bon voyage!

ボディボーダー・ママののんびりオーストラリアライフ

シドニーでちょっくら日本を満喫

2014-10-28 | シドニー
最近はシドニーも30度近くまで気温が上がって、すっかり夏突入

シドニーのUTS (University of Technology)の向かいに新しく建ったビルに、
巨大なDAISO (日本の百円ショップ)とラーメンやさんが入っているということで
見に行ってきました。

なんとも近未来的なおっされなビル。上はマンション。


緑豊かなインテリア。


Daisoは予想以上に充実した品ぞろえで、今週末に迫ったハロウィンの小道具がたくさん並び、
どこかソニプラ的な雰囲気。ちなみにすべて$2.80.油断すると結構な値段になってしまう。



お昼は、一風堂のラーメン。値段が高い(15ドル)のが気になるけれど、美味しいし、店内も高級感漂う感じ。。
とはいえ、私たちは外に座って子供を放し飼い。。



さっそくダイソーのハロウィンアイテムをつけて。


こちらはgelato shop, "Anita".


ここ数年大流行のジェラートや、フローズン・ヨーグルトのお店。
色々なお店が軒を連ね、新しいお店ができたかと思えば、次行くときには潰れている、
ということもしばしば。ここ「ANITA」ではフローズンヨーグルトにトッピング自由で
6ドルと、Good





シドニーのセントラルあたりはどこも混んでいて、交通も激しいので子連れにはあまり向いていないけれど、
ここは意外と緑が多くて、人も少なくて、子連れランチに

大好きな日曜のマーケット Coledale Markets

2014-10-27 | 海外 子育て
オーストラリアでは週末になるとあらゆるところでマーケットが開催される。
野菜や果物、肉、ケーキ、コーヒー、ジュース、洋服、小物、家具など、マーケットによって
色々売っていて、月に一回のものもあれば、毎週のものもある。

私の一番のお気に入りは月に一度行われるColedaleというエリアのマーケット。


ウーロンゴンから車で15分、シドニーからは1時間弱ということで、
シドニーからも海沿いをドライブがてら寄るのに最適なスポット。
この有名なSea Cliff Bridgeを通ってくる↓


食べ物、植物、洋服、家具など、すごくおしゃれな屋台がある上、フリマ的な要素もあり、
一般人が古着や小物を安く売ってるので、おしゃれな掘り出し物が意外と多い。





(copied from coledale markets facebook page)

場所はコールデール小学校の敷地内で、海と山に挟まれた最高のロケーション。
こんな学校なら毎日楽しいんだろうな~!と誰もがうらやむ美しいセッティング



校庭からの眺め↓ うらやましぃぃい。



敷地内には大きな植物園があり、ヤシ、バナナ、サトウキビを始め、様々な南国のフルーツがたくさん生い茂っている。
毎回、このガーデンを散策するのがひそかな楽しみ
今の時期はバナナがわんさか↓


遊び場もあるけれど、子供たちは木からベリーを積んで食べたり、ジャングルのようなガーデンを探検するのに夢中。


シドニーからちょっと足をのばしたい人に、おすすめのマーケットです



コールデール マーケット:http://whatsoninwollongong.com.au/wow.activities.detail/Coledale-Markets-485





風邪に効く自然療法

2014-10-25 | 健康
コスタリカに旅をしたのをきっかけに自然療法に興味を持ち
(過去のブログで詳しく書きました)2008年からオーストラリアで
ハーブ療法(ハーバル・メディスン)の資格を取るため、
シドニーの学校に3年間通ってハーバリストの資格を取った。

とても大変なコースで、何度もやめようと思ったけれど、なんとか卒業。しかし仕事に
結びつけるのは難しく、結局その知識を自分や家族の健康管理に使っているのみ、と言った現状。

でも、別に後悔はしていないし、正直ハーブを仕事にしたい!という願望があるわけでもない。
もともと自分と家族のためになればいいな、と思って興味本位で始めたし、仕事としてやっていっている
自分もあまり想像できなかった。
ただ学費が半端なく高いので、やはり興味本位で、、という本音は隠してた、というか、
やっぱりやるには仕事に結びつける!という意気込みを偽っていた気がする。

なにはともあれ、ハーブ。本当に素晴らしいです。
私はこの学校に通って以来、病気で医者にかかったことも、痛み止め、
風邪薬を飲んだことがない。(出産時などは別として

すべての症状に合ったハーブがあるといっても過言ではない。

特に便利なのが、風邪の引き始めに飲む、免疫アップ、抗ウィルス、殺菌の作用のあるハーブ。
私はパントリーにズラリと常備している。



エキナセアが一番のお気に入りで、大人用、子供用と揃えている。子供用はシロップ状で、
とても美味しい、らしい

子供用のエルダーベリーのシロップも最近使い始めたけれど、風邪の期間を短縮する効果があると思う。

筋肉痛、生理痛、頭痛、ストレスにはマグネシウム (ハーブではないけれど

精神面に効く、フラワーレメディも好き(子供が怪我をした際のレスキューレメディなど

本当に色々、お世話になってる。


そして、最近また新しい風邪予防法を発見してしまった
なんと、ニンニクを靴下に入れて寝るという、なんとも斬新で、くっさーーい方法。

でも効果抜群!!!!エキナセアと合わせれば次の朝には確実に治ってると自信をもって言える。

やり方は、
1)生のニンニクを1つ、半分に切って(みじん切りのほうがいいらしいけれど、大変なことになりそうなので、私は半分)
2)少量のオリーブオイル(ほかのオイルでもOK)を薄く足の裏に伸ばす。
3)汚れてもOKな古い靴下にニンニクを半分ずつ入れて、履く。
4)寝る!
私はいつも数時間したら熱くなって脱いでしまうのですが、それでも効果は全然あり。

ニンニクは非常に殺菌、抗ウィルス作用が強い上、その有効成分は浸透性が高く、皮膚の表面からも効率よく吸収される。
足の裏の皮膚から血流へと浸透し、寝ている間に風邪を吹き飛ばしてくれる。

実際やってみると、じりじりとニンニクのパワーが足に入り込んでいる感じがします。


是非お試しを!!



Garage Sale Trail

2014-10-25 | エコライフ
子供がいると、朝が早い。今日も6時起きで、活動開始!!
今日はオーストラリア各都市で行われるイベント、ガレージセール・トレール。

国中で一斉に各家庭でガレージセールを行う日なのです。

政府が、リサイクルとゴミの減量を促進しようとオーガナイズしたこのイベントも、今年で4回目。
もともとおしゃれな子が多い街、ボンダイを発端として始まり、数年前から全国規模に広まりました。


ウェブサイトに自分のガレージセールを登録することで、そのサイトを見る人は
自分の近所のガレージセールを一覧でき、トレール(道)のように、家から家へと
散策できる、ということ。実際、ウーロンゴンだと規模が大きすぎるので車で
回らないといけないけれど、ボンダイみたいな小さい町だと歩いて回れます。

ボンダイでは毎週土日に道端や家の前で、ガレージセールをする子がたくさんいます。
ファッションに敏感な若い子が多いので、出店されているものもおしゃれ。
ブランドもののかわいい洋服や雑貨が5ドル、などと超お買い得
私も昔ボンダイに住んでた頃は、朝海に歩いていく途中でたくさんガレージセールに
遭遇して、「ああ、財布を持ってくればよかった!!」と悔しい思いをしたものです。




ガレージセールはだいたい9時スタート。
とりあえず今日は土曜日なのでゆっくりパンケーキを作って、出かける用意をして、、まだ8時。
じゃあ朝ーでボディボードしてくるか、と思い、海へ。
まぁまぁの波だったので、30分ほどで終了。
まだ始まらない!!ということでスーパーで買い出し。
9:30を回った処で、事前に用意しておいた住所のメモを手掛かりに3つほど近所の
ガレージセールへGO~!

子供のおもちゃや、サーフボード、ランプ、家具など少し気になるものもありましたが、
結局買ったものは、新品のダンプカーのおもちゃ。なんと一ドル
娘は喜んで遊んでくれました。
あと、かわいい子供たちが売ってた手作りカップケーキを2つで一ドル
カップケーキいかがですか?って期待いっぱいの目で見られたら、買わないわけにはいかない。。


ボンダイほどおしゃれな買い物はできませんでしたが、こういう地域ぐるみの試みは
楽しいものです。来年は私も出店しちゃうかも。。?!

Surfing Mums Group Australia♪

2014-10-24 | サーフィン
実はオーストラリアに来てから6年ほど、完全にボディボードから離れてた。あれだけ日本では大好きで、
電車とバスを乗り継いで行ってたのに、こっちではめちゃくちゃビーチの近くにいたのにやらなかった。
一緒に行く友達がいなかったのが主な理由で、やっぱ一人だと不安だし、なかなかやる気が起きないし。

昔は大好きだった色々な趣味が、シドニーでは一緒にやる仲間がいないのを理由に離れてしまい、なんかつまらない人間に
なった気がしてたところで、ある日曜、新聞を読んでたら、こんなグループが取り上げられていた
 “Surfing Mums Australia.” サーファーママのグループ


ママ友の会の一種で、お互いの子供を見合いながら、一緒にサーフィンをするグループ。
子供がいるからって、好きなことを犠牲にしたくない。
子供がいても、みんなで楽しくサーフィンして、友達を作ろうっていう会。

こ、こ、これは!!絶対入りたい
ウーロンゴンに引っ越してからあまり友達もいなかったので、私が求めていたすべて
(友達、趣味、子育て支援)を一度に叶えてくれる、最高のグループだった。


それから1年弱、今ではなぜかウーロンゴン支部のオーガナイザーとなって、毎週の会合の場所を決めたり、
新規メンバーの勧誘などを務めている 参加している子供の年齢は、生後1か月から4歳くらいまで、とても幅広く、
お母さんたちも様々なバックグラウンドの人が集まっている。サーフィンのレベルも初心者から上級者まで。
週に一度、朝の3時間、ビーチで集まり、2-3人ずつで順番にサーフィンをする。
残りの人は子供たちを見ながら、ビーチでおしゃべり。
毎週本当に楽しくて、びっくりするくらいみんな気が合う人たちばかり。
趣味が一緒だとここまで友達を作るのが楽なんだ~って改めて思う。




ママ友の集まりは、地域ごとのグループなどたくさんあるけれど、そこで気の合う人を見つけるのは意外と難しい。
話が子供中心になってしまい、いまいちそれ以上関係が深まらない。
こっちの日本人のママ友グループのように、なにか子供以外に共通点があれば別だが、やっぱりそれがないと
なかなか自分が楽しむまではいかないのが本心。

その点、サーフィングループは、ママも楽しみながら、子供もビーチで砂遊びをしたりして、
本当に楽しそう。


ちなみにママだけでなく、パパも参加Welcome.一時期はパパが結構参加してて、
海上がりにBBQなど、女性ではあまりやろうとは思わないイベント?もやってくれました


サーフィンをする人がメインだけど、波によっては、パドルボード(SUP)をやる人も。オーストラリアでは女性の
ボディボーダーは非常に珍しく、ほとんど若い男の子がやるスポーツ。
私は今まで一人もオージーの女性ボディボーダーを見たことない。。もしいたとしたら日本人、っていう。
もっと流行ったらいいのにな~、って思う。


ちなみにオーストラリアでは、サーフィンママグループだけでなく、ランニングママグループなどもあります。
きっとほかにも様々な趣味に合ったグループがあるのでしょう。良くビーチでフィットネストレーニングをしてるママさんグループも見かけます。

週に一度、こういったイベントがあると、子育てで疲れた人(私)にココロの潤いと刺激を与えてくれる。
たくさんの素敵な出会いを与えてくれたボディボードに感謝。


あれれ~

2014-10-23 | Weblog
ふとこのブログのことを思い出し、まさかと思って探してみたら、まだ存在してた
懐かしい写真も残っていて、あの時載せててよかった~~、って思った。もうあのころの
データはどこにあるか不明、、っていうかあの当時はまだデジタルではなかったのでは?!
いやいや、、そんなことはないです。 一応デジカメ持ってた。汗

最後にオーストラリアに留学して、永住する予定と予告していたけれど、それは見事に成功したね!!私!
おめでとう!笑 あれから7年、いろいろあった、あった、ありまくった! 結婚して子供もできた!笑

けど、変わってないこともたくさん!
いまだに自分が幸せだと思う瞬間は一緒。 色々あってそこから長いこと離れてたけど、
最近また戻ってきて、それを始めた瞬間から
人生がいろいろ楽しくなった。やっぱそういうコアな部分は一生変わらないんだろうね。



また近々詳しく書きます。




現在在住中のウーロンゴン。シドニーから南に一時間の、のんびりした田舎町。いいところです。



http://www.thegong.com.au/surf.php


http://visitwollongong.com.au/

その後

2007-07-29 | Weblog
ひーぇ!!気づけば2年この日記をほったらかしにしてました。
2年ぶりにこのサイトに来て、旅してた頃感じていた瑞々しい感動を
思い出して、なんか胸がいっぱいになった。忘れてる感覚も
たくさんあるけど、悩んだり考えてたことは今も変わってない。
2年前から答えは分かってたのに、未だに克服できないことも多い。
けど確実にこれらの旅で得たことが今の私を大きく影響していることに
気づき、やっぱりすべてのことに意味があったんだ、って安心した。
あれから2回(計3回)南米に、そしてオーストラリアに1回行き、
まだまだ南米は行きたりないけどとりあえずは旅は一時休止中です。
なぜならもっと長期的な夢を見つけたからです。
来年の2月からオーストラリアに念願の留学→卒業後、永住権を
目指すことにしました。
学校では翻訳を勉強してから、永住権を取って、いずれは
naturopathy(自然医療)の勉強がしたい。
おおまかなことは昔から決めていて、変わってないけれど、
細かいことがなかなか決まらなくて、ちょっとイライラ・・・
まぁ、どうにかなることを祈ってます。



これからもちょびちょびですが、報告しまぁす。

あと18日で・・・☆

2005-06-20 | Weblog
突然ですが、あと18日で南米に行きます♪!
行き先はさんざん悩んだ結果、エクアドルとキューバです。
赤道直下の小さな国エクアドルと、チェ・ゲバラとサルサの国、
キューバ。

3ヶ月間たっぷり時間をかけて、スペイン語学校に通ったり
ホームステイをしたり、成り行き任せののんびりかつ充実した一人旅を
満喫しようと思います。
いつもは旅に出る前の数ヶ月は楽しみよりも不安で
テンション下がりまくってるけど、今回は本当に期待でいっぱいです♪
前回のコスタリカで自信がついたからかな。

とはいえ、中南米は南米よりも断然治安が悪いらしいので、
自分を過信せず、慎重に行きたいと思います。
なんせエクアドルのお隣さんは世界で最も危険な国のひとつである
コロンビア…。たらーーん。

私は今まで海外で騙されたり、危険な目にあったことがないので、
人間は基本的には善人だ、と思いたいのですが、
やっぱり貧困・戦争・宗教などの影響って人を変えてしまうんだと
ニュースなどを見てて思います。
私の日本での豊かな暮らしは、南米を含む多くの発展途上国の犠牲の
上で成り立っているという事実を心に留め、自分の行動のひとつひとつが及ぼす
影響についてちゃんと考えながら旅をしたいと思います。responsible travel♪

というわけで、近々デジカメを買って、またこのHPで旅の経過を
アップロードしたいと思いますので、よろしくで~す☆☆☆


photo: oahu, hawaii

2005-05-12 | Weblog
コスタリカの太平洋側からカリブ海側に移動する際の
バスの中で、友達になったアメリカ人のダスティン。
いかつい外見(っていうかほとんど浮浪者)とは裏腹に、
笑うと目がすっごくキラキラして優しそうだったのが
印象的だった。
彼はコスタリカで、ある韓国人のお金持ち夫婦の
息子たちの、家庭教師をしているという。
大きな教会の一室を借り切って、兄弟2人だけのために
数学と英語を教えてるらしい。
韓国人のお母さんは感情の起伏が激しく、
先日ダスティンと大きな喧嘩をしてしまったらしく、
そのため彼は数週間休みをもらって、コスタリカを
旅することにした。

カウィータというカリブ海沿いの町に着いてからも、
すごく話が盛り上がってしまって、
気づけば6時間ぶっ続けで語ってた。
仏教の話から、彼が最近別れたばっかりの彼女の話まで、
ほんとあらゆることについて語った。
次の日、カウィータの国立公園を散策中に、
彼が突然すごく暗い顔になり、「悪いけどひとりになりたい」と
言って先を行ってしまった。
その後、ひとりで座り込んで考え事をしているところを見つけた。
あまりにも絵になっていたので写真を撮った。

その後、私は愉快な森の妖精のようなフランス人のお兄さんに出会い、
彼となんやら話しながら国立公園の散策していた。途中でダスティンに
会い、「僕はもう帰るけど、本当に会えてよかった!元気でね」
と、なんともあっけないお別れをした。

なんだったんだ…?不思議な人…なんか気に障ることを言ったのかなぁ?と
もやもや思っていたら、さらに2ヵ月後、
アーニャとニカラグアのグラナダという町にいた時のこと。
夕飯を食べ終え、タクシーで宿に帰ってくると、なんと入り口のレストランに
見覚えのある浮浪者姿が!!そう、偶然にもダスティンが同じ宿に来てたのだ。
超驚きの再会。彼は家庭教師をやめ、しばらく旅をしてからアメリカに帰ろうと
考えていた。
「あの時は変な形でお別れしてごめんね。なんかすごく彼女のことを
思い出してつらくなっちゃって、どうしても一人になりたかったんだ。」
そんなことだろうとは思っていたけど、本人の口から聞けてうれしかった。
きっとこれを伝えるために運命は私達をニカラグアで再会させてくれたのだろう。

ちなみに、最近になってこの写真を彼に送ってあげた。
すると、すごく喜んでくれて、「あの頃はわけわかんないことで悩んでたなぁ!
時の流れってすごいね!」ってスッキリしてた。
悩みなんてそんなもんかも・・・。その時は出口の見えない暗闇のようでも、
時間が経てば何が悩みの理由だったのかも分からなくなってる。
でも悩んだのは決して無駄ではなく、確実に自分の糧になっていく。
どっかで客観的な目を持ちつつ、真剣に悩めばいいのかもなー?

Change your life with Permaculture!

2005-04-28 | Weblog
先日、パーマカルチャーの創始者の一人である、
デービッド・ホールムグレン氏の講演会が
東京であったので参加してきた。
日本ではまだあまり知られていない分野であるのに対し、
彼の故郷であるオーストラリアでは、もうすでに
「パーマカルチャー」は学校でも教えられていて、
一般家庭に浸透している言葉である、と言ったのには
ショックだった。

実はパーマカルチャーとは、何も目新しいものではなく、
日本にも昔から存在していた。
日本の田舎の農村で昔から培われてきた、
人と自然が有機的かつ生産的なつながりを持つ空間。
これをベースにパーマカルチャーの文化が生まれた。

最低限の労力で、植物や動物の力を最大限に活かす環境を作り、
すべてが循環し補助しあうような空間を作ること。
それがパーマカルチャー・デザインだ。
例えば、家の周りの斜面を利用して雨水を貯水したり、
野菜畑の周りには、害虫を寄せ付けないハーブを植えたり、
鶏を配置して害虫を食べてもらったり。
すべてのものの配置に意味を持たせ、最大限に資源を利用するのだ。

「農業」のイメージが強いパーマカルチャーだが、
実は人間のライフスタイルのヒントとしても応用できる。
以下は講演会の資料から抜粋した、パーマカルチャーの基本原則、
そして()内は、それを人間のライフスタイルに当てはめたものである。
*☆*☆*☆*

1)関連性のある配置をする。適材適所。
  (他者とのつながりを大切に。)

2)多くの機能を持たせる。
  (百姓であれ。でも得意分野を持つ。)

3)多くの要素が存在する。
  (さまざまな個性が存在したほうが豊かな社会になる。)

4)効率的なエネルギー計画。移動も効率的に。
  (シンプルな生活を心がける。)

5)生物資源を使う。
  (生き物を使って仕事をしてもらう。実は人間が一番身近な生物資源。
   自分の体を使おう。)

6)エネルギーを循環。
  (ポジティブなエネルギーを循環させ、ネガティブなエネルギーを垂れ流さない。)

7)小規模集落システム。
  (小さく始め、そこに持っているエネルギーを十分つぎ込む。)

8)還移と進化を促進させる。
  (変わるのは今、この瞬間。)

9)多様性。 
  (みんな違っていい。)

10)接縁効果を最大に。
  (触れ合うことでエネルギーが増幅する。)

11)パターン。観察することで美しいパターンを見つける。
  (日常の立ち振る舞いを見直す。)

12)態度。
  (考え方のパターンを変える。問題は自分自身の中にあるという
   ことを認識する。全ては両方に働き、悪いことは良いことでもある。
   競争ではなく、協力。重荷を最低に。必要以上のものは持たない。
   無理をしない。
   恐れるな、しかし注意深くあれ。自然とともに作業し、支配しない。
   バランスを取る。


ホールムグレン氏が特に強調していたのが、地元で取れる、ローカルなものを
サポートする大切さだ。遠い海外から調達してくる食材ではなく、なるべく
自分で育てたもの、もしくは地元で取れたものを食べることで、エネルギーと
資源を有効活用できるのだそう。またパーマカルチャーということ自体に関しても、
決して遠いオーストラリアに行かなくても、日本の地方にも素晴らしいパーマカルチャーが
存在するので、それに気づいて大切にしてほしい、という主張が印象的だった。

パーマカルチャーに携わる人たちを見てて、いつも思うことがある。
それは、彼らの信念と行動に、矛盾がないことだ。
オーストラリアやコスタリカでファームステイした時にも実感したのだが、
彼らの生活習慣は徹底してエコロジカルで、自然と共生しているのだ。
自分の都合によって、ルールを緩めたり、自分を甘やかしたりしない。
日本やオーストラリアのような先進国に住んでいると、環境問題などの深刻さを理解し、
何かしなければ、と思いつつも、なかなか現実との折り合いを付けれず、
結局は「仕事だから仕方ない」とか「どうすればいいか良く分からない」とか言い訳をし、
環境に悪い生活態度を続けてしまうのではないだろうか。
楽をするためのたくさんの抜け道や誘惑が存在する中、自分を規律し、徹底的に
生活習慣をエコロジカルなものに転換する勇気と強さを持つこと。
その大切さを再認識し、自分の生活態度に反省した一日だった。

crystal power

2005-03-30 | Weblog
オーストラリアはオパール、コロンビアはエメラルドの産地。
世界各国で取れる何百種類にも及ぶ天然石は、
古代から魔除けやお守りとして利用されてきた。
アロマテラピー同様、石の種類(成分)によって
効能が違うので、天然石を買う際は自分に
合ったものを選ぶと良いとされている。
例えば、トルコ石は「身体機能の活発化」、
アクアマリンは「積極的な自己表現」
ラピスは「深い平安」、アメジストは
「強い保護作用、精神の安定」などなど…。

その効能について知識がなくても、勘が鋭ければ直感で自分が
必要としている石が分かるといわれている。ボーっと見ていて
特別目に飛び込んできた物を選べばいいのだ。

私は昔から光によって色が変わる石に弱い。
オパールやムーンストーン、4年前から肌身離さず付けている
ネックレスのラブラドライトなど。
極度の飽き性な私にとって、これらの石の「変化」的な要素が
魅力的なのかも知れない。
常に変わり、常に進化する…そういう意味を持つこれらの石は、
ペア・リングには向いていないという話を聞いたことがある。
「永遠」を意味するダイヤとは逆の存在、というわけだ。

どうやら私はこういう「永遠の愛」っぽい石とは相性が悪く、
以前にもパナマでローズクオーツ(宇宙的な愛と優しさの石)に
憧れてネックレスを買ったものの、生まれて初めて皮膚アレルギーになり、
結局数日間しか付けないまま、引き出しの中へ。
悲しすぎる。
結局また元のラブラドライト(自分の運命に気付かせ、自己実現に
導く石)に戻った。恋愛に浮かれるよりも、自分自身のやるべきことをやれ、
ということなのか…。

いずれにせよ、信じるモノは救われる。
だまされたと思って皆さんも
置物、もしくはアクセサリーとして、クリスタルを身の周りに
置いてみてはいかがですか?


天然石の効能についての詳細:
http://homepage2.nifty.com/loon/index.html

プチ英会話☆

2005-03-23 | Weblog
英会話の先生をやってて気付いたこと。
「うらやましい」を 「I envy you」と訳して
言う生徒が多いということ。
これは決して間違えではないし、
意味は全然通じるんだけれど、
「envy」という言葉はちょっと強い気がする。
「うらやましい」…というよりも「嫉妬」に近くて、ちょっと
怖いかも…?!

ではなんと言えばいいのか。
この場合、外人は「You're so lucky!」ということが
多い。「何てラッキーなの!」、「いいなぁ!」みたいな
感じで。

考えてみると、そもそも欧米人ってあまり人を
羨んだりしないかも。
謙虚さが美徳とされている日本と違い、
欧米では自分に自信を持ってそれをアピールしてナンボ。
他人と自分を比べて、自分が負けてると認めるようなことは
滅多に言わない。よほど落ち込んで自信をなくしている時以外は、
常に「自分大好き」モード…かも。
これが度を越すとただの自己中だけど、適度ならば自分の個性と
可能性を最大限に活かせる、前向きな姿勢だと思う。
日本人の謙虚さと欧米人の自信満々さを足して2で割ったのが
ちょうどいいのかも知れない。

私はレッスンの後、その生徒さんが成長したなーと思ったり、
良かったと思った点を、(お世辞ではなく)褒めるのだが、
必ずと言っていいほど、返事は「no no no!! 」の連発だ。
「まだまだダメですよー」となぜか肩を落とす生徒…。
これでは褒めた私も空しい。「私の意見を信じてよ!」って感じになって、
私も必死で「no, you REALLY did a good job!」と説得することに。

本当は嬉しいけど私の前では謙遜してるのか、それとも本当に
自分がダメだと思ってるのか、かなり謎である。もし本当にそう
思ってるなら、あまりに自分に厳し過ぎると思う。

褒め言葉には「no!」ではなく、「thank you!」と、単純に鵜呑みにして、
「私ってエライ☆」と調子に乗っちゃっていいと思う。その方が褒めた方も
気持ちがいいし、本人も絶対学ぶことに対してモチベーションが上がるし、
成長すると思うんですけど…。

やっぱり何でも楽しく、マイペースにやらないと続かない。
そもそも英語って、すごく明るくてポジティブな言語だと思う。
物の言い方にしても、前向きな言い方で言うことが多い。
だから、英語を話してると自然と考え方が前向きになるのである。
日本語で言うと、ちょっとクサイなーっていうことも英語だと自然に言える。
私のコスタリカで会った友達の口癖は、「You can do anything you want!」。
何をするにも、人の意見を求めがちな私に、彼女は都度これを連発していた。
そして気付いたらこの「私は何でもできるんだ!」っていう強烈な考え方は
私の中で少なからず定着していた。でもやっぱり日本語で言うとちょっとアヤしい…。


photo: friends in Byron Bay, Australia

夢舞

2005-03-22 | Weblog
最近、中南米でずっと一緒に旅してたドイツ人のアーニャからメールが来た。
念願だった日本語のタトゥを入れたと言う。コスタリカにいたときから
どの漢字にしようかさんざん悩んでいて、私が何枚にも渡って、
色々な漢字とその意味について書いてあげていたのだ。
当初は、「dreamcatcher」(ネイティブ・アメリカンのお守りの名前、
そして“夢をつかむ”という意味を込めて)がいい、と言っていたのだが、
当然日本語にそんな言葉はないし、作ろうとしても“catch”の
“掴む”“捕らえる”という訳がどう考えてもタトゥ向きではなかった。
代理となるものをあーでもない、こーでもないと色々考えたが、
結局答えは出なかった。

するとこの前メールが来て、“dream dancer”にしたらどうだろうか?
と相談された。「夢舞」。そんな言葉はもちろんないけれど、
でも実際に存在する言葉よりも、抽象的な言葉の方が、イメージとして
見る側の想像力を掻き立てていいのではないか、と思った。
夢を舞う人、舞うように夢を叶える…とでも訳そうか、
とりあえず彼女は踊るのが大好きだし、「舞」っていう字が
綺麗な字だし、夢を舞うという、なんともマイペースで
優雅なイメージが彼女らしかったので、
Go for it!とOKを出した。

そして数週間後、現在カリフォルニアで2週間旅行をしている彼女から
写真付きのメールが来た。そこにはうれしそうに笑うアーニャの、
お腹の左下(腰骨?)に入れた「夢舞」というタトゥがあった。
日本人のタトゥ・アーチストに入れてもらったらしく(ホッ。
線が一本多かったりしたらどうしようかと思った)、
とてもキレイな字でバランス良く描かれていた。

これでアーニャも日本人だ~!と、とても嬉しくなった。
きっと彼女はそれを見る度に、旅での楽しい思い出と、
舞うように夢を追う大切さを思い出すに違いない。

ちなみに、こういった日本語のタトゥは、世界的に
とても流行っているらしい。
私はオーストラリアにいた時にも同じような相談を受けたことがある。
友達になったカナダ人の女の子が、
“Overcome myself”という漢字のタトゥを入れたい、と
相談してきたのだ。
「自分を越えたい」、「自分の弱さを克服したい」…

「自分を愛そう、受け入れよう」というモットーを持つ人は
結構いると思うけれど、彼女は決して今の自分に満足するのでは
なく、とことん自分の中の弱い部分を超越したい、という
強い想いを抱いていた。確か当時20歳だった彼女は、一見
ファッショナブルな今時の若い子って感じだった。
でもじっくり話していると、旅を通して自分を変えようとし、
自分と格闘しているたくましい姿が見えてきた。
さまざまな誘惑がある中で、自分の意志を貫き、強くなりたい。
そんな時に、「Overcome yourself」というタトゥを見て、
自分を奮い立たせたい、と彼女は説明してくれた。

私は考えたあげく、「我越」という字を薦めた。
四文字熟語を教えてあげたかったけれど、
どうしても適当なのが思いつかなかったのだ。
彼女はとても喜び、次行く町(メルボルン)に着いたら
入れる、と言っていた。その後、彼女の連絡先を
失くしてしまい、連絡が途絶えてしまったのだが、
果たして本当に入れたのだろうか?
私は今でも良く彼女のこと、そして「我を越える」という
言葉を思い出す。
私が旅が大好きな理由、それはこういった「頑張ってる人たち」に
沢山出会えるからだ。多くのことを犠牲にしてでも、
常に「攻め」の姿勢で生きること。そのエネルギーを
分けてもらえることは、私にとって何よりも宝となる。

☆Che Guevara☆

2005-03-01 | Weblog
彼を初めて知ったのは、ニカラグアの露店に
吊るされたTシャツを見た時。
黒いTシャツに、彼の顔が大きく
浮かび上がるように白で描かれていた。
その時の印象は、「この人、誰?ボブ・マーリー?」 
としか思わなかった。

その数日後、インターネットカフェで知り合ったアメリカ人のカップルに、
ホームパーティに誘われた。彼らの自宅とは、”Taquetzal Trekkers"という
ボランティア団体の本部。ニカラグアのストリート・チルドレンを教育し、
援助するNGO団体だ。彼らは観光客相手に、日帰り、もしくは一泊の
火山のトレッキングツアーを行っていて、その売り上げをすべて子供たちの
援助に役立てている。
当時そのメンバーは7人。みんなヨーロッパやアメリカからのバックパッカーで、
数ヶ月で国に帰ってしまう人もいれば何年もそこにいる人もいる。

もっとも長くいるメンバーだというオランダ人の男の子は、チェ・ゲバラのTシャツを着ていた。
年齢は20代半ばで、伸び放題のヒゲと後ろで束ねた長~い黒髪と力強い眼。
彼はこの団体の創始者だった。オージーの彼女と一緒にここで暮らしているという。
最初は怖くて目を合わせれなかったけど、翌々話してみると
とても落ち着いていて知的で、なんだかとても強い意志を感じた。
そして、妙にチェのTシャツが似合っていたのだ。
まるで彼のためにそのTシャツが作られたのではないか、と思うほどだった。
私が“そのTシャツかっこいいね!”というと、”だろ?チェは最高だよね!”
と誇らしげに笑った。その時私は、“やばい、チェは相当有名な人なんだろうなぁ…
まさかここで“チェって何した人?!”とは聞けない…”という変なプライドが
邪魔をし、チェの正体を聞くことができなかった。
それ以来、私はずっとチェが気になって仕方なかった。しかし友達に聞いても、
“キューバの革命家でしょ”とか“共産主義の人だよね”とか、曖昧な答えしか
得れなかった。
みんな何となくは知っているけど、具体的に何をした人なのかは分からないようだった。

日本に帰国後、偶然本屋で“チェ・ゲバラの遥かな旅”という本が目に飛び込んできた。
もともと“旅”というキーワードに敏感な私。“チェ・ゲバラ”と組み合わさっていたのを
みて、迷わず購入。あまりの面白さに、2日間で読み終えた。
私は昔から政治関係にはまったく興味がなかったのだが、チェを通して、
資本主義や共産主義の仕組みや、日本など先進国が及ぼす発展途上国への影響など、
一気に新たな世界の扉が開いた。

チェは今となっては偉大な革命家であるけれど、20代の頃は、アルゼンチンの
中流階級に暮らし医者を志す、ごく普通の男の子だった。しかしある時から、
生ぬるい環境に嫌気が差し、友人と共に南米大陸をボロバイクで巡る長旅に出た。
(映画“モーターサイクル・ダイアリーズ”は、これをもとにしている)
この旅を通して、チェは南米の原住民への差別と貧困の現状、アメリカの資本主義が
南米に及ぼす貧富の差と政府の腐敗を目の当たりにし、深い憤りを感じる。しかし、
怒ったところで、所詮彼は通り過がりの旅人だ。原住民たちの真の苦しみを共感することは
到底できない。彼には、いざとなったら帰れる安全な家と、待っててくれる暖かい家族が
いるのだ。それを全て捨て切ってまで闘う決心がなかなか付かなかった。

でも同時に、チェは何かに全身全霊で打ち込み、命を掛けて闘うものが欲しい、
という凄まじいエネルギーを抱えていた。そして、フィデル・カストロとの運命的な
出会いをきっかけに、彼と共にキューバ革命に身を投じ、その後も単身で中南米、
アフリカ、そして南米各国の民族独立運動を率いる、反資本主義の象徴となる。

妻子を南米に残し、キューバに旅立とうとしている息子を必死で止めようとする
母親に対し、チェは手紙で以下のことを書いた。
「…僕が自分の思想を軟化させ、利己主義的になれば云々、というあなたのアドバイスは、
人間として最も嫌悪すべきものです。軟弱な利己主義=低俗で臆病な個人主義的な
考え方を自分の中から駆逐するために、僕は僕なりに闘ってきたのです。
誤った自意識によって自己中心的志向しかできないボヘミアン的な要素を自分の中から
叩き出すために、僕は必死で闘ってきたのです…」

超資本主義国である日本に暮らしてて思うのが、いかにすべてが「お金」中心で
動いているかということ。自分の身を守るために貯蓄をし、生活をより快適にするために
消費をする。そのために、他の国は資源を剥奪され貧困に苦しむということに、
気付いてはいても、そのサイクルを止めることができない。常に動き続けなければ、
あっという間に経済大国は崩れてしまうからだ。
ボヘミアンからは程遠いと思っていた日本やアメリカという国だが、利己主義的さから
考えると、実はとてもボヘミアン的なのではないかと思った。

チェはかつて、キューバ政府の代表として日本を訪れている。戦後、ゼロの状態から
立派に経済を築いた、キューバ同様の島国として、参考にさせてほしいという願いを
込めての来日だった。チェは日本の工業に興味を持ち、自動車や電気工場などを視察した。
そういう風にいろいろな国の優れた所を選び、活かすことで、完全な共産主義でもなく
完全な資本主義でもない、その中間となる理想国家を目指したのだ。

チェの生き方を少し知った今となって、あのTシャツがなぜあのオランダ人に
似合っていたのかが改めて納得できた。
彼はチェと同様、自分の故郷を離れ、まったく違う国で、国民を助ける活動に身を
投じている。自分にとっては何の利益もない仕事で、いわば何の関係のない人たちを
援助している。これこそチェのいう、反利己主義的な生き方なのだろう。自分の国、
自分の家族、自分のことだけを考えるのではなく、地球全体の規模で考えること。
みんなそんな生き方ができたら、きっとこの地球は平和になるのだろう。


抜粋:集英社:土井十月薯「チェ・ゲバラの遥かな旅」



tsunami が生んだ、カバとカメの絆

2005-01-09 | Weblog
津波が起きてから約2週間が経とうとしています。
悲惨な状況が日々ニュースで流れている中、
こんな心温まるニュースも舞い込んできました。
ある赤ちゃんカバとカメのお話です。

ケニア沖に押し寄せた津波で、被害に遭った多くの野生動物が
モンバサという港町の動物保護施設に保護されました。
その中で、一匹の赤ちゃんカバ(写真左、推定1歳)と、
推定100歳のカメの間に強い絆が生まれたようです。

オーウェンと名付けられたこのカバは重さ約300キロ。
26日に津波が押し寄せた時、彼は(引き潮で)サバキ河を通して
インド洋まで流され、その後再び津波の波によってケニアの海岸に
押し戻されました。幸いその後レンジャーによって救出、この施設に
保護されました。

「信じられない話ですが、わずか一歳のカバが100歳のオスのカメを
まるで母親のように慕い、カメも喜んで“母親役”を引き受けています。」
とこの施設の生物学者、ポーラ・カフンブさんは話します。

「波に流され母親を失ったこのカバは、トラウマでショック状態に陥っていました。
代理母を必死で探していたら、ちょうどこのカメと出会い、強い絆が生まれた。
二人はそれ以来いつも一緒で、泳ぐのも食べるのも寝るのも一緒です。」

カバは、母親にするのと同じように、どこにでもカメの後について回ります。
誰かがカメに近づこうとすると、カバは母親を守ろうととても攻撃的になります。

「このカバはまだ赤ちゃんで、とても無防備な状態で独りの身になってしまいました。
カバはとても社交的な動物で、4年間は母親と一緒に生活します。」と係りが話します。