旭川美都

文化芸術の力で北海道旭川市と世界を繋ぐ!
文化芸術都市北海道旭川と出身アーティスト達の輝きをお届け。

長谷川幸恵(手紙代筆屋)

2018-09-05 11:07:18 | 輝く旭川人アーティスト達
『輝く旭川人アーティスト達』では文化芸術都市北海道旭川市で生まれ育った素晴らしい才能の持ち主達(文化人・芸術家)をご紹介致します。
 
本日も素敵な方をご紹介いたします。
 
旭川美都も様々な場面で彼女のお世話になっています。
 
 

長谷川幸恵さんは北海道旭川市出身で手紙代筆屋を運営しています。

6歳から書道を習い、小学校のころから様々な賞を受賞。

北海道立旭川工業高校の建築科に入学後、クラーク記念国際高等学校へ編入。

18歳で東京に上京し、ベンチャー企業や大手製薬会社、出版社などで勤務。

会社員時代に築いてきたスキルよりも、自分の好きなことを仕事にという想いと一人でも生きていけるようにと思い、手書き屋を設立。


現在は6歳の男の子のシングルマザーとしても奮闘しています。

 

 

 

元々手紙、手書きが好きで大切な気持ちを伝えるときには手紙を利用してきたという長谷川さん。

現在のメールやLINEなどデジタルなものではなく、手書きの温かみを伝えていきたいという意図もあるそうです。


普段は明るく優しいイメージの長谷川さんですが、文字を書かせたらやはりプロフェッショナル。
毛筆、硬筆の使い分けは勿論ですが、楷書、行書、草書、丸文字などお好みに合わせて書き分けてくれます。
アスリート等戦う方への強いメッセージはより迫力のある文字、子ども達相手なら可愛いデザイン文字など、お客様の用途やイメージに合わせてくれます。


 
○仕事内容
一般社団法人日本代筆屋協会では
手書き屋という屋号で、手紙の代筆を事業として行っております。
法人、個人問わず、お礼状や挨拶状はもちろん、ラブレターや会社への内部告発、学校の願書まで
さまざまなものを代筆しています。

他にも手紙文章の作成や
代筆屋になりたい方へ、「代筆屋育成講座」という講座も開催しております。
手書きの専門家、代筆屋を全国に増やし、「代筆屋」が身近になり
当たり前に世の中に知れ渡っているような職業になってほしいと願い、活動しております。
 


お仕事のご依頼やお問い合わせはこちらから↓↓
手書き屋コーポレートサイト
 
 
 
 

 

Instagramでは長谷川さんが書いた文字達を楽しめますよ。


安田里沙(ピアニスト・大学講師)

2018-09-05 07:41:06 | 輝く旭川人アーティスト達
文化芸術都市北海道旭川市。
そんな旭川市で生まれ育った素晴らしい才能の持ち主達を紹介する『輝く旭川人アーティスト達』
本日も素敵な方と出会う事ができました。
 
 


安田里沙(やすだりさ)さんは北海道旭川市出身のピアニストです。
そして大学等で後進の育成にあたる指導者でもあります。
世界的ピアニストでありながら生まれ故郷北海道、そして旭川への想いは忘れず、積極的に道内のホール等でコンサートやリサイタルを開催し、素晴らしい音楽を届けてくれます。

ピアノとの出会いは安田さんの家庭にありました。
ピアノの音が当たり前に流れる環境にあった事で、自然とピアノに触れ始めたのです。
北海道立旭川東高等学校卒業後、東京芸術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻を経て同大学の大学院に進み修了課程を修了。
大学院在学中の2年間はロータリー財団、北海道文化財団の助成を受けハンガリー国立リスト音楽院への留学を経験しました。
クラシック音楽の本場、そしてフランツ・リストの生まれ故郷でもあるハンガリーでクラシック音楽の本質を心に刻んだのでしょう。
藝大大学院修了時、優秀者として「ベーゼンドルファージョイントリサイタル(浜離宮朝日ホール)」に選出されます。
毎日学生音楽コンクール(全日本学生音楽コンクール北海道大会)では2年連続第1位。
摂津音楽祭リトルカメリアコンクールでは全部門総合第1位・特別賞・大阪府知事賞を獲得しました。
ウィーン国際ピアニストコンクール(オーストリア)第2位。
大阪センチュリー交響楽団、札幌交響楽団、藝大フィルハーモニア、旭川フィルハーモニー管弦楽団と共演。
藝大ピアノシリーズ、リストフェスティバルIN表参道など国内種々のコンサートに加えて、ハンガリー、イタリア、オーストリア、アメリカでのリサイタルに出演。
ソロに加え、2005年から毎秋「旭川・ウィーン国際ヴァイオリンセミナー」、2006年から毎夏「モーツァルテウム国際サマーアカデミー」(ザルツブルク)の公式ピアニストとして招かれ、ザルツブルク音楽祭の期間様々な会場で演奏。 「チェルボ音楽祭」(イタリア)、「オルフェウス音楽祭」(ウィーン)、また2010年「フリッツ・クライスラー国際ヴァイオリンコンクール」(ウィーン)では日本人初の公式ピアニストとして演奏をしました。
ペーター・シュミードル氏(元ウィーンフィル首席クラリネット奏者)とのデュオコンサート、オーストリア銀行アーティスト・オブ・ザ・イヤー受賞者(ヴァイオリン、チェロ)との室内楽など、室内楽のピアニストとして積極活動。
ピアノを米澤緑夏、田代慎之介、石橋史生、渡辺健二、ラントシュ・イシュトヴァーンの各氏、合奏及び室内楽を渡辺健二、迫昭嘉、松原勝也、ミハエル・フリッシェンシュラガーの各氏、ピアノデュオを角野裕氏に師事。

 


2006年度より4年間、藤女子大学非常勤講師
2010年度より5年間、東京藝術大学ピアノ科非常勤講師
2010年度より6年間、札幌大谷大学ピアノ科非常勤講師
東京藝術大学早期教育プロジェクトin札幌にて、プレレッスン講師
2014年、CDアルバム「Lisztへのオマージュ」をリリースします。
文教大学、埼玉学園大学、東京学芸大学で非常勤講師。東京で個人レッスンもしています。

美味しいお店を探して、食べる事が好きだという安田さん。
美味しい料理とお酒を飲みながら友人たちと語り合う事が彼女の活力源になっているのでしょう。
趣味はスポーツ観戦。スポーツは全般的に好きで観戦の際は熱く(真剣に)なるタイプらしいです。
安田さんは幼い頃から旭川の雄大な自然に触れ、沢山の経験をしました。それが今の音楽家人生にとって、とても役にたっていると言います。
 
そんな安田里沙は2023年3月、旭川観光大使に就任されました。故郷旭川市のためにどんな音色をを奏でて頂けると楽しみです。

世界を股にかけ活躍するピアニスト安田里沙さんの活躍はこちらからご確認下さい♪
 
 


門馬瑠依(JAZZボーカリスト)

2018-09-03 20:53:44 | 輝く旭川人アーティスト達
『輝く旭川人アーティスト』では文化芸術都市北海道旭川市で生まれ育った素晴らしい才能の持ち主達をご紹介いたします。
 
 
門馬瑠依さんは北海道上川郡鷹栖町出身のJAZZボーカリストです。

5歳からクラシックピアノを本格的に習いはじめた事が、音楽の世界に足を踏み入れるきっかけとなる。
20歳からボーカリストとして北海道札幌市内のvocal live BARを中心にレギュラー活動、
当時はジャズではなくロックやR&Bを中心としたナンバーを歌っていた。

ジャズとの出会いは22歳。
ソロ活動に転向し、北海道内全域でライブ活動・イベント参加等幅広く活動。

23歳で上京。
ジャズを中心にポップス・R&Bなど様々なジャンルのプレイヤーと共演。

世界各国で活躍しているN.Y.在住ボーカリストDana Hanchard氏、安ますみ氏、
現在は日本を代表するジャズボーカリスト大野えり氏に師事。

関東を中心に、全国各地でライブ・イベント参加、有名ホテル演奏、
弾き語り演奏、コーラスサポート等で活動中。
ジャンルにとらわれない「門馬瑠依」という唯一無二の世界観は観客・共演者から注目を浴びており、
様々なプレイヤーとのアコースティック感溢れるライブ活動は好評を博している。

現在は演奏活動の他、講師としても活動の幅を広げている。


2011年5月、ロシア・サンクトペテルブルグで行われたNPO法人による日露文化交流の祭典に参加。
2011年6月、自身が企画・出演した東日本大震災チャリティコンサートは、大きく各方面から評価を受ける。
2012年5月、東日本大震災復興支援団体「ふんばろう東日本プロジェクト」のミュージックキャラバンの一員として参加。
2013年4月、ファーストミニアルバム『Decision』発売。
2015年7月、セカンドアルバム『夢の浮橋』全国発売。
2016年7月、フィリピン・マニラにて行われた Wind&Jazz Festivalに、Cultural Center Of PhilippinesのPresident RAUL M. SUNICO氏のコーディネートを受けゲストシンガーとして参加。
2017年2月、埼玉県八潮市音楽大使に就任。
2017年3月、オリジナル楽曲を中心に活動するギタージャズトリオ+ボーカルユニット『NUCO LABORATORY』のオリジナル楽曲EP配信開始。
2018年、台湾公演活動開始。
2019年、サードアルバム発売予定。
 

門馬瑠依Official HP

門馬瑠依ブログ

門馬瑠依facebook

門馬瑠依twitter

門馬さんのサイトをチェックして彼女の歌声を聞きに来て下さい


ハマノヒロチカ(ミュージシャン・ピアノ弾き)

2018-09-03 16:40:27 | 輝く旭川人アーティスト達

『輝く旭川人アーティスト達』では文化芸術都市北海道旭川市で生まれ育った素晴らしい才能の持ち主達をご紹介致します。

ハマノヒロチカさんは1977年、北海道旭川市生まれのミュージシャン(ピアノ弾き)です。

1999年、竹原ピストルと共に弾き語りユニット「野狐禅」を結成、鍵盤を担当します。...
2003年にはメジャーデビューを果たします。
以降、シングル6枚、アルバム5枚をリリース。「HEY!HEY!HEY!」「トップランナー」等のテレビ番組へ出演。
「Augusta Camp」「RISING SUN ROCK FESTIVAL」「FUJI ROCK FESTIVAL」等の大型フェスにも参加し、話題を呼びました。
「野狐禅」は2009年に解散。ハマノさんは弾き語りでの活動を開始しました。
夢と後悔の狭間で必死に燃やす歌は、ときに応援歌に、ときに懺悔になり、夢を追う大人たちの胸にじんわりと温度を残す。特に30代以上のリスナーから絶大な支持を受けます。
近年は、映画「ウミノカド」で音楽プロデュース。映画「グラキン★クィーン(主演:西田麻衣)」「花子の日記(主演:倉科カナ)」への楽曲提供なども行い、作曲家としての活動の幅を拡げています。
また、サポートミュージシャンとしても、本多マキ(アナム&マキ)、ウラニーノ、the武田組、秋風センチメンタル、上野まな、ザ・マスミサイルなど、多くのミュージシャンのライブやレコーディングに参加と幅広い音楽活動をしています。

ツアーの傍ら食べ歩いたカレーは1000食以上。カレーの知識は音楽以上ともっぱらの評判。
カレー評論家として「ズームイン!朝」「対決どっちマニア」等のテレビ番組に出演するなど、趣味が高じてよくわからないことになっているようです・・・・。

『A Dream Session☆』では一回目のメインアクトとして出演して頂きました。

日本全国を駆け回りメッセージを奏で続けるハマノヒロチカ。

今も何処かで彼の奏でるメロディーが流れている事でしょう。

ファンの声援とその土地で出会うカレーが彼の原動力。

新たな音楽に次から次へと積極的に挑戦する、ハマノヒロチカの今後が実に楽しみしみです。

 ●ハマノヒロチカウェブ

ハマノヒロチカツイッター

●お問い合わせ
hirochika.hamano@gmail.com

 

宮澤篤司(ボーカリスト)

2018-09-03 16:00:30 | 輝く旭川人アーティスト達

北海道旭川市は多くの文化人、芸術家を生み育てて来た文化芸術都市です。

『輝く旭川人アーティスト達』ではそんな文化芸術都市北海道旭川市で生まれ育った素晴らしい才能の持ち主達をご紹介いたします。

本日はボーカリストで旭川観光大使も務めた宮澤篤司さんです。


宮澤篤司さんは1973年1月生まれ北海道旭川市出身、北の大地が生んだスーパーボーカリストです。

1997年に『旭川歌謡音楽祭』でグランプリを獲得。

その後、市内のライブハウスなどで活躍しながら、友人である大久保卓司さんが作った曲『ごめんね』でオーディションに応募。4500人の応募者の中から、グランプリに選ばれ、1999年12月に『君らしく僕らしく』でデビューしました。

翌年には『愛しさのしわざ』をリリース。

その後も数々の曲でその歌声を披露してきました。


透き通る歌声と聴き心地良い高音は勿論、

歌詞の意味がはっきりと伝わる正確な歌い方が彼の持ち味。

彼の歌う曲の多くはテレビCMや、番組のテーマ曲として使われていました。

宮澤篤司本人を知らなくても、彼の歌声に聞き覚えがある方は多いと思います。

デビュー曲の『君らしく僕らしく』はロッテシュガーレスチョコ zeroに使用されます。カップリング曲の『偶然の街角』も山ノ内製薬カコナール内服液のCMソング(本人も出演)として使用されました。

セカンドシングル『愛しさのしわざ』はニセコ東山プリンスホテルCMソング、カップリングの『ふたり』はじゃらん(北海道版)のキャンペーンソングとして使用されました。

サードシングルの『夜明け』はばんえい競馬のTVCMソングと使用されました。

TVアニメ『プリンセス プリンセス』のオープニング曲『キミと出逢ってから』は記憶の新しいところです。

2000年には旭川観光大使に就任。地元旭川のイベント(旭川冬まつり、さんろく祭り、旭川サンタラン等)への出演や、東京で開催された旭川PRイベントに出演するなど、大好きな旭川の周知に尽力します。

地元旭川市のFMラジオ局(FMりべーる)ではデビュー当時からパーソナリティーを努めていました。

宮澤篤司さんはソロアーティストとしての活動の傍ら、その類まれなハイトンボイスが大物ミュージシャン等に認められ、バンドのボーカルや音楽ユニットの参加するなど多岐に渡る音楽活動をしてきました。

旭川美都主催の旭川人アーティストライブ『A Dream Session☆』では二回目のスペシャルアクトとしてご出演頂きました。東京でのライブでしたがわざわざ北海道から来られたファンもいます。

2020年に発表した故郷旭川感謝の歌『雪野も花も』では運営サーポートとして参加。企画運営側の相談役として陰から支えてくれました。

趣味は美術館巡りと、立ち飲み屋発掘。下町、特に浅草を愛し散策されていました。

宮澤篤司公式HP

宮澤篤司さんは2022年3月2日心不全により49歳の若さで旅立たれました。

正直、まだ実感がわきません。

電話をしたら「おお、今津、どうした?」と、いつのようと出てくれそうな気がします。何度か本当に電話しようと思いましたが、もし繋がらなかったら彼の死を認めないといけないようで、それも辛い。

確かに短かった、

だけど太く生きたと思っています。

あっ君は私にとって掛け替えの無い友人でした。

始めて会ったのはお互いが二十代の時ですから、付き合いは25年を越えます。

旭川市から北海道、そして全国へ活躍の場を広げる彼を追いかけ、僕が上京したのは18年前の事です。

『旭川美都』という活動を始めたきっかけも、『関東あさひかわ人街』を始めたきっかけも、あっ君の才能をもっと沢山の人に知ってもらいたいという、僕のお節介からでした。

あっ君はとても自分に厳しく、拘りが強く、歌に対してストイックな方でした。

昭和の歌謡曲を愛し、芸術を愛する方でした。

お互い拘りが強く喧嘩する事もありましたが、必ず僕の気持ちを理解してくれました。

私達は彼の歌声も優しさも忘れる事はありません。

またいつか会いましょう。

謹んでお悔やみ申し上げます。

旭川美都/関東あさひかわ人街

代表 いまず豪太(今津豪士)

 

旭川美都fecebookページ

旭川美都twitter

旭川美都instaguram