「八転び七起き」の人生

「七転び八起き」の間違いではなく、現在八回目の転倒から起き上がろうともがいている男の「人生の回顧録」です。

1942年(昭和17年)のとある日

2010-11-30 | 日記
1942年(昭和17年)は私がこの世に生を受けた年で、日本軍が敗戦への道を歩み始めたころでもある。

私が生まれる予定だった日は、実際に生まれてきた日より3週間も前のはずだったのだが、どこをどう間違えたのか「母方の祖父の一周忌の日」になってしまったのである。

後年母から聞いた話では、予定日を10日余り過ぎても生まれないので「ははー!、これはお祖父さんの命日を待っているな!」と思ったそうであるが、選りによってこの「お祖父さんの命日」に生まれたことが後になって災いの元になるとは誰も予想だにしていなかったのである。

私の記憶の中でも、小学校4年のころまでは、親戚の人からしばしば「お前はお祖父さんの生まれ変わりだ!」とうれしそうに言われたものだが、父の虐待が始まるとともに言われることもなくなっている。

これはかなり後になってから聞いた話ではあるが、ある親戚の人から「お母さんの親の命日ではなく、お父さんの親の命日だったら良かったのにネ!」と言われたことがあるように、何が災の元になるかわからないのである。

この後5歳になるまでのことはまるで記憶にない(当たり前の話だが)のだが、1歳くらいのころ一度死に掛けたことがあるそうで、そのときに打った注射の痕が、今でも右足の太ももに残っている。

生まれたのは東京なのだが、2歳位になった頃だろう、空襲がひどくなったことで田舎に疎開することになり、終戦直後まで田舎にいたらしく、当時の話を良く聞かされたものである。

少し前に予告?したように、思いつくままに書いてきたものを、改めて年代順に書き直しをしようと思っています。

改めて書き直すこともあり、一部内容が変わる部分が出る可能性もありますが、これは「記憶違い」「書き間違い」「思い違い」などによるもので、あくまでも「フィクション」を加えるようなことはいたしません。
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