最近は公務員の不祥事や飲酒運転へのバッシングが強く、その攻撃ぶりはあの亀田の世界戦の時と同じようによってたかっての攻撃で、これをどう考えればいいんだろうか?
飲酒運転は法を犯している。つまり犯罪行為だ。それを容認しない方向に目が向くのはある意味正しいし本来こうしたモラルがもっと早くから徹底されていれば今も続く交通事故による被害者はいくらかは減ったのであろうと想像できる。
しかしながら問題の根幹には誰も口を出さないし、問題にしようとしない。
いわばタブーのようなものだ。
タバコが有害で締め上げた近年の集中攻撃。何故に嗜好品にあそこまで目くじらを立てるのかさっぱりわからない。タバコによる副流煙が発がん性物質をより多く含んでいてその害が攻撃対象になったりしたわけだが。
長年そういう環境におかれれば被害もあるだろうがタバコはいきなり人を殺したりしない。同じ嗜好品なら酒の方がよほど有害なのは誰しもが知っている。そのはずなのに。
タバコなきあと、当然次に狙われる嗜好品は酒類で、嗜好品に対する攻撃はある程度容認される傾向にある。
例えば飲酒運転を避けるには自動車メーカーに飲酒を感知するとエンジンがかからないようにするべきとか何とも遠回りな提案がされたりしている。
飲酒運転をなくすには酒を無くせばいい。根幹を取り除けば問題は一挙に解決する。少なくとも飲酒運転による被害者はなくなるわけだ。でも誰も声高にそんなことは言わない。
拡大解釈だとか飛躍しすぎだとかいう声も出せないほどのタブーぶりは恐れ入る。何故だれもそういわないのか?
先に書いたとおり酒は人を殺す。
極端といわれるかもしれないが私にはそういうことを言ってもいい権利を有していて誰もそれを否定できない。私はそういう人間だということだ。
酒を飲むのはある意味非日常に感覚を置くための行為だ。つまり自己逃避の方法だな。だから酒の上での無礼講やたわごとが容認されているわけだ。しかし・・・
酒は百薬の長とか言われたり神事に使われたりと活用性があるので出完全に無くすこともなくなることもないだろう。何せ日本だけでも2千年近い歴史があるわけで。
ま、私が日本の総理にでもなれば酒は許可制にして一般用途には使えなくする。いわば禁酒法を制定してアル・カポネが暗躍したような暗黒時代を再現して見せるんだがな。
私のように酒を必要としないでも人生をエンジョイできる人間はそう多くはないらしい。
しかし、「お酒は二十歳から」というように二十歳まで必要なく暮らせるのならばそれ以降の人生に酒がなくてもなんら問題ないだろうよ。
酒を無くすことが出来ないのなら免許制にすればいい。
酒を飲むための免許。自動車の免許なんかと同じだ。資格を取ったものだけが飲めるようにすればいい。二十歳になったから大人とか選挙権というのは今の時代にそぐわないのかもしれない。それこそ社会と同じように能力至上主義にすればいい。16でも資格があれば免許を発行すればいい。いまどき30でも餓鬼は腐るほどいる。
飲酒運転や酒による喧嘩、迷惑行為があると罰金や点数を減点すればいい。
免許取り消しは3年間は免許取らせないとかね。
いい案だよ。極端な話こういったことを言わないといけないほどモラルが低下していて、どこかで道を正さないと手遅れになりかねないところまできている。
酒の依存性はタバコよりもゆるく、禁酒と禁煙では後者のほうが難しい。
なのでタバコをやめられる人間はいとも簡単に禁酒が出来るわけでなんら困ることはない。
酒の歴史は古く飲酒運転と酒の存在を同列に扱うのは本末転倒と思うかもしれないが時代が望む形があればそれに対応する必要がある。容認されていた形が時代にそぐわないのなら変えればいい。それだけのことだね。
次回はもう少し続きを。
飲酒運転は法を犯している。つまり犯罪行為だ。それを容認しない方向に目が向くのはある意味正しいし本来こうしたモラルがもっと早くから徹底されていれば今も続く交通事故による被害者はいくらかは減ったのであろうと想像できる。
しかしながら問題の根幹には誰も口を出さないし、問題にしようとしない。
いわばタブーのようなものだ。
タバコが有害で締め上げた近年の集中攻撃。何故に嗜好品にあそこまで目くじらを立てるのかさっぱりわからない。タバコによる副流煙が発がん性物質をより多く含んでいてその害が攻撃対象になったりしたわけだが。
長年そういう環境におかれれば被害もあるだろうがタバコはいきなり人を殺したりしない。同じ嗜好品なら酒の方がよほど有害なのは誰しもが知っている。そのはずなのに。
タバコなきあと、当然次に狙われる嗜好品は酒類で、嗜好品に対する攻撃はある程度容認される傾向にある。
例えば飲酒運転を避けるには自動車メーカーに飲酒を感知するとエンジンがかからないようにするべきとか何とも遠回りな提案がされたりしている。
飲酒運転をなくすには酒を無くせばいい。根幹を取り除けば問題は一挙に解決する。少なくとも飲酒運転による被害者はなくなるわけだ。でも誰も声高にそんなことは言わない。
拡大解釈だとか飛躍しすぎだとかいう声も出せないほどのタブーぶりは恐れ入る。何故だれもそういわないのか?
先に書いたとおり酒は人を殺す。
極端といわれるかもしれないが私にはそういうことを言ってもいい権利を有していて誰もそれを否定できない。私はそういう人間だということだ。
酒を飲むのはある意味非日常に感覚を置くための行為だ。つまり自己逃避の方法だな。だから酒の上での無礼講やたわごとが容認されているわけだ。しかし・・・
酒は百薬の長とか言われたり神事に使われたりと活用性があるので出完全に無くすこともなくなることもないだろう。何せ日本だけでも2千年近い歴史があるわけで。
ま、私が日本の総理にでもなれば酒は許可制にして一般用途には使えなくする。いわば禁酒法を制定してアル・カポネが暗躍したような暗黒時代を再現して見せるんだがな。
私のように酒を必要としないでも人生をエンジョイできる人間はそう多くはないらしい。
しかし、「お酒は二十歳から」というように二十歳まで必要なく暮らせるのならばそれ以降の人生に酒がなくてもなんら問題ないだろうよ。
酒を無くすことが出来ないのなら免許制にすればいい。
酒を飲むための免許。自動車の免許なんかと同じだ。資格を取ったものだけが飲めるようにすればいい。二十歳になったから大人とか選挙権というのは今の時代にそぐわないのかもしれない。それこそ社会と同じように能力至上主義にすればいい。16でも資格があれば免許を発行すればいい。いまどき30でも餓鬼は腐るほどいる。
飲酒運転や酒による喧嘩、迷惑行為があると罰金や点数を減点すればいい。
免許取り消しは3年間は免許取らせないとかね。
いい案だよ。極端な話こういったことを言わないといけないほどモラルが低下していて、どこかで道を正さないと手遅れになりかねないところまできている。
酒の依存性はタバコよりもゆるく、禁酒と禁煙では後者のほうが難しい。
なのでタバコをやめられる人間はいとも簡単に禁酒が出来るわけでなんら困ることはない。
酒の歴史は古く飲酒運転と酒の存在を同列に扱うのは本末転倒と思うかもしれないが時代が望む形があればそれに対応する必要がある。容認されていた形が時代にそぐわないのなら変えればいい。それだけのことだね。
次回はもう少し続きを。
http://lgp.readymade.jp/QandA/QandA01.html
参考まで。