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機動戦士ΖガンダムIII -星の鼓動は愛-

2006-03-21 10:44:50 | 映画-2006年

「お調子者でした」

 劇場版Zガンダムの最終章。ラストがテレビ版と異なるということで、オレ的には非常にワクワクしながら観にいった。
 んで、そのラストなんだけど、けっこうよかったと思う。

 というわけで、今回の感想文は、このテレビ版とは異なる部分に触れてネタバレしながら書いていくことになるので、未見の方はご注意ください。

 ここから先はネタバレを気にしないで書いていきます。
 っていうか、書いてから気付いたけどエラくネタバレしてます。ストーリーの大半に触れてます。未見の方が見ると、けっこう後悔すると思います。

 まず、ストーリーの大筋は変わらないのだけど、登場するキャラや展開が大きく変わっている。
 その際たるは強化人間の扱い。地球への再降下がなくなっているので、フォウとは再会していないし、ロザミィとも出会っていない。
 敵である強化人間とニュータイプであるカミーユとの葛藤というか、心理的な交流がなくなったことが、もしかしたらラストの変化に影響を与えているのかもしれない。
 フォウのファンであるオレとしては、なんだか物足りないのだけど。でも、今作のラストを良しとするオレとしては、上記のような仮定に沿えば、これはこれでよかったのかもしれないと思う。

 地球再降下がなくなったおかげで、大いに割を食ったのがジェリド。テレビ版でも後半は扱いが悪かったけど、今作ではさらに悲惨な扱いに。
 登場するたびに新型モビルスーツを与えられているけど、大した戦果を挙げることもできずに(アポリーは沈めたっけ?よく覚えてない)、しかも最期の名ゼリフ「カミーユ、貴様は俺の――」を言うこともできずに散っていった。
 挙げ句にカミーユには「お調子者が!」と罵られる始末。
 これじゃあ、カクリコンも浮かばれないし、ライラもマウアーも男を見る目がなかったとしか……。
 ただ、これもジェリドがフォウを殺すというシチュエーションがなかったから起きたのかもしれないけど。
 カミーユが強化人間と深く関わらないという選択をすると、ジェリドはこうも影が薄くなってしまうのか。
 なお、ジェリドはバウンド・ドッグに乗ってるけど、ゲーツ・キャパは出てきません。彼も悲惨といえば悲惨。

 ジェリドの代わりといってはなんだけど、ヘンケン艦長は逆に見所が増えてたような気がする。ジェリドを巻き添えにして(ジェリドが巻き添えになって?)死んでくところは変わってないけど。
 エマ中尉とのラブっぷりが上がってるし。なんていうか、事あるごとにエマ中尉の方からヘンケン艦長に絡んでいくのだよ。しかもエマ中尉がお茶目だし。特にケーキを食べるシーンでは、ヘンケン艦長を完全に尻に敷いてるじゃないか。
 本能的にエマ中尉が好きな俺としては悔しい気もするが、お茶目になれるほどにエマ中尉がヘンケン艦長に気を許していたのだとしたら、ラストで戦死するにしても、それなりに充足していたのではないだろうか、と思う。

 んで、そのエマさんにとどめを刺されるレコアなんだけど、こちらは3作通じてずっと破滅に向かっていく様が丁寧に描かれており、シチュエーションそのものはさして変わらないけど、全体として扱いがよかったと思う。
「サボテンの花が…」の、がっかりクワトロのシーンは省かれており、クワトロの男っぷりが(相対的に)下がっていないのも好印象かも。
 また、レコアとエマの間柄が刺々しく憎しみあうというより、「仕方がないものね」と妙に達観したような関係になっていたのは……もしかしたら、エマ中尉自身もヘンケン艦長との関係に、何か思うところがあったからかもしれない。
 そういう意味では、作品を通してエマ中尉はいい人として描かれていて、みんなに好かれるキャラになっていたように思える。
 だから、最後のコロニーレーザーを浴びるところも、けっこう重たいシーンになっていたのかも。

 それとレコアを拉致するヤザンのキャラも、けっこう変わってた。いや、野心家っていうところは変わってないんだけど。
 戦闘バカっていうより、バカなふりして賢く立ち回るシーンが目に付いた。しかも、オールドタイプなのにベラボーに強いという、ある意味、ガンダムの世界観において反則的なキャラなのは健在。
 シロッコやハマーンは思想的に作品の世界観に影響を及ぼしているので、一概に悪のキャラというか敵キャラとして単純化できないのに対して。ヤザンは映画的に(スクリーン的に)見事な憎々しい敵キャラを演じてみせていた。
 それだけにカミーユに殺されるのかな、と思っていたけど、きちんとポッドで脱出していた。
 ああ、この最凶の極悪キャラもシャングリラに流れ着いたら……人の人生、どうなるかわからんもんだね。

 んで、シロッコとハマーンだけど。この二人は、良くも悪くもテレビ版とは大きな違いはなかった。
 強化人間と直接的・間接的に関わったキャラはイメージが変わったのに対して、この二人は元々メインキャストだっただけに、大きい方向修正はなかったのかも。
 でも、ハマーンに関しては、もっとシャアとの関連について語られるシーンがほしかったかも。
 あと、どうでもいいことだけどハマーンが「やってみるさ」と言うシーンは、なんとなく嬉しかった。ジオンじゃあ、これが流行なのか?

 一方で、クワトロというかシャアは、テレビ版ほどにダメっぷりは姿を消していて、そこそこ格好いいキャラになっていた。特にラストのキュベレイとの戦闘は大きな修正はなかったけど何回観ても格好良い。
 しかし、地球再降下がないので当然、ダカールの演説はなくなっており、「ハマーンが言ってたから、シャアなんだろうな」ぐらいのヌルい空気で周囲の人が彼と接していた――ように見えた。
 ただ、そのおかげかどうか知らんけど、今作はカミーユが主役として目立ってたような気がする。

 そのカミーユなんだけど。
 再三述べてるとおり、強化人間との関わりが一切なくなっているのが大きな変更点。
(サラとは相変わらずの関係だけど、こちらの場合は、むしろカツとの関係に比重が大きかった)
 そのため葛藤の中で戦うというか、撃ちたくないけど撃つというシチュエーションや、殺したくないのに殺してしまったという、心理的な負荷の一切がなくなっていた。
 そのため演劇ぶって主張し合うシロッコ、ハマーン、シャアの間に入っても、真っ直ぐに間違ったことだと言えるキャラになっていた。
 んで、オレが解釈するにラストの戦闘でも、戦争や殺し合いを野心のために利用するシロッコに対して、純粋にそれは間違ったことだと意見して特攻を仕掛けることができたのでは、と思う。
 このへん、うまく言葉にできないんだけど。
 テレビ版では、フォウやロザミィを撃ってしまったという後ろ向きの自責から戦争はいけないことなんだ、と気付かされてた印象があるんだけど。
 映画版では、戦争といういけないことをやっているシロッコが許せない、という青臭い前向きさで戦っていた、ような気がする。
 んで、後ろ向きな自責がなかったためか、シロッコはカミーユの魂を連れて行くことができずに――カミーユは無事に生還しました!

 ここで真打ちのファが登場。
 カミーユは「妄想や幻想(おそらくフォウのこと)」よりも、現実に抱きしめられるファの方が良いというようなことを言って、めでたくハッピーエンドとなる。
 この終わり方、悪くないと思う。
 テレビゲーム的な解釈をすると、強化人間に会わないという選択をしたことによって破滅フラグを回避して、この幼馴染みとのハッピーエンドに辿り着いたようなカンジ。
 ただ、もったいないのはファの扱い。
 映画だと、ファとカミーユが一緒に空港に行くシーンとかは省かれていたし、ファとカミーユの関係もテレビ版に比べると希薄だった。そのため、なんか、このハッピーエンドが唐突なカンジがしたのだ。
 それに引き換え、テレビ版だとカミーユがしょっちゅうファを泣かすシーンがあったし、ヤキモチ焼くところもいっぱいあった――強化人間との出会いがなかったのが、こういうシーンがなくなった原因とも言えるが――
 テレビ版のような感情の行き違いなどがあった上での、劇場版のラストなら、より泣けるシーンだったかもしれない。
 意地悪なこと言われて泣かされて、ヤキモチもいっぱい焼いたけど、最後は健気な幼馴染みが報われる、みたいな――っていうか、こういうシチュエーションがZZではあったので、オレ的にはZZのヒロインはファに認定してるんだけど。
 まあ、真のZファンなら、このラストを観て、これまでのファの感情をすぐさま補完することができるだろうけど。

 また、最後の帰還するカミーユを見守るブライトはじめ、アーガマクルーたちの優しい眼差しもイイ感じだった。
 ここでサエグサが実況するファのお節介ぶりや、ブライトのオトナな態度など、新解釈にふさわしい名シーンだ。
 よくよく考えると、この戦闘の勝利者はエゥーゴじゃなくてアクシズなんだが、それでも一旦停戦したという開放感や、何よりもカミーユが無事に戻ってきたという安堵感が伝わってくる。

 というわけでオレ的には、この新解釈として作られたZは、とても面白く観ることができた。
 Zというと、とかく暗くて難解な雰囲気だったけど。
 ストーリーの分かりにくさは相変わらずだけど、特攻するカミーユの気持ちは純粋だったし、なによりハッピーエンドになるのが良い。
 もちろん、テレビ版を知っているからこそ、このエンドを受け入れられるんだと思うけど。
 たらればを言ってもキリがないけど、ZZを制作するときに、ただ単にギャグテイストで無闇に明るくするより、今回の劇場版のように見終わったあとに結果として心に明るい部分が残るような、そういう作り方にしていたら、ZZの評価も変わっていたかもしれんね。
 などと、壮大な過去の修正を持ち出してみたところで、考えてみればカミーユが、このまま現場に残っていたら、ジュドーがZに乗ることもなかったわけで……。
 でも、劇場版のラストでは、ハマーンがますますアクシズの支配力を強めようとしているのだが……さて、これから『逆襲のシャア』へどうやって繋がっていくのか、それはそれで楽しみだ。
 っていうか、アムロとベルトーチカも、すっかりデキていたし。どうすんだよ、これから。
 ああ、それと。セイラさんはじめ、他のファーストキャラも少しずつ出ていた。このへんのファーストキャラへの気配りもニクいところ。

『機動戦士ΖガンダムIII -星の鼓動は愛-』(劇場)
http://www.z-gundam.net/
総監督:富野由悠季
出演:飛田展男、池田秀一、古谷徹、榊原良子、他
評価:10点(テレビ版との合わせ技で)


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