守破離の『破』とは
難しい内容になるかもわかりませんが
できるだけ易しく書いていくつもりです
破とは、
検索してみると以下のようなことです
・「破」は、
他の先生(師)や他流や他の門派の教えについても考え、
良いものを取り入れ心技を発展させていく過程をもつこと。
以上が「破」の中身ですが
当会での考え方・教え方を少しだけ書いてみます。
物事の進め方
武道や茶道でも同じですが
個別武道からはいっていくことが
最初となります
これが、
一般的な『守』のはじまりです。
破は、
他の流派や門派について考え、
良きものを学ぶという段階ですが
そのためには
自分の流派を知り
ベーシック~アプライドまでを
身に付けていないと
他流を学ぼうにも
たんなる足し算になってしまう
どうしてかと言うと
自分の流派と他流との違いばかりに
目が行って
一般性(本質・同事性)を観ることが出来ないからです。
つまり
構えで言えば
構えというのは、
流派が違えば、形はことなっていても
その本質は、同じだなぁ✨
とわかる、学ぶ、理解してすすむのが
『破』の段階です。
構えとは@@だと本質(共通性)は
武術むすび階層構造A0.で当会では教えています。
それはさておき、
間合いにしても
人間が行うことだから
刀を持って構えても、
空手で構えても
中国拳法の三体式で構えても
みんな同じようにある意識をとっている
感じで動くだけだと分かるのです
ある意識というのは
人間全て同じものです
感覚です
だから言葉で教えたり
見せたり出来ません
それを分かる(身に染みて)
ワークを当会ではむすび階層構造A2.で
指導しています。
それもともかくとして、
武道武術は
人間だけが行うものです
ということは
人間の意識の基本~の流れ
がきちんとわからないと
武道の間合いにしろ、
身体×心で腹でわかっていかないんです。
こういう
自分の流派を土台にして
他流の現象形態から
(コンセプトから型、闘う理屈)構造、
本質までを学びとり
あれもこれも、
結局みんな
同じことなんだなあ⁉️と…
そうじゃないと
空手道+合気道+中国拳法(形意拳等)+剣道
というように
現象形態だけを次から次へと
足し算的にやっていく毎になります
これが悪いとか良いとかの問題ではありません
始めるのが若ければそれでもいいのですが
25才くらいからはじた場合は
守→破→離という
意識でやっていく、王道ですね
これが千利休が言いたい本質だと
いうことです
『破』へ進むには
守がいかに大切かが少しは解りましたでしょうか
破は、〈守〉を卒業した人の立ち位置だと
当会の講座で教えています。
⬛『守』をどうして通過でき難いのか?
守破離の守は
個人差があるものの
一般的にいうとですが、
『3年~5年』で通過しないと、とくに
指導者になるとか、
専門家としてその道を探究していく人に
とってはですが
茶道ですが
私は
17才から表千家の茶道教室に入門して
61才7ヶ月まで先生に教えを頂き
今も茶室で一人でなんだかんだやっています
先月は、風炉から炉に変えました
まき灰も自分で10月に作っていました
昨年から自分で作っています
長ければいいものではないものの
大抵の茶道を習う生徒さんは
20年も30年もやっていくのは
数パーセントあるかないかです
殆どが、
茶道とはこんなもんかなあ‼️
ってやって途中でやめていくのです
それは他人がとやかくいうことではなく
やめるもつづけるのも自由です
そういう
皮相をのべているのではないんてすよ。
千利休の言葉とされる
『文化遺産=意識操作=口伝』を当会なりに
見解を述べているんですよ。