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札幌・円山生活日記

2024年展覧会vol.06「人間を知り、自分を知る」~「HOKUBU記念絵画館」~

本日は豊平川のほど近くにたたずむ小さな美術館「HOKUBU記念絵画館」で2024年展覧会vol.06「人間を知り、自分を知る」鑑賞です。

連続開催シリーズ「幸福を考える」第4段としての企画で儀間比呂志(木版画)、坂本朝(写真)、重野克明 (銅板画)、キム・ソウル(Kim Seoul)(銅板画)、藤森詔子(油絵)、山内透(油絵)などの作品が展示されています。

絵画館へのアクセスは地下鉄東豊線「学園前」から北へ徒歩5分ほどで「中の島通」と「菊水・旭山公園通」に挟まれた住宅街の中にあります(地図)。
先ずは1F収蔵庫Gの展示室へ。

シリーズ「幸せを考える」の第4段は『芸術家は敏感で、時代に先んじている故に、社会や他人の不幸からも悲しみを感じやすいのではないかという前提をもとに、芸術家の目を通してまず人間を知り、そして自分自身を知るものです』が主題。

藤森昭子「コーヒーの湯気は、火災の煙と同じ方向にたなびく」100×100㎝、油彩、キャンパス、2022年。作家自身の解説もありますが主題から『無邪気な笑顔を見せる子どもを抱く全身の青筋がたった女性』『見つめる対岸では紛争か災害かで火の手が上がる(大いに気になる女性)』『それに気を留める風でもない(能天気な)男性は熱心に読書で傍らにはコーヒー』『その湯気と火災の煙は同じ方向に』・・から『対岸の火事』と安心はならないとのメッセージと思ったのですが・・。
作家自身の解説では『男性の身につけているTシャツもジーンズも、大量生産・大量消費されるファストファッションのものです。一生懸命に社会のことを勉強している男性ですが、自分の日常の行動が間接的に環境破壊に加担していることには気づいていません』『知識のみを多く身につけても、本質的には何も理解できていないのでは』とのメッセージのあるようです。
儀間比呂志「りゅう子の白い旗」42.0×59.0㎝、木版画。
ベン・シャーン「死者の傍で」41.0×31.8㎝、リトグラフ。
フレンシスコ・デ・ゴヤ「戦争の惨禍」14.0×18.5㎝、銅版画。同部屋に展示されているベン・シャーンとゴヤの作品は『対岸の火事』メッセージの応援演説でしょうか。
1Fラウンジと研究室には平林孝央「小僧」シリーズ作品。髭だけではなく顔じゅうがブツブツの「小僧」たちです。
山内透「鬼小僧」162×130㎝、キャンパス、アクリル、2021年。
キム・ソヒ「Dripping 1」40.0×30.0㎝、エッチング、シンコレ、2014年。2F展示室には 2020年にキム・ソヒからアーティスト名を改めたキム・ソウル(Kim Seoul)の作品。
キム・ソヒ「Sick of people」194×162㎝、エッチング、シンコレ、2011年。
キム・ソヒ「Bus」38.0×50㎝、エッチング、シンコレ、2017年。大都会で暮らす人々の矛盾や哀歓を表現する作家の作品から主題を考えると・・『超競走社会』『超格差社会』である韓国の矛盾は我が国にも・・とのことでしょうか。闇バイトに手を染める若者が後を絶たない日本です。
重野克明「男の修行下」13.5×20.0㎝、銅版画。

重野克明「無能な解説者」20.0×14.5、銅版画。

重野克明「あこがれはハリウッド」20.3×13.3㎝、銅版画。顔が描かれていないのかと思ったのですが「へのへのもへじ」のような顔。
坂本朝の大きさ五センチにも満たないフィギアが背景を切り取る写真作品。
重野克明も坂本朝も人間が主体の作品。主題によれば『自分を知る、自分を考える』契機になるようです。能天気に暮らしていると判りません。それでも見応えはあります。小さな絵画館ですが毎度楽しませてくれます。
吉川聡子「巡る時の中で」194.0×520.0㎝、和紙、岩絵の具。
最後の3階展示室に展示されている横長の大きな吉川作品は清涼剤のように感じました。ありがとうございます。

「HOKUBU記念絵画館」 
〒062-0911北海道札幌市豊平区旭町1-1-36
Tel : 011-822-0306(代表) 
Mail : kaigakan@hokubu-kinen.or.jp
https://www.hokubu-kinen.or.jp/

「人間を知り、自分を知る」
会期:10月17日 - 11月17日

開館日:会期中の木・金・土・日曜日
開催時間:10:00 - 17:00(最終入館16:30) 

藤森昭子「コーヒーの湯気は、火災の煙と同じ方向にたなびく」
作家による作品解説より(ご参考)
この世界に生きる多くの人たちは、身の回りのことから母国の外のことまで、たくさんの知識を持っています。
しかし自分にとって身近ではない物事や、実際に自分の目で確認できない物事については、それら全ては所設聞いた話でしかなく、軽験を伴っていないので実感を持つことはできません。私は時々「知識のみを多く身につけても、本質的には何も理解できていないのではないでしょうかともどかしさを感じることがあります。
見識を広げようと勉強する最中にリラックスを求めて飲む温かいコーヒーの湯気は、奇しくも対岸で起こっている災害の煙とリンクしています。湿気と見た目の似ている現象ですが、しかしそれぞれに起こっている物事には、深刻さが大きく異なると言う皮肉を込めています。また男性の身につけているTシャツもジーンズも、大量生産・大量消費されるファストファッションのものです。一生懸命に社会のことを勉強している男性ですが、自分の日常の行動が間接的に環境破壊に加担していることにはまだ気づいていません。インターネットやTVを通して、私たちは多くのことを知っているつもりでいますが、実際にはまだ何も知らないのかもしれません。

(2024.11.17)

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