館が誇る高麗仏画の傑作です。
右手に柳を持つ優美な姿から、楊柳(ようりゅう)観音と呼ばれています。
日本国内に複数の楊柳観音像がありますが、泉屋博古館本だけが作者と制作時期が判明していることから、古くから仏画の記念碑的名品として珍重されてきました。

 高麗仏画は、高麗青磁と同じく洗練された優美な表現に加え、緻密な装飾文様を流れるように表現しているところに魅力を感じます。
泉屋博古館の楊柳観音像はその代表例であり、2016年に修復を終えて京都の泉屋博古館で公開された時に見た印象が強く残っています。

 4会場に分かれたこの展覧会のすみ分けでは、京都会場に展示されるはずの作品です。
東京の分館ではまだ展示されていないこともあり、配慮されたものだと思われます。
後期のみの展示ですが、分館会場での目玉作品であることは間違いありません。


 【住友財団公式サイトの画像】 「葡萄蒔絵螺鈿聖餅箱」東慶寺

 鎌倉・東慶寺「葡萄蒔絵螺鈿聖餅箱(ぶどうまきえらでんせいへいばこ)」は、イエズス会のシンボル「IHS」のロゴが、箱のふたに螺鈿で施されて燦然と輝く見事な漆器です。
桃山時代に欧州向け輸出品として制作されたと考えられています。
主に表面の劣化が修復されており、ピカピカです。


 【住友財団公式サイトの画像】 「秋草図」佐野美術館

 静岡・三島の佐野美術館「秋草図」は、緻密ながらも豊かな葉ぶり・枝ぶりの表現が魅力的な、俵屋宗達が始めた工房「伊年」の典型的な作品です。
屏風は永らく実際に使用されていたものが少なくなく、傷みやすい美術品でもあります。
そうした痛みを全く感じさせない見事な修復ぶりです。


 【住友財団公式サイトの画像】 狩野一信「五百羅漢図 六道鬼趣」増上寺

 増上寺「五百羅漢図」は、幕末に狩野一信(かずのぶ)が、1幅に羅漢5人×100幅で”500羅漢”全員を10年かけて描いたという超大作です。
明治の廃仏毀釈や第二次大戦の空襲の際も、増上寺によって大切に守られてきました。

 住友財団の助成で傷みの目立った10幅が修復され、完成後の2011年に100幅を一挙公開する江戸東京博物館での展覧会が話題を呼びました。
2015年に森美術館で行われた「村上隆の五百羅漢図展」では、村上は増上寺の「五百羅漢図」から着想を得て制作しており、再び注目を集めました。
現在も増上寺の宝物展示室では、10幅ずつ入れ替えながら常時展示されています。


 幕末の作品であり、仏画ながらも奥行き感のある表現が目立ちます。
洋画の技法も取り入れたのでしょう。とても奥の深い作品です。
前後期で入れ替えながら5幅ずつ展示されます。



 ホテルオークラ


 分館のすぐ近くにある大倉集古館も、ホテルオークラの建て替えに伴う5年に及ぶリニューアル休館を終え、観覧を再開しています。
六本木周辺も上野と並ぶ美術館集積エリアとしてますます楽しくなりそうです。

 こんなところがあります。
 ここにしかない「空間」があります。



 西洋絵画の修復では日本の第一人者の仕事ぶりやいかに

 ________________

 <東京都港区>
 泉屋博古館分館(東京)
 住友財団修復助成30年記念
 「文化財よ、永遠に」
 【美術館による展覧会公式サイト】

 主催:泉屋博古館分館、住友財団、住友グループ各社、読売新聞社
 会期:2019年9月10日(火)~10月27日(日)
 原則休館日:月曜日
 入館(拝観)受付時間:10:00~16:30(金土曜~19:30)

 ※9/29までの前期展示、10/1以降の後期展示で大幅に展示作品/場面が入れ替えされます。
 ※前期・後期展示期間内でも、展示期間が限られている作品/場面があります。
 ※この展覧会は全国4会場でほぼ同時期に行われています。4会場で展示作品はすべて異なります。
   泉屋博古館   9/6~10/14
   東京国立博物館 10/1~12/1
   九州国立博物館 9/10~11/4
 ※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。

 ※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。



 ◆おすすめ交通機関◆

 メトロ南北線「六本木一丁目」駅下車、「泉ガーデン」を通り抜けて徒歩5分
 メトロ日比谷線「紙屋町」駅下車、4a出口から徒歩10分

 JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:25分
 東京駅→メトロ丸の内線→赤坂見附駅→メトロ銀座線→溜池山王駅→メトロ南北線→六本木一丁目駅

 【公式サイト】 アクセス案内

 ※この施設には駐車場はありません。
 ※休日やイベント開催時は、道路の狭さ/渋滞/駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


 ________________

 → 「美の五色」とは ~特徴と主催者について
 → 「美の五色」 サイトポリシー
 → 「美の五色」ジャンル別ページ 索引 Portal

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

文化財修復ってすごい_京都 泉屋博古館「文化財よ、永遠に」展

2019年09月18日 | 美術館・展覧会

修復で蘇った文化財を集めたという興味深い美術展「文化財よ、永遠に」が、京都・泉屋博古館(せんおくはくこかん)で行われています。
文化財修復で得られる様々な成果も学ぶことができます。




目次

  • 文化財を修復すると新たな発見がある
  • 国宝「明月記」など著名作品がずらり、住友財団の修復助成


住友財団が30年続けてきた文化財修復への助成による素晴らしい成果が一堂に会しました。



アメリカの文化財修復実績

泉屋博古館は、日本の歴史的な大店(おおだな)・財閥を代表する名家の一つ、住友家が蒐集した美術品コレクションを保管・展示する美術館です。
日本と東洋の美術品コレクションの質は国内有数です。

「せんおくはくこかん」という、日本有数の難読美術館名称としても”有名”ですが、「泉屋(いずみや)」というのは江戸時代に銅精錬業により大坂で日本最大級の大店となった住友の屋号です。
住友コレクションにとっては、とても大切な”名前”なのです。


文化財を修復すると新たな発見がある


この展覧会「文化財よ、永遠に」の展示品はすべて、文化財修復によってリフレッシュされた作品で構成されています。
展示品の修復を助成したのは、住友グループ企業各社により1991年に設立された「住友財団」です。

公的な文化財保護予算確保への理解が進まない日本において、住友財団が30年に渡って継続している文化財修復助成はとても注目されます。国内はもちろん、欧米の美術館が所蔵する日本美術や、世界中の文化財の文化財修復助成を行っています。
世界トップクラスと言われる文化財の修復技術を活用し、とてもたくさんの名品に再び輝きを取り戻させているのです。


「元の状態を改変しない」という文化財修復の大原則をふまえるために、修復方法を検討するための事前の科学的調査も大抵行われます。
主な目的である「美しさを蘇らせるリフレッシュ」以外にも、現代の最先端科学技術により様々な付帯成果を創出することができます。

  • 制作に用いた素材や修正の過程が判明し、名作の制作履歴が明らかになる
  • 仏像胎内など外部から見えない部分への記録から、制作時期・作者など歴史的事実が明らかになる
  • 過去の修理でよく見られる当初の姿からの変容を、制作当初の元の姿に戻すことができる
  • 最先端科学に基づいた詳細な記録を残すことで、次回の修復をスムースにする
  • 修復を続けることで、”いにしえ”から伝わる制作・修復技術を継続できる


展覧会では多くの展示作品で修理の様子や修理技法のパネル解説が行われています。
一般的な展覧会ではなかなか得られない、文化財を維持する”匠の技”について学べること。何と言ってもこの展覧会の大きな魅力です。



館の借景は大文字山


この展覧会は全国4か所の美術館でほぼ同時並行で行われるという、異色の演出がなされています。
住友財団は30年間で、1,000件を超える文化財修理を助成しています。

修復によって得られた新たな知見を幅広く紹介するために、展示作品を4会場に分けたのでしょう。
すみ分けはおおむね以下になります。

  • 泉屋博古館(京都):関西にある文化財(仏像除く)
  • 泉屋博古館分館(東京):主に東日本にある文化財(仏像除く)
  • 東京国立博物館:全国の仏像(九州・沖縄除く)
  • 九州国立博物館:九州・沖縄にある文化財



国宝「明月記」など著名作品がずらり、住友財団の修復助成


出展リストを見ると、見覚え/聞き覚えのある著名作品が多いことに気づかされます。国宝・重要文化財も目白押しです。


【住友財団公式サイトの画像】 「大日如来坐像」浄瑠璃寺

京都府最南端の山中ある国宝/重文の宝庫・浄瑠璃寺が所蔵する文化財では”珍しく”文化財指定を受けていませんが、若き日の運慶の傑作、奈良・円成寺(えんじょうじ)・国宝の大日如来像にとてもよく似た神秘的で美しいオーラを発しています。
平安末期の慶派仏師の作と考えられており、毎年1月の3日間しか公開されない美仏です。修理の際には近世の修理で後補された下地を取り除き、制作当初の姿に近づけられました。


京都・建仁寺の塔頭・霊源院(れいげんいん)のルーツとなった南北朝時代の僧・中巖圓月(ちゅうがんえんげつ)の坐像彫刻は、写実的な美しさでは日本の肖像彫刻のトップクラスです。
玉眼が表情のリアルさを強調し、時間の経過で黒光りするようになった地肌が像の存在をとても神秘的に見せています。
修理の際に発見された胎内仏・毘沙門天立像もあわせて出展されています。
小振りながら意志が強そうに造形された表情が印象的です。


【住友財団公式サイトの画像】 狩野山楽「唐獅子図」養源院

山楽筆の「唐獅子図」は、俵屋宗達筆の襖絵「松図」と並んで、京都・養源院が誇る桃山美術の傑作です。
本物を常時公開で鑑賞できるという、京都でも数少ないお寺として知られています。
仏壇の正面下部の板に描かれた珍しい小振りの獅子ですが、荒々しさの表現は見事です。
絵の具や紙の剥落が修復され、輝きを取り戻しています。


国宝の「山水(せんすい)屏風」神護寺蔵は、東寺旧蔵・現京都国立博物館蔵と並ぶ、中世のやまと絵屏風の傑作です。
元は貴族の邸宅にありましたが、密教寺院に移されて儀式で用いられ、現代まで伝えられたものです。
平安貴族が好んだ優雅な趣が見事に表現されています。

後世の修理で配列が錯綜していたのを、修理の際に元に戻しました。前期のみ展示です。


【住友財団公式サイトの画像】 長谷川等伯「竹林七賢図屏風」両足院

京都・建仁寺の塔頭・両足院(りょうそくいん)が所蔵する「竹林七賢図屏風」は、等伯晩年の円熟味を感じさせる名品です。
人物の表情の描写がそれぞれ個性的で、七人が持つ知恵を見事に描き分けています。
扇をつなぐ蝶番が破損して自立できないなど、深刻だった状態が修理で見事に蘇りました。後期のみの展示です。


【文化庁・文化遺産オンラインの画像】 藤原定家「明月記」冷泉家時雨亭文庫

藤原定家「明月記」は、日記では藤原道長「御堂関白記」と並ぶ、芸術的にも歴史的にも超一級の史料です。
全長700mもある巻物のため12年を要した修復の半分を住友財団が助成、裏打紙を中心に丁寧な補修が行われました。


【住友財団公式サイトの画像】 以心崇伝「武家諸法度草稿」金地院

徳川家康と秀忠のブレーン、金地院崇伝が構想を練った「武家諸法度」の”草稿”という、珍品の重要文化財です。
手擦れによる表面の毛羽立ちなどが修復されました。



琵琶湖疎水トンネル「ねじりまんぽ」


日本では財団による助成はひっそりと行われることが一般的でしたが、近年は積極的にPRする姿勢も見られます。
美術品修復の分野でも、こうした展覧会により”裏方の努力”がPRされることは素晴らしいことだと感じました。
泉屋博古館さん、とても価値のある企画をありがとう。

泉屋博古館へは地下鉄蹴上駅から歩くと、ねじりまんぽの赤煉瓦と南禅寺の美しい境内を満喫できます。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



美の最高峰、東京藝大が紐解く日本画のヒミツ

________________

<京都市左京区>
泉屋博古館
住友財団修復助成30年記念
「文化財よ、永遠に」
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:泉屋博古館、住友財団、住友グループ各社、読売新聞社、京都新聞
会期:2019年9月6日(金)~10月14日(月)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~16:30
※9/23までの前期展示、9/25以降の後期展示で一部展示作品/場面が入れ替えされます。
※この展覧会は全国4会場でほぼ同時期に行われています。4会場で展示作品はすべて異なります。
  泉屋博古館分館(東京) 9/10~10/27
  東京国立博物館     10/1~12/1
  九州国立博物館     9/10~11/4
※この展覧会は、今後の他会場への巡回はありません。

※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていますが、企画展開催時のみ鑑賞できます。



◆おすすめ交通機関◆

京都市バス「宮ノ前町」バス停下車徒歩1分、「東天王町」バス停下車徒歩3分
地下鉄東西線「蹴上」駅1番出口からから徒歩20分
JR京都駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:30~40分
京都駅烏丸口D1バスのりば→市バス100系統→宮ノ前町

【公式サイト】 アクセス案内

※休日の午前中を中心に、京都駅ではバスが満員になって乗り過ごす場合があります。
※休日の夕方を中心に、渋滞と満員乗り過ごしで、バスは平常時の倍以上時間がかかる場合があります。
※この施設には無料の駐車場があります。
※休日やイベント開催時は、道路の狭さ/渋滞/駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


________________

→ 「美の五色」とは ~特徴と主催者について
→ 「美の五色」 サイトポリシー
→ 「美の五色」ジャンル別ページ 索引 Portal


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

続き:コートールド美術館展、世界最高峰の印象派が来日_東京都美術館 12/15まで

2019年09月17日 | 美術館・展覧会

上野・東京都美術館で行われている、2019年秋の目玉美術展「コート―ルド美術館展 魅惑の印象派」のレポート、前回に引き続き後半戦をお伝えします。



マネの晩年の傑作「フォリー=ベルジェールのバー」、若きルノワールの傑作「桟敷席」。輝かしい二人の画業の中でも特に輝く不朽の名作であることをしっかりと実感できます。

目次

  • 名作との対話その3:印象派の画家が生きた時代を読み解く
  • 名作との対話その4:巨匠の表現を科学的に読み解く


これだけのラインナップが一挙来日することは、当分ないでしょう。コート―ルド美術館が改修休館中というめったにない機会を活用した展覧会だからです。まるでロンドンの「コート―ルド美術館」に足を運んで鑑賞したように感じられます。めったにない機会をしっかりと活用されることを強くおすすめします。

前半戦を鑑賞しても、世界最高峰の美術研究機関の附属美術館でもあるコート―ルド美術館ならではの展示構成の個性が感じられます。作品が描かれた時代背景や、X線で科学的に分析した筆致の工夫が随所で精緻にパネル開設されています。いつもと違う角度からの鑑賞を通じて、傑作の奥深い魅力に触れることができるよう、しっかりと演出されています。



第2章「時代背景から読み解く」は、19c後半の豊かな生活を楽しむパリ市民にもスポットをあてています。セーヌ県知事オスマンによりパリ市街の大改造が行われ、新しい街並がパリを彩っていくようになります。科学技術の進歩で街灯や電灯が普及し、市民は劇場やカフェで夜の娯楽を楽しむようになります。

そんな都市の繁栄を、印象派の画家たちは科学技術の進歩も取り込んで、見事に描き出しました。。


名作との対話その3:印象派の画家が生きた時代を読み解く


明るく柔らかい表現でパリの人々の日常を描いた印象派を代表する画家として、日本でも高い人気を誇るルノワール。会場内でもひと際人だかりが目立っていました。

【所蔵者公式サイトの画像】 ルノワール「アンブロワーズ・ヴォラールの肖像」コート―ルド美術館

アンブロワーズ・ヴォラールは、20c初頭にルノワール作品を扱った主要な画商の一人です。小さな石膏像を手に取って作品を吟味している様子を、晩年のルノワールがとてもまろやかな趣で描いています。実際のヴォラールは団子鼻で身だしなみに欠けていた人物だったようです。ルノワール・マジックは見事に成功した画商にふさわしい姿に変身させています。

【所蔵者公式サイトの画像】 ルノワール「桟敷席」コート―ルド美術館

「桟敷席」は、見覚えのある方が少なくないでしょう。若き日のルノワールの最高傑作で、1874年の第1回印象派展に出展された作品です。いかにも上流階級に見える輝くような白い肌の女性は、当時のパリの華やかさを象徴しているように感じさせます。

パリの最新のファッションを披露する場であった劇場の桟敷席は、雑誌の挿絵としてよく取り上げられており、市民の憧れの場でした。会場内にはそうした当時の雑誌も展示されており、時代の空気がとてもよく伝わってきます。

第1回印象派展では、桟敷席を初めてモチーフにした作品として人々を驚かせました。当時のルノワールはまだ無名で、高価な桟敷席のチケットを入手することは不可能だったと思われます。後方の安い席から桟敷席を観察して描いたのでしょう。女性はルノワールのお気に入りのモデルで、決して上流階級ではない普通の少女です。

桟敷席というモチーフを思いつき、最新のドレスと宝石で身を包み市井の少女を見事に上流階級に変身させる。ルノワールの才能が具現化した記念碑的な作品と言えるでしょう。





【所蔵者公式サイトの画像】 マネ「フォリー=ベルジェールのバー」コート―ルド美術館

「フォリー=ベルジェールのバー」はマネの最高傑作の一つでもあり、印象派を代表する絵画の一つとしても世界的に著名な作品です。フォリー=ベルジェールは1869年に営業を始めたミュージック・ホールで、世紀末の時代には絶大な人気を博しました。驚くことに2019年現在も営業を続けています。

主役のメイドは画面中央で綺麗な三角形になるように両手をカウンターに置き、客の注文を待っているようです。背景にはショーを楽しむ観客席の様子が電球で明るく照らされています。マネ最後の大作となったこの作品はとても不思議な絵です。背景の描写はよく見ないと気付かないですが、すべて鏡に映った光景です。

右端に描かれた女性の背中はメイドですが、写実的に描くならばメイドの真後ろに描かなければなりません。マネは、メイドの存在を際立たせるためなのか、鏡に映った光景とすぐに気付かれないようにしたかったのか、不自然にメイドの背中を右にずらしています。

フォリー=ベルジェールのバーはマネの晩年、繁栄を謳歌するパリの象徴のようなスポットでした。女性のモデルは実際にバーで働いていたメイドだと考えられてます。大都会パリの普通の若い女性の存在を、都市の生活を楽しむ観客を借景に際立たたせています。

【所蔵者公式サイトの画像】 ヴァトー「ピエロ(ジル)」ルーブル美術館

メイドがまっすぐに正面を見つめる表情は、ロココの扉を開いたヴァトーによってこの作品から150年ほど前に描かれた「ピエロ(ジル)」の表情と重なります。道化師として人々から嘲笑されるピエロ、娼婦ともみなされていたメイド。いずれも社会の底辺で一生懸命生きる人間の生命力や意地を見事に描き出しています。

【所蔵者公式サイトの画像】 マネ「草上の昼食」コート―ルド美術館

出展されているマネ作品では「草上の昼食」も見逃せません。オルセー美術館所蔵の同名作品と比べて、どこか”完成度が低い”印象を受けますがそれもそのはず。完成品のオルセー所蔵作と同時並行で制作された仕上がりを検証するための作品と考えられています。

オルセー所蔵作よりもわずかに背景の空間が広く、明るい印象を受けます。不朽の名作の裏には、画家の不朽の努力が隠されているのです。



展覧会場内の記念撮影コーナー


第3章「素材・技法から読み解く」では、19c後半の印象派とポスト印象派作品の制作を下支えした科学技術の進展にスポットをあて、名画の魅力を読み解いていきます。


名作との対話その4:巨匠の表現を科学的に読み解く


「筆触分割(ひっしょくぶんかつ)」という印象派が編み出したテクニックがあります。色は、光では重なり合うほど白くなりますが、絵の具では逆に重なり合うほど黒くなります。また明るい色と暗い色が並んだ状態で少し離れてみると中間色のようにぼやけて見えます。

印象派の絵はなぜ鮮やかなのか? 絵の具を混ぜないから。これがチコちゃんに叱られない答えです。

19cはこうした色彩理論が確立した時代で、印象派の画家たちは早速絵画表現に取り込みました。できるだけ絵の具の色を混ぜずに、本来の色が持つ鮮やかさをキャンバス上に表現したのです。屋外制作を可能にしたチューブ入り絵の具と色彩理論。印象派の画家たちが豊かになった市民が屋外でのレジャーを楽しむ姿を描くには画期的な科学技術の進歩でした。


【所蔵者公式サイトの画像】 スーラ「舟を塗装する男」コート―ルド美術館
【所蔵者公式サイトの画像】 スーラ「グランド・ジャット島の日曜日の午後」シカゴ美術館

スーラは、筆触分割理論の究極として点描(てんびょう)を完成させた画家として知られています。代表作である「グランド・ジャット島の日曜日の午後」シカゴ美術館とほぼ同時期の1884年頃に描かれた作品ですが、「舟を塗装する男」は点描で描かれていません。スーラが様々な表現にチャレンジしていたことをうかがわせる名品です。

【所蔵者公式サイトの画像】 モディリアーニ「裸婦」コート―ルド美術館

「裸婦」はモディリアーニが数多く残した裸婦像の中でも、最高傑作に位置づけられるでしょう。モディリアーニ特有の”首の引き延ばし”はなく、かなり写実的に描かれています。目を閉じた女性の顔の描写は実に甘美で、背景の蒼い壁がその甘美さをより際立たせています。モディリアーニの才能の原点を感じさせます。

【所蔵者公式サイトの画像】 ゴーガン「ネヴァーモア」コート―ルド美術館

展覧会のフィナーレを締めるのはゴーガンです。「ネヴァーモア」はタヒチ島の女性がヌードでベッドに横たわる構図で描かれていますが、女性美が理想化されているわけでもなく、生々しくもありません。背後に描かれた二人の人物の会話に聞き耳を立てるような女性の目線、窓辺の鳥、暗い描写、全体的にとても謎めいています。

【所蔵者公式サイトの画像】 ゴーガン「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」ボストン美術館

「ネヴァーモア」は、ゴーガンの最も著名な作品「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」ボストン美術館と同じ1897年に製作されました。1897年はゴーガンが求めたプリミティブな精神性が最も昇華した頃だったのでしょう。「ネヴァーモア」は、私にとってはゴーガンの不朽の名作です。

会期は12/15まであり、日本美術のように作品の展示替えもありませんが、会期が迫るにつれ混雑が激しくなることは確実なレベルの高い展覧会です。お早めに。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



ロンドンのミュージアムガイドの決定版

________________

<東京都台東区>
東京都美術館
特別展
コートールド美術館展 魅惑の印象派
【美術館による展覧会公式サイト】
【主催メディアによる展覧会公式サイト】

主催:東京都美術館、朝日新聞社、NHK、NHKプロモーション
会場:B1F 企画展示室
会期:2019年9月10日(火)~12月15日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:9:30~17:00(金曜~19:30)

※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この展覧会は、2020年1月から愛知県美術館、2020年3月から神戸市立博物館、に巡回します。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。



◆おすすめ交通機関◆

JR「上野駅」下車、公園口から徒歩7分
東京メトロ・銀座線/日比谷線「上野」駅下車、7番出口から徒歩12分
東京メトロ・千代田線「根津」駅下車、1番出口から徒歩15分
京成電鉄「京成上野」駅下車、正面口から徒歩12分
JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:25分
JR東京駅→山手・京浜東北線→上野駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には駐車場はありません。
※道路の狭さ、渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


________________

→ 「美の五色」とは ~特徴と主催者について
→ 「美の五色」 サイトポリシー
→ 「美の五色」ジャンル別ページ 索引 Portal

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする