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株式会社シオミホームイング、塩見泰一郎です。あなたにお会いできてよかったです!この出会いが明日への元気になるように・・・

連日の社内旅行中の話題で恐縮です

2010年11月05日 | お知らせ
あなた様は、お元気でいらっしゃいますか。

昨晩の隠し芸大会も大盛況でした。


予想通り、岡山の3匹の侍が優勝でした。

隠し芸のタイトルは“実は龍馬は暗殺されていなかった”だったのです。

誰もが、そう思いたいのですよね。

ちなみに、隠し芸とはジャンルを問わず、歌あり、踊りあり、演劇ありなのです。

岡山演出の龍馬は、近江屋襲撃から始まったのでした。


実は近江屋の襲撃事件は、腕に勝る龍馬が襲撃の相手に

交渉を持ちかけ、歴史どおりに仕組んだ。という設定での物語でした。


龍馬暗殺の手柄が欲しい見回り組みに、機転をきかした龍馬が、

自分が死んだことにすれば、後々の大望が叶う算用から、

龍馬しかできない外交の上手さを発揮したのではないだろうかの推測であります。

船中八策も山内容堂に託し終えたし、鉄砲も1000丁土佐に用意できたし、

わずらわしい政治の世界から、本業である貿易の商業界に身を引く、

絶好の機会と判断したのでは・・・。

そういえば、私もひょっと、とそんな気がしてきました。


おもしろい。発想がすごい。岡山の仲間はすごい。

誰が考えたのか。ひょっとして、仕事中そっちのけで、

こればっかり考えていたのでは?

しかし、10月の業績は優秀であったから、私の余計な妄想か・・・・。


この日は朝一番、護国神社に祀られている、龍馬の墓に参拝しました。


その山全体が、当時、志半ばで若い命を国のためにささげ散っていった

数多い勤王の志士たちが眠っている場所なのです。

吉村寅太郎あり、那須新吾、沢村惣之丞、池内蔵太等々。

又、長州藩の久坂玄瑞、高杉晋作等々、他に上げきれない

多数の若者の墓石が並んでいます。


これら全ての犠牲になった魂を丁寧に、この場に埋葬し、

今の世に全てを伝えんとしたのは、金山最長上に大きな墓石で埋葬されている

桂小五郎 改名 木戸孝充だったそうです。


龍馬が暗殺されたと知らされた時の彼は、いたく悲しみ、

狂わんばかりだったそうです。

それほど、龍馬への思いは特別だったのでしょうね。

自分が死んだ時は、この同志達の眠る同じ場所に埋めてくれの遺言だったそうです。


やはり私は泣けました。鼻水もたら~でした。涙腺の緩い私でした。


後、清水寺の方も回って行きましたが、もう書き終えたいと思います。




いつも粗雑な私の思いを読んでもらって、ありがとうございます。

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