首位のソフトバンクと7.5ゲーム差の3位につける日本ハムには、そんな野望がある。
会社概要のような冊子を作成し、タイトルにそう書いてあるのだ。
「(この文言は)言い換えれば、FAや外国籍選手などの補強に頼って勝たないということだと思うんです」
そう語るのは、日本ハムのスカウトディレクター・大渕隆である。
日本ハムの強さの根源は、いわば、スカウティング力といかに彼らを育てていくかの育成理念の大きさにある。
見失われがちだが、スカウトがどのような選手をスカウティングしているどうかだけでは、スター選手は産み出せない。素材があって、それを生かす土壌がないと人は育たないのだ。
そんな日本ハムがぶったまげるような育成計画を進行している。
その計画とは、2015年のドラフト4位で入団した平沼翔太についてである。
日本ハムは、そんな彼を、プロに入ってからは遊撃手として育成しようというのだから、このチームの育成方針には恐れ入る。
ただ、そんな思い切ったことができるのは、大渕ディレクターをはじめ、担当スカウトたちの眼力があるからだ。
このプロジェクトに至った経緯について、大渕はこう語る。
「平沼にはまだまだ学ばないといけないところはあるなと高校生の時に感じました。でも、それ以上に光るものを感じましたね。
遊撃手をやってほしいという球団の思惑もありますが、それ以上に彼は難しいことでもやるんじゃないかと思わせてくれるようなものをもっている。
それだけの人物だと思いました。希望をもってプロではスタートしてほしいんです」
投手から野手、それも難しいとされる遊撃手でのチャレンジには懐疑的な見方もあるだろう。こなしていくハードルがあまりに高すぎるからだ。
しかし、日本ハムスカウト陣はむしろ、そうしたハードルこそ、彼の秘めたる力が引き出されると人間性に光を見ている。
大渕は続ける。
「(平沼は)中学のクラブチームの総監督だった小林繁さん(故人)から『日本一になれ』と言われて、日本一を目指すと誓ったそうなんですね。
それも福井の高校から日本一になるんだと。当時、敦賀気比が全国の上位チームだったかというとそうではなかったと思うんです。
でも、彼は実現しました。これは、なかなかできることじゃない。普通に考えたら無理だと思うようなことをやったんだから、彼ならすごいことをやるんじゃないかとみているんです」。
当然、そう思えるだけの裏付けは取ってある。
それが担当スカウトの熊崎誠也による報告があったからだ。熊崎が力説する。
「平沼を欲しいと思ったのは、意思の強さです。平沼に野手として獲得を考えて獲ったといったときに、こんな話をしてきました。『甲子園で10勝した選手って数えるほどしかいないんです。
僕10勝2敗ですよ。それでも野手ですか』って。冗談で言っているんですけど、そういう想いが爆発力に変わるんじゃないかなと。あいつの日誌を読ませてもらったんですけど、その内容がすごく意思の強さを感じるものだったんです」
日誌には、中学から高校を卒業に向けての目標が書かれてあり、それを果たすまでの一日一日の目標設定があり、そして反省もあった。
「『福井県から全国制覇』、
『150キロを投げる』、
『プロ入り』という三つの目標が彼にはあった。
それを達成するために、中学生の時は『月に何回腹筋する必要がある』という小さな目標を立てていて、それに対して、できたかどうか書いてありました。
『今日はこういう理由でできなかった。だから、明日取り返す』。翌日を見ると『今日はできた。できるなら、最初からやろうぜ』というように。彼の意志が日誌には綴られていました」
日本ハムのプロジェクトはそうして掲げられたというわけである。
5月中旬、平沼がいる、日本ハムの2軍・鎌ケ谷のグラウンドを訪れた。彼がどんな思いをもってプロ生活を送っているのか知りたかったからだ。
当日はヤクルトとのイースタン公式戦が組まれてあり、平沼は「8番・遊撃手」でスタメン出場。送りバントを決めたものの、その日はノーヒット、守備面ではミスもあった。
まだまだ1軍に手が届きそうではなかった。
ファームの担当広報から「試合後に自主練習があるので、それが終わってから」と了承をもらい、林孝哉打撃コーチと平沼本人に話を聞くことができた。
まずは、林コーチ。
林コーチは、2013年までは関西地区でスカウトを担当していた。2014年に1軍打撃コーチに就任。今季からは2軍の選手育成に携わっている。
「バッティングに関してはいいものを持っています。ただ、プロではまだまだのレベルです。スイングに強さがないし、バットを振る体力もない。本人に聞いたら、高校時代はほとんどバッティング練習をしていなかったそうです。
バットスイングの軌道やバットに捉える技術は人にないものを持っていますし、人よりうまくなりたい、負けたくない気持ちは強い選手です。
人に惑わされず、自分一人で練習できる要素を持っていますから、少しずつ積み上げていけば、いい選手になると思います」
林コーチが言うように、自主練習の時間は長かった。
試合後、真っ先に室内練習場に行ったかと思うと、誰よりも早くに打ち込みをはじめ、林コーチとのやり取りを終えると、今度は小坂誠コーチをつかめて、守備練習に励んでいた。
平沼が練習をすべてやり終えたころには、小坂コーチ以外、室内練習場には誰もいないという状態だった。
もちろん、他の選手がやっていないというわけではない。
それだけ、「野手1年目」の平沼にはやることが多いのだ。
甲子園10勝投手の、遊撃手挑戦。
果たして、平沼はどんな思いで取り組んでいるのか。
「投手をやりたかったというのはありますけど、小さいころからの夢はプロ野球選手になることだった。どこのポジションをやることになっても、変わらないと思っていました。
投手をやっているとき、ショートは簡単にこなせるように見えたんですけど、やることが色々あって学ぶことばかりです」
この日の試合では失敗もあった。
本人も自覚しているようだが、道のりはまだまだ長そうだ。そんな中、平沼はどのような目標を掲げているのだろうか。
「1軍で活躍することですけど、今年中にとは思っていないですね。(同級生)に平沢がいますけど、彼はずっと野手をやってきた選手なんで、僕とは比較にならない。
いずれは追い越したいとは思いますけど、特に彼を意識しているわけではないです。早くに1軍に上がれることに越したことはないですけど、段階があると思っています。
1軍に上がる時には、しっかり準備を整えていきたいです。お試しとかじゃなく、活躍できるだけの力をつけてから上がりたい」
日本ハムが目指すセンバツ優勝投手を遊撃手として育成する一大プロジェクト。
まだ日は浅い。けれども、鉄の意志を持つ男は、一歩ずつ、一歩ずつと階段を上がろうとしている。
頑張れ~!