見出し画像

アルファロメオと小倉唯

不満、怒り、妬み…が生み出す惨劇

ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』最後に残してあった1巻目の「反ユダヤ主義」を読了しました。

 

3巻で1000ページ近い大著。しかも噂通り、レトリックがやや錯綜しているところがあって。

 

用語も慣れないものが多く、しかも多くは注が付いていないので、自分で検索しながら読み進めました。

 

決して読み易い本ではなかったです。

 

やっぱり、予習用の本を一冊読んでおいてよかった。

 

それと、著者の大学の師である哲学者、カール・ヤスパースの勧めどおりに…

 

3巻目から読み始めたのが正解でした。

 

「全体主義」について詳述したこの3巻こそが、この本全体の中の、白眉であるのは間違いなく。

 

だからこそ、ヤスパースは3巻から読み始めることを勧めていたのでしょうけれど…

 

おそらくヤスパースは想定していなかった、別の理由もありました。

 

それは先日も書いた通り…

 

第2巻「帝国主義」の最終章で、著者のアフリカ系人種差別と、アフリカの文化文明への無知が、隠しようもなく出てしまっていて。

 

順を追って読んでいたなら、そこで閉口してしまって、肝心かなめの第3巻を読まずに挫折していた可能性があったと思うからです。

 

第二次大戦直後の作品で、著者は、原子爆弾を開発したマンハッタン計画のリーダーである…

 

ロバート・オッペンハイマーのたった2つ歳下なのですから、まあやむを得ない部分が大きいかもですが。

 

いずれにしても…

 

まずは3巻目で「全体主義」を著者がどのように捉え、定義し、その発生と発展を評価しているのかを理解するのが、やはりベスト。

 

ちなみにこの本が書かれた1949年時点では、ナチズムとともに全体主義の例の一つとして提出された…

 

ソヴィエト・ロシアのボリシェビズム=スターリニズムはまだ終焉を迎えていない、とされています。

 

(現代の我々は、こちらも終わったことを知っていますが)

 

そこを理解してから第2巻で「全体主義」の誕生を準備した「帝国主義」の成立と発展について読んで。

 

(イギリス、フランスの海外帝国主義と、オーストリア(ドイツ)、ロシアの大陸帝国主義)

 

最後に「全体主義」のイデオロギーの、ひとつの核となっていた反ユダヤ主義について読む。

 

これで、正解だったと思います。

 

 

さて、第1巻を読んだ感想は…

 

まずここで使われている「反ユダヤ主義」というのは、中世以来ヨーロッパに存在して来た…

 

単なるユダヤ人「差別」とは違う、イズム、教条としての「反ユダヤ主義」だということが前提。

 

まずは、プロイセンからドイツ帝国における、最初の反ユダヤ主義について叙述。

 

それから、ビクトリア朝時代の英国首相になったたユダヤ人、ディズレイリの…

 

選民思想的「ユダヤ主義」について述べて。

 

最後に、フランス第三共和国での反ユダヤ主義についてが、書かれています。

 

全体を通じて感じたのは、本当の意味で反ユダヤ主義をこの世に生み出したのは、具体的な「誰か」…

 

思想家や、政治家、扇動者などではなく、ほかならぬ「民衆」だったのだという実感。

 

民衆が、恵まれた境遇にいる「例外ユダヤ人」と、学問・芸術・芸能分野での「有名な」ユダヤ人たちに対して向けた…

 

自分たちの「ルサンチマン」すなわち、不満、怒り、妬みの感情が、その「本体」だったのだということ。

 

本来は、被差別民として見下していたはずのユダヤ人なのに、彼らの中には身分的に「うらやましい」人々が一部いた。

 

ひとつは、専制国家の宮廷の費用を調達し、国家財政に貢献する代わりに特権を与えられていた人々。

 

ロスチャイルド家を代表とする、いわゆる大銀行家たちの存在。

 

もう一つは、学問・芸術・芸能などの特殊分野で秀でた人々の中にいた、多くの「有名な」ユダヤ人。

 

この二つに対して、民衆が向けたルサンチマンのマグマが反ユダヤ主義の基盤になったということ。

 

もっとも、とくにフランスにおいて、反ユダヤ主義に基づいて、ついに略奪、殺人、強姦といった事件や騒乱を起こしたのは…

 

一般大衆と言うよりは、社会の各階層から脱落して、特に大きな社会的不満を抱えていた…

 

「モッブ」と言われる人々。

 

(私はこの時代の欧州の「モッブ」と、現代日本社会の「ネトウヨ」の間に、強い類似性を感じます)

 

しかしその他のすべての貴族もブルジョアも労働者も「良くて無関心を決め込んでいた」わけで。

 

そして「モッブ」を扇動したのは、新聞=メディアだったのです。

 

「モッブ」が信じ込んで、ユダヤ人迫害の根拠にしたのは、ユダヤ人が秘密結社を作って…

 

世界征服を企んでいる、という一種の陰謀論でした。

 

メディアと陰謀論が結託したときの恐ろしさは、19世紀から既に証明されていたわけです。

 

「モッブ」が信じた陰謀論は、ユダヤマネーの世界制覇の陰謀だけではなく…

 

フリーメイソン、イエズス会、バチカンによる「秘密ローマ」などなど…

 

その多くが今現在でも陰謀の裏国家「ディープステート」の一部をなすとされているものです。

 

現代は、とりあえず大手のマスメディアはこうした陰謀論を焚きつけることまではしていないですが…

 

その代わりに、新しいメディア「ネット」「SNS」の世界が、陰謀論を吹き込み、焚きつけます。

 

「モッブ」の現代版は、ネトウヨだけでなく、陰謀論者も、その一種と言えるのかも。

 

いずれにしても、今の社会の中で、安心感や幸福感を十分に得られていない人々…

 

結果「ルサンチマン」=漠然とした不安や、社会的不満、やり場のない怒り、恵まれた他人への嫉妬…

 

そういったものに満たされた人々は、現代版の「モッブ」だと言えるのでしょう。

 

21世紀の今また「モッブ」は、日本だけでなく先進資本主義各国で…

 

熱狂的なトランプ支持者、あるいはネオナチ、サッカーのフーリガン…

 

日本で言えば、ネトウヨ、在特会のような暴力的排外主義者、死後もなお安倍元総理を信奉する人々…

 

などとして生き続け、潜在的な数を増やしつつあるような気がします。

 

ちなみに「モッブ」が「敵」として認定したのは、ユダヤ人だけではありませんでした。

 

この本の中には、こう書いてあります。

 

「モッブは司祭を、フリーメイスンを、イエズス会とプロテスタントを、外国人と黒人を、ボリシェヴィスト、ブルジョワジー、貴族階層を食い物にした」

 

日頃の社会生活で溜まった、ルサンチマンのマグマを爆発させ…

 

「隠された真実の暴露」や「偉大な思想」に自分を同化させ、視野狭窄で近視眼的、独善的な「正義」に身を捧げることができれば…

 

それこそ何にでも飛びついたのです。

 

 

フランスにおける反ユダヤ主義が起こした「ドレフュス事件」を収束させるため…

 

首相クレマンソーや、エミール・ゾラなど、反ユダヤ主義による不正義の事態を止めようとした人でさえ…

 

「秘密ローマ」などの陰謀論を持ち出して「モッブ」の関心をユダヤからそらせようとしたようです。

 

陰謀論の力って、すごいですね。

 

第一巻の私的な評価は★★★★です。

 

いろいろ勉強になる良い本ですが、第三巻ほどのパンチ力はなかったかなと。

 

三巻通しての評価も★★★★ですね。

 

 

 

さて、では現代において、世界のどこかで「全体主義」が復活する可能性はあるでしょうか。

 

全巻を通して読んで、そして今の世界を見渡して私が感じた限りでは、あり得ると思います。

 

ロシア、中国といった権威主義国家だけが危ないわけではありません。

 

米国でも欧州諸国でも、そして日本においても「全体主義」に陥る可能性はあります。

 

全体主義を生み出した20世紀前半のドイツなどの状況と、似ている社会が多いからです。

 

 

1.人と人とのつながりが希薄になって、個人がバラバラになっている状態(アトム化)

 

2.政治の腐敗と、そこから来る不信感が民衆の間で募っている状況

 

3.エセ科学や陰謀論がまことしやかに広まるような「軽信」の蔓延

 

4.社会性が低下し私生活のみの安泰に人々の関心が限られていること

 

5.経済的な不安と危機感

 

6.宗教的権威と確たる社会的規範の喪失

 

7.社会にとって邪魔な人間、余計な人間の排除の傾向(高齢者、障碍者、貧困者など)

 

 

などなどの、全体主義を生み出す条件が揃っている社会、これから揃いそうな社会がたくさんあります。

 

とくに、一度は世界全体、もしくは半分をを制覇したと思ったのに…

 

その後凋落した国の場合は…

 

それこそ「国民的なルサンチマン」があるでしょうから、危険性はかなり高いと思います。

 

ロシアは、旧ソ連の夢が、いまだに忘れられないでしょうし、汎スラブ主義に毒された人間が…

 

ほぼ独裁的な地位を占めています。

 

アメリカは、20世紀の始まりから21世紀の初めまで、文字通り世界の経済と軍事をリードしました。

 

でもその栄華に翳りが兆しています。

 

もしもこの後、経済が破綻したなら、トランプあたりが独裁して全体主義に陥るかも。

 

中国にも、なにしろ中華思想がありますから。世界制覇の野望もあるでしょうし。

 

この後もし経済が後退し続けたら、やはりその挫折感から極端に走り、全体主義になるかも。

 

あとは日本ですね。

 

株と土地の値段の高騰で一時、世界でいちばん豊かな国になりました。

 

バブルの絶頂期には、東京証券取引所の総取り扱い高が、ウォール街のそれを超え。

 

(今は逆に、4倍ぐらいの大差をつけられています)

 

東京23区の土地の価格だけで、米国の全部の土地が買える、などと言われ。

 

工業生産力でも世界に冠たるものになり。

 

企業の時価総額で、世界のベスト50社のうちなんと7割が日本企業だったこともありました。

 

経済では、ある意味世界を制覇したと言えるかも。

 

それが今は、世界のベスト50企業に入っているのは、トヨタただ1社。

 

名目GDPは2位から4位に下落。

 

来年にも、インドに抜かれて5位になる予測がされています。

 

一人当たりGDPも、世界の30位以下に落ち込んで、さらに落ちて行く予想。

 

もう既に、国民的ルサンチマンに陥っている国だと言えるでしょう。

 

同調圧力の強い国でもあり、周りの空気を読んでそれに合わせ、流されるのを良しとする気風もあり。

 

何か、国民的な誇りを取り戻させてくれる「イズム」「大きな理想」が与えられた場合には…

 

もしかすると、いちばん「全体主義」に陥りやすい社会になってしまうのかも。

 

かつて、陸軍の軍人・石原莞爾が考えた「世界最終戦論」なんていう…

 

ぶっとんだイデオロギー?妄想?もありました。

 

そして1990年代になってもこれを奉じている人間が、某民法テレビ局の大物プロデューサーの中にいて…

 

「日本と日本人は凄い!という内容の台本を書いてみないか?内閣官房から資金が出るんだよ」

 

と、私を誘って来たこともありました。

 

本居宣長の国学あたりを種に、またとんでもない「日本こそが世界を統べるべき国」というような…

 

誇大妄想的イデオロギーと、カリスマ性のある指導者が出てきた場合には、極めて危険ですね。

 

いずれにしても…

 

90年、100年前と違って、人間の力が人類全体、いや現生の生物種全体を破滅に導きかねない今…

 

全体主義の復活は、第三次世界大戦を引き起こして、真の「終末」をもたらしかねないと思います。

 

人類の破滅、真のカタストロフが、日本発で起きる、などという事態は何としても避けたいです。

 

下に、印象に残る作中の文章を、色と書体を変えて引用しておきます。

 

こういう状況の中で…

 

現代の「モッブ」が全体主義の魅力に引き込まれて行き、その熱狂が多くの大衆に伝染して行く。

 

そんな事態が、一国に、いや世界に、決定的な破局をもたらす世界…

 

それは、果たして空想の世界や、おとぎ話で済まされるものなのでしょうか。

 

私生活のうちに引きこもり、身の安全と出世しか考えなくなった俗物……みずからの私生活の無事安泰のみを考える人々の私的道徳ほど破壊の容易だったものはなく、この私生活ほど容易に均制化され、公然と画一化され得たものはなかった。

 

広い世界への脱出もままならず、社会の罠に逃れがたく捕らえられているという感情は、匿名性と自己放棄を求めた傾向にさらにもうひとつ、暴力に対する異常な、ときにはヒステリーじみた欲求を付け加えた。超人的な破壊力の展開の中にみずからを投ずることは、社会において当てがわれた役目に縛り付けられ、うつろな陳腐さの中に首まで漬けられていることからの、開放になると思えたのである。

 

全般的崩壊の混沌の中にあっては、虚構の世界へのこの逃避は、ともかくも彼らに最低限の自尊と、人間としての尊厳を保証してくれると思えた。

 

※追記 日本企業の入社式での服装を見ていると、今の日本人にはかつてよりさらに、全体主義がなじみやすくなっている気もします。

 

こちら、1980年代の入社式。

 

 

こちらは最近の入社式。

 

 

会社から指定されてではなく、自主的にこんな風になっているみたいです。だからこそ余計にヤバい。

 

 

会社ではなくて、その実質は軍隊なんですよね。労働者ではなくて、事実上の兵隊。

 

繰り返しますが、強制ではなく自ら進んでこうなるところが怖い。

 

「わたし」ではなく「わたしたち」になりたいという気持ち…

 

共通の理念と共通の「敵」を持ち、その中に全人格まるごと没入するのがなにより安心、という感覚。

 

上の緑色の引用箇所の2番目の文章の中にもある通り「匿名性と自己放棄を求める」メンタリティ。

 

それこそが「全体主義」をはぐくむ土壌なのですから。

 

日本人が「熱狂的な暴力と破壊」に魅せられる段階に至る時点まで、もうすぐなのかもしれません。


ランキング参加中です!ポチっとしていただけると励みになります!

コメント一覧

angeloprotettoretoru
@jozze1625 じょぜさま。
コメントありがとうございます😊
「普通にしなさい」は日本の親たちが子にかける一種の呪いです。そもそも「普通」ってなんなのでしょう。誰が決めて、誰に向かって要求する「普通」なのか。
目立つな、出る杭になるな...。そんな人ばかりでは、イノベーションも何もありえないですね。考えてみたら、高度成長期から80年代ぐらいにイノベーションをしてきた日本人って、戦後の混乱期を生きてきて、日本人も一瞬「普通に」なんて言ってられない時代を経た人たちが主だった気がします。
同調圧力にがんじがらめの状態では、たとえ全体主義に陥らなくても、衰亡からは逃れられないです、間違いなく。
jozze1625
怖いですね.

一方で、
[自分らしく]
とか
[自分軸で]

とか

妙に語られるのは何故でしょうか?

やはり、生まれた時から、「人と違ってよし!」 「自分だけの意見、自分を尊重するべきだよ」と教えられて育つ、刷り込まれて育つ社会。
と、所謂、「普通に 普通に」と刷り込まれて育つ社会では違いますよね。

私的には、「自分らしく」攻撃。
息苦しいです。

全体主義。
個人的な小さな幸せを拾って生きたいというか、
肉親と自分が、何とか、無事に過ごしていければ…とつい思ってはしまう私です。
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最近の「読書」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事