bon voyage!

ボディボーダー・ママののんびりオーストラリアライフ

photogenic?!

2004-07-29 | Weblog
「日本人: いつもカメラを持って写真を撮ってる」

これは外人が日本人に抱く典型的なイメージだが、
私は見事にその偏見を実証している。

オーストラリアでの一年間、私は海に入ってる時を除いては、
常にカメラをカバンに入れて持ち歩いてた気がする。
(本当は海から見る景色が一番いいシャッターチャンス
だったりするから残念だけど…)

オーストラリアでは、本当に自然の美しさにやられた。
もう、自然に対して膝まづき、「参りました!!」って言いたくなるくらい、
これでもかっ!って美しい風景に遭遇した。
そういう風景を目の当たりにしたとき、
私はどうしたらいいか分からなくなってしまう。
その瞬間に浸っていたいのに、
どうしてもカメラに収めたくなってしまうからだ。
その対象が夕日や虹、雲、人の笑顔、または、
みんなの心がひとつになったマッタリとした瞬間など、
刻一刻と変わってしまうものであると余計撮りたくなる。
自分だけがこんなにすごいものを見てるなんてもったいない!
永久に残したい!って思ってしまう。

私の写真好きは、母親譲りなのかもしれない。
私が小さい頃、母は常に私の写真を撮ってた気がする。
赤ちゃんの頃はいいが、小中学生になっても、
事あるごとに私や私の友達の写真を撮っていて、
さすがに友達もこの林家パー子っぷりには呆れ、
恥をかいたのを覚えている。
今でもたまに「写真慣れしてる」とか言われるが、
それは絶対、この幼少期の経験によって鍛えられた技だ。

当時はちょっと鬱陶しかったこれらの写真だが、
今になってみるとアメリカで過ごした貴重な日々を蘇らせてくれる宝物だ。
私にとっては当たり前のように送っていたアメリカでの生活のコマゴマが、
日本で育った母から見たら、とても新鮮に映ったのだろう。
だから、写真を撮らずにはいられなかったのかもしれない。

日本に帰ってきてからは、めっきり撮らなくなった母。
それを引き継ぎ、今度は私が写真にハマっている。

私も将来、自分の子供に写真を見せて、
「こんな世界があるんだよ」「こんな生き方もあるんだよ」って
伝えれたら最高だと思う。
「ママかっこいいじゃん!」って思ってくれたらいいけど…。

もしカメラがない時に、すごく魅力的な風景に出くわした時は、
小学校の校長先生がスピーチで言っていた言葉を思い出す。

「何かを絶対に忘れたくない時は、心の中のカメラでシャッターを押しなさい」

写真のように、モノとしては残らないけれど、確かに心に刻まれているはずだ。

photo: byron bay, australia

Killer Whales

2004-07-28 | Weblog
アメリカの水族館でショーの最中に、
シャチがトレーナーを突然襲った、というニュースを見た。
10年来の信頼関係を築いてきたこのシャチとトレーナー。
一体何が起きたのだろう?

かつては日本の沿岸にも棲息していたシャチ。
近年は人間による乱獲と海洋汚染のため
日本では全滅していると考えられている。
日本にいるシャチといえば、ノルウェイやロシアなどで
捕獲され連れてこられた水族館のシャチだ。

そもそもシャチという動物は、とても家族愛の強い動物だ。
生涯を通して、母親を中心に、兄弟や子供で構成された
群れで生活をする。

人間は、この群れから若いシャチを選抜しては
群れから引き離し、遠い遠い国の水族館に搬送する。
私は昔、この捕獲の映像を観たことがある。
シャチの家族が平和な生活を送っている中、
突然大きな網によって子供のシャチが海の中を引っぱられていく。
母親は必死に我が子を追い掛けて、網を破ろうとするが、
巨大なボートのモーターにはさすがのシャチも勝てず
ついに力尽きて諦めた。

壮大な北国の海での生活から一転して、水族館の狭いプールで
不自然な芸をして一生を送る事になった、赤ちゃんシャチの悲しい運命。

人間に可愛がられて、一生魚に不自由することない暮らしも
それなりに幸せなのでは?…と思いたい所だが、そうも行かない。

水族館のシャチは極度のストレスと運動不足により、
平均寿命が極端に短いことが分かっているのだ。
野生で暮らすシャチの平均寿命は35歳。
それに比べて水族館に暮らすシャチは、
わずか5年だ。

これはイルカも同様で、実は水族館にいる海洋生物は
皆死んでは、新しいものと入れ替えられているのだ。
私はこれを聞いて以来、怖くて水族館に行けなくなった。

私がかつてボランティアをしていたイルカ・クジラ・アクション・
ネットワークというNGOでは、アメリカの野生動物保護団体と協力して、
各国の水族館のイルカやシャチの導入に対する反対運動をしている。
私は幸運にもこの団体を通して、「Free Willy」という映画に出演した
シャチの「ケイコ」(写真→)を実際に野生に返そうという、
画期的なプロジェクトを手掛けていた
アメリカのマーク・バーマン氏の通訳を担当させてもらった。

ケイコは捕獲動物としては最高年齢の27歳。
幼い頃アイスランドで捕獲されて以来、ずっと水族館生活を送っていた。
10年前の映画出演(シャチを野生に返そう、という映画)を機に、
このシャチを実際に自由にしてあげよう、という世間の声が高まった。
およそ7年間のリハビリを含む、数百万ドルをかけた大規模な
プロジェクトの末、ケイコは故郷の海に帰された。
しかしやはり年配のシャチには、野生暮らしは厳しかったのか。
開放されてわずか1年後の昨年、ケイコは肺炎のため死んでしまった。

ケイコを通して世界中でシャチの捕獲に対する関心が高まり、
捕獲動物を自然に帰す難しさや、
人間と野生動物の共存について考える良い機会となった。

アメリカでシャチがトレーナーを襲ったニュース。あれは、
人間の傲慢さに対するシャチの悲痛の叫びだったのではないか、
と思わずにはいられない。


Jack Johnson

2004-07-28 | Weblog
*私のだ~いすきなハワイ出身のJack Johnsonの歌の歌詞*

Look at all those fancy clothes
but these could keep us warm just like those

what about your soul? is it cold?
is it straight from the mold and ready to be sold?

Cars and phones and diamond rings, bling bling
those are only removable things

what about your mind does it shine?
or are there things that concern you more than your time?

gone going gone, everything gone, give a damn
gone be the birds if they dont wanna sing
gone people, all awkward with their things, gone.
**********************************************

贅沢な服を買わなくても
この服で十分暖かいよ

それより、心は寒くない?
型に嵌った市販品みたいになってない?

車にケータイにダイヤの指輪
ギラギラ光ってるけど
そんなものは取り外したらおしまい

それより、知性は磨いてる?
時間より大切なものはないって事を忘れてない?

何もかも消えてゆく
鳥だってもう歌わなくなってしまった
モノを持ち過ぎてぎこちない人間たちも
いずれ消えてゆく

photo: byron bay, australia

孤独な惑星

2004-07-27 | Weblog
昨日本屋で見掛けた「ロンリー・プラネット」。世界中のバックパッカーのバイブルだ。
安いバックパッカー宿やレストラン、普通の観光旅行では行かないような奥地や
隠れ場所が掲載されている分厚いガイドブックだ。

オーストラリアやアジアでも、出会う旅人はみーんなこれをリュックに潜めていて、
私はその皮肉さに笑ってしまった。

本来は“Off the beaten track”…
「常道を外れた、冒険的な旅」がしたい旅人のために
書かれたロンリー・プラネット。
しかし実際は、みんな同じガイドブックを読んで、
みんな同じルートを辿る一人旅をしているため、
本来は常道を外れていたであろう道も、
すっかり一般人の通り道と化している。
そのせいか、オーストラリアの各町を回っている際、
何回も「偶然」知り合いに会うことがある。
凄い偶然!!!と感動の再会を果たしてみるものの、冷静に考えれば、
同じガイドブックを見て旅をしているのだから次の町で出会うのは当然だ。

やっぱりどこにいても、自分だけが部外者、というシチュエーションは怖いものだ。
オーストラリアほど治安がよくフレンドリーな国でも、やっぱり観光客が全くいない奥地に
一人で行くのは気が引ける。その点、ロンリープラネットに沿って旅をしていれば、
どこに行っても仲間の部外者がいるという可能性が高いので安心してしまうのだ。
私もまだまだ青いなぁ~(泣)

とは言うものの、私は経験上、このロンリープラネットの著者とは
感覚がいまいち合わないということが発覚。
そのため、あまりこの本は信頼していない。
「この宿は牢屋のようで最悪な雰囲気だ。
絶対に行かないほうがいい」という著者の
辛口コメントを受けた宿が、実際行ってみたらものすごく
盛り上がっていて、いい友人に出会えて最高に楽しいステイができた、
みたいな経験が多いからだ。
また著者がベタ褒めしていた町が、私の目にはすごく暗い、寂れた町に見えたり…。
やっぱり何でも自分で体験しないと分からないものだと思う。

ロンプラ(日本語ではこう略すらしい)は、おおまかな地域の情報や交通手段などに関しては
大いに利用するけれど、次はどの町に行こう、どの宿に泊まろう、という細かい選択については、
旅先で出会った人の意見を頼りに決めるようにしている。

結局のところ、どんなに美しい南国のパラダイスに行っても、
いい出会いがなければその美しさを100%堪能することはできない。(少なくとも私は)
逆に、どんなに辺鄙な寒村でも、最高に気の合う友人に出会えれば、
それは素晴らしい冒険に変わる。
結論:旅は出会いだ!


photo: coolangatta, australia

aloha!

2004-07-25 | Weblog
今日はハワイ大学の留学説明会に参加。
なんか、頭がすっきりしたのか、余計ごちゃごちゃに
なったのかよく分からなくなってきた…。

私が留学にハワイを選んだ理由は主に二つ。
海洋生物学の分野で優れているということと
ハワイに長期で暮らすのが夢だったということ。

初めてハワイに行ったのは小学生の頃。
当時私は家族とアメリカに住んでいたのだが
2年に一度、父の会社から一時帰国許可が下りるため
それを利用して夏休みの一ヶ月間は日本の祖父母の家に
遊びに行っていた。その一時帰国の帰りに、ついでにどこかに
寄ろう、ということでハワイ行きが決定した。

2日間の予定だったハワイでの滞在だが、
突如弟の心臓病が発病したことによって、2週間延長になった。
ちょうどその病気の名医がハワイにいる、ということから
弟は急遽入院することになったのだ。
弟の面倒は母が見ている間、私と父はというと、毎日のように
ハワイの海を探検したりして遊んでいた(気がする)。
今思えばひどい話だが、当時は「ラッキー!!」って感じだった。

それから何年も経ってから、2回ハワイには遊びに行った。
ハワイには他の欧米諸国では味わえない、何ともいえない安心感を感じる。
ハワイ人のルーツが日本人と深く関わっているため、自分はヨソモノという
意識を持たずに済む、というのが大きな要因だと思う。

白人がmajority,黒人・アジア人・ヒスパニックがminorityとしていて、
政治や経済のトップは白人主体であるアメリカ本土とは違い、
ハワイはmajority人種が存在しないという。権力者の人種も様々だ。

ちなみに、日本人からしたらハワイは定番中の定番のバカンス先であるが、
こんなに定着しているのは日本だけな気がする。
ヨーロッパ人からしたら、「ハワイ?そんな地球の裏側にある島、知らないよ」ってくらい
遠い存在だと思うし、アメリカ人にとってのバカンスといえばハワイよりも
カリブ海の方が一般的だろう。

なんか色々ハワイについて書いてきたが、心の中ではどんどん行くのが
怖くなってきてる自分がいる(笑)
なんか夢って不思議なもんで、他の事で気を紛らしている間は
すごく魅力的に見えるのに、いざ直面するとすごく目を背けたくなる。
そう思うのは私だけ?



ま、いっか

2004-07-23 | Weblog
No worries!!
オーストラリアで最もよく耳にする言葉のひとつ。
文字通り、「心配ない!」 または「どうでもいいよ!」
「オッケー!」、「どういたしまして」…という時に
使うフレーズだ。

オージーには、本当に No worries! が似合う。
あの余裕のある、のんびりとした気質。
将来何が起こるかなんて心配してもしょうがないじゃん、
っていうなんとも楽観的な生き方。人目を気にせず、
「人生楽しんだモン勝ち」論を実行している自由奔放な人達。

ロンドンのクラブで話したオージーの男の子曰く、
「どこの国のクラブにいてもオージーの女の子はすぐ分かるよ」って。
理由を聞いたら、「誰の目も気にせずcrazyに踊りまくってる子を
探せばいいんだ」っていう答えに妙に納得。
人の目を気にしながらモジモジ踊ってる人や、あの人変じゃない?って
噂話してる女の子たちを尻目に、「私のコンサートにようこそ!」って
言わんばかりに口ぱくで歌いながらノリノリで踊る女の子が何人かいる。
完全に自己陶酔の世界で、表情とか見てるとこっちまで楽しくなってくる。
彼女たちを見てると、人生楽しまなきゃ損だなぁ~って心から思う。

日本語ではNo worriesに当てはまる言葉がない。
問題ないよ!とはあまり言わないし、大丈夫! もちょっと違うし。
英語だと No problem!, バリ だと tidak apa apa!, タイだと mau pen rai!,
カタロニアだと aixorai! ... という風に、他国でもこのフレーズは
かなり良く使われるものとして定着している。ガイドブックに
常用フレーズとして載っているくらいだ。
日本でもこんな言葉があれば、もっとゆとりのある生活が
送れるんじゃないかなぁと思う。

そこで私が提案したいのが、「ま、いっか」。これは私のよく使う言葉のベスト3に入る。
「まいっかで済まさず、もっとちゃんと追求した方がいいよ」という厳しい突っ込みを受けた事もあるが、
でも、でも、やっぱりいい言葉だと思う。考えるべきところは考え抜いて、
流していいことはどんどん「まいっか」で、no worries 精神を鍛えて行きたい。

choices, choices, choices...

2004-07-23 | Weblog
選び疲れるよりも、歩き疲れて眠りたい。

私の大好きな高橋歩の「Love and Free」からの言葉。
日本という平和で豊かな国に生まれたことによって、
私は本当にたくさんの選択肢に恵まれている。
商品にしても趣味にしても人間関係にしても職業にしても。

でもそれが逆にすごーーーく厄介に思う時がある。
色んなチョイスがあるがゆえに、自分の選んだことに
常に疑問を持ったり、選ばなかった方の選択肢が
より魅力的に見えたり。

タイ山奥の田舎のおじいちゃんとか見てると、
パスポートを持っていて世界のどこへでも行ける自分が
いかに恵まれているかを実感するとともに、
そんな選択肢はないけれど自分の居場所をしっかり築き、
何の疑問もなくそれを受け入れ、そこで確かな幸せを
見出しているおじいちゃんが凄く羨ましくもある。

photo: rottnest island, australia

クジラとは・・・?

2004-07-21 | Weblog
あなたにとってクジラのイメージとはどっちですか? 

1)クジラ・ウオッチング・ツアー 
2)クジラ肉の缶詰 

今年も国際捕鯨委員会(IWC)の会議がイタリアで行われている。
「クジラは守るべき野生動物だ!食料資源と捉えるのは時代遅れだ!」と
唱える西洋諸国に対して、「捕鯨は日本の文化だ!」と唱える日本。
毎年IWCではこの議論が繰り返されている。

貧しかった戦後時代には一般的だった鯨肉。
しかし、海の食物連鎖の頂点に立つ動物を大量に捕獲すれば、
自然界に異常を来たすのは当たり前の結果。
乱獲により鯨の数は劇的に減少し、いくつもの品種を絶滅の危機に追い込んだ。
そのため、日本の商業用捕鯨は1982年にモラトリアム(一時停止)決定により
禁止になり、現在もその状態が続いている。

これからは計画的にやるから捕鯨を再開させてよ!という日本とノルウェイ -VS- 
もはや誰も食べない鯨肉を売るより、鯨ウオッチングとか、
環境保護の観点から鯨を利用しなよ!と唱える西洋諸国。
今年のIWC総会では、「モラトリアムを取り下げなければ日本はIWCを脱退する」と
日本代表は警告している。そんなことをしたら、世界の顰蹙を買うのはもちろん、
日本の捕鯨を監視・管理する第三者がいなくなり、
日本の水産庁のやりたい放題になってしまう。
他にも色々な問題があるのだが、残念なことに、日本のメディアでは、
日本の政府に都合のいい報道しかされていない。
ニュースや新聞で見るIWCの情報だけではなく、
反捕鯨派の意見も視野に入れた上で現実を見てほしい。

Iruka and Kujira Action Network HP:http://homepage1.nifty.com/IKAN/

my favorite places (5)

2004-07-20 | Weblog
Crystal Waters Permaculture Village: in Queensland, Australia

自給自足といえば…
私はオーストラリアでpermaculture(permanent agriculture: 永続可能な農業と
環境作りを目指すデザイン体系)について学ぶ実習コースを受けたのだが、その際、
一ヶ月間オーストラリアの田舎で、自給自足に近い生活をした。
それまでは自由奔放に旅していた自分にとって、世間から隔離されたこの村での
一ヶ月は本当に精神的にキツかったのを覚えている。

同世代の人がいなかったこともあるが、どうやら私は田舎過ぎる所にいると
精神的に参ってくる、という習性があることが判明…。田舎でも適度に人の入れ替わりがあり、
店や娯楽がある・・という感じが好きらしい。

とにかく当時はすごくツライと思っていたが、今となってはとても貴重な勉強ができたと思う。
なんせ世界最先端のエコ・ライフを経験できたのだから。
この村は、世界的にも高い評価を得ているエコ・ビレッジ(人間と自然が永続的に
共存するための理想体系を実現した村)だ。20年前に創立され、現在住民は200人程。
みんな独自の方法で、徹底的に環境に考慮した暮らしを実現している。
トイレはほとんどコンポスト型(たい肥)、水は屋根からの雨水を利用。
驚く事に、ガレージの中で、使用済みの食用油からディーゼル・ガソリンを作っている人もいた。

この村の住人からは、なんでもやろうと思えばできる!というもの凄いパワーを感じた。
もちろんそれを実現するための深い知恵とクリエイティブな発想力も伴なっている。

日本にも少しずつ普及しつつあるパーマカルチャー。いつかは私もCrystal Watersでの経験が
役に立つような生活ができたらいいと思う。

パーマカルチャーについて更に知りたい人は:http://www.pccj.net/

my favorite places (4)

2004-07-20 | Weblog
Pai, in Northern Thailand

タイの首都バンコクから電車で14時間とバスで4時間、ミャンマー(ビルマ)との国境近くにある
小さな可愛らしい町、パイ。30分もあれば町中を散策できちゃうようなこじんまりした所だ。
パイ周辺には、カレン族(首長族。ちなみにあの首輪をする習慣は、観光用に開発された習慣であって、決して文化的な意味はない)やモン族など、いくつもの山岳民族が生活しているため、
パイを拠点にこれらの村を巡るトレッキングツアーが多い。
私がパイに到着したのは、他ならぬ今年のMY BIRTHDAY。しかも一人で…(笑)
前日の夜行列車では誰とも口を聞いてなかったため、かなり凹み気味でのこの町に到着。
でも着いてからは、バスで一緒だったアメリカ人の女の子二人組と仲良くなって、一緒に行動する事に。
その夜は、町で一番人気のパブで、アヤシイテクノのイベントで盛り上がった♪
パイには結局一週間滞在して、毎日のんび~りしてた。ヨガの教室に通ったり、
プールで泳いだり、マッサージを受けたり、温泉に行ったり。毎日色々な国の旅人や
ローカルと話し、地味ながらも充実した日々を送れた。
パイには西洋人のバックパッカー以外にも、なんと日本人のヒッピーのコミューンもあるという。
10何名の日本人が集団でパイに移り住み、自分たちで家を建て、畑を耕し、子供も育てて・・。静かな
自給自足の暮らしをしているらしい。
海がないと生きていけない私としては、パイに定住したいとは思わないけれど、
あの美しい山脈と田園風景、パイ中心部を通る川のようにゆったりとした時間の流れ。。
あれにハマッてしまう人がいるのは納得である。

my favorite places (3)

2004-07-19 | Weblog
Dreamland Beach: in Bali, Indonesia
ホント名前の通り、夢のような場所。人と車でごった返したKUTAからバイクでわずか20分。
こんなにも美しく静かな海があるなんて、夢にも思わなかった。
白い砂浜の上に並ぶ20件ほどの小さな質素なバンガローは、
一階がレストラン、二階が宿〔一泊わずか200円!)になっている。
窓が一切なく、すべて吹き抜け。夜は夜風を感じ、波の音を聞きながら眠る・・・
昼間はのんびりフルーツジュースを飲みながら読書をしたり、他の旅人と話したり、
サーフィンしたり。もぉぉ~最高。

しかし悲しい事に、このパラダイスも半年以内には日系の高級リゾート建設のため、
取り壊されてしまう可能性が高いとのこと。宿で働くバリニーズの男の子は、
「悲しいけれど仕方ない。そうしたらこの宿はバランガン(数キロ隣のビーチ)
に移るよ」って言っていた。でもそのビーチもいずれは同じ運命にあるのではないか・・・と
思わずにはいられなかった。こうやって日本は、世界中の美しい海の数々を、
巨大資本という武器で破壊して来たのだろうと思うと、やりきれない気持ちで一杯になった。

my favorite places (2)

2004-07-18 | Weblog
Scarborough Beach: in Perth, Western Australia
ワーホリの最初と最後の日々を過ごした思い出深い場所。
初めてのバッパー(旅人用の安宿)生活をここで経験し、
見事に共同生活の楽しさにハマり、それ以降の一年間はずっと
オーストラリア中で色々なバッパーやシェアハウス生活をした。
毎朝起きれば誰かがリビングにいたり、夜はみんなでパブに飲みに行ったり・・ 

日本にいる頃は絶対無理だと思ってたけど、いざやってみると最ッ高に楽しいんだな、これが。
日本でもこういうシステムがもっと普及すればいいのに・・。
隣近所の顔も知らないような個人主義な都会暮らしより、よっぽどいいと思う。

photo: sharemates from "surfshack" sharehouse

my favorite places (1)

2004-07-18 | Weblog
Byron Bay: in New South Wales, Australia 
オーストラリア最東端の岬に位置する小さなヒッピーの町、バイロンベイ。
美しい自然と独特な文化を持つこの町は、世界中のバックパッカー、サーファー、
そして自然を愛する者を魅了してきた。町はlove and peaceの氣が溢れていて、
一週間もいれば町中に知り合いができちゃうような温かい場所。オーストラリアの
他の地域とは違って、大型チェーン店がほとんど無く、メインロードには
バイロンらしい自然派食品や洋服、小物などを売る地元の商店が立ち並ぶ。
自然と平和を愛する人々によって築かれた、癒しの場所。

初BLOG

2004-07-18 | Weblog
今日は湘南で末広ローカルカップ。波はわずか膝くらいだったけれど、最近はフラットでサーフ不可能の日が続いてたから、波があるだけラッキー!って感じで、ノリノリで大会開催。毎年恒例の大会で、私は3回目の参加(っていうか観戦)。みんな就職や転勤、結婚などして、会わなくなってしまった人が多いので、こうやって年に一度、大好きな海で再会できるのはとてもうれしい。皆それぞれの道を歩んで、環境も考え方も変わっていくけれど、海を愛する気持ちは変わらないで欲しいと思う。