投資家の目線

投資家の目線785(「朝鮮戦争の正体」)

 「朝鮮戦争の正体 なぜ戦争協力の全貌は隠されたのか」(孫崎享著 祥伝社)には、敗戦直後の日本の半島政策から始まり、開戦前後の米ソ中と半島内部の勢力の動き、当時の日本の政治の状況とマスコミ内部の「レッドパージ」、そして現在の朝鮮半島情勢について書かれている。

 この本はピカソの絵「朝鮮の虐殺」についても書かれている。スペイン内戦を描いたピカソの「ゲルニカ」は有名だが、「朝鮮の虐殺」についてはほとんど知られていない。G2のトップだったC.A.ウィロビーの著書「GHQ知られざる諜報戦 新版ウィロビー回顧録」(延禎監修、平塚柾緒編 山川出版社)には、ウィロビーがフランコ総統の反共主義に共感し、ヘミングウェーの「誰がために鐘は鳴る」には我慢がならない(p147)、G2の調査対象者で民生局のトーマス・ビッソンはスペインの共和派のシンパなど(p183)と書かれている。共産主義やイスラム主義など、キリスト教プロテスタントと道徳観、倫理観の異なる勢力より、強権的でも世俗的な勢力の方が米国にとってマシなのだろう。

 「GHQ知られざる諜報戦」には、G2のCIS作戦部特殊活動からの報告書において、1946年の「読売争議」の時にGHQ経済科学局のセオドア・コーエン労働課長と労働関係担当のアンソニー・コンスタンチーノが不当な干渉をして、それ以後ストライキやデモが起こったとの評価を下していることが書かれている(p202~p203)。マスコミのレッドパージはこのことが背景になっているのではないだろうか?日本の労働組合は伝統的に企業別組合で(二村一夫著作集「企業別組合の歴史的背景」)、職業別労働組合と比較して企業側に有利と言えよう。記者の組合が職業別労働組合だったらもう少しマシだったかもしれない。

 レッドパージといえば、イスラエルの初代首相ベングリオンが国防関係者から親ソ派を追放したことが思い出される。「アメリカ側に加わる決断を下したダビッド・ベングリオン首相は、国防関係者のなかの、公然・非公然にかかわらず親ソ連派であった個人および集団を追放した。この初期の決定は、今日に至るまで、イスラエルの戦略政策を決定するうえで重要な要素となっている。」(『モサド前長官の証言「暗闇に身をおいて」 中東現代史を変えた驚愕のインテリジェンス戦争』(エフライム・ハレヴィ著 河野純治訳 光文社 p109)という。終戦直後、第二次世界大戦で対独戦勝利に最も貢献したのはソ連の赤軍と評価されていた。「当時多くの人士が、ドイツ・ナチズムを打ち破り、ヨーロッパの解放に最も貢献したのはロシア共産主義だと考えたということを忘れたら、戦後のイデオロギー的混乱を理解することはできない。」と、「帝国以後 アメリカ・システムの崩壊」(エマニュエル・トッド著 石崎晴己訳 藤原書店p121)にも書かれている。そのため、イスラエルの国防関係者に親ソ連派がいたことは驚くに当たらない。なお、「なんといってもイスラエルは、経済および軍事の両面で、アメリカからの援助・支援に大きく依存していたため、アメリカの国際的利益にかかわる事柄についてイスラエルが単独行動をとることはありえなかったのである。」(「暗闇に身をおいて」 p101)といい、米国の外交政策に影響を与えているのは実在する国家イスラエルよりも米国の福音派などの想像上のイスラエル、つまり米国の国内事情であろう。イスラエルと異なり宗教的なつながりはないものの、戦後米国側についたことといい、経済・軍事両面で米国に依存していることといい、日本の状況はイスラエルの状況と似ている。

 朝鮮戦争への日本の相C艇についてはかなり以前から知っていた。確か大賀良平元海上幕僚長の著書「シーレーンの秘密」(潮文社 発売日1983/1/1)だったと思うが、それで朝鮮戦争での相C活動のことを知ったのだろう。結構以前から分かっていたことなのに、なぜか大きく取り上げられたことはなかったように思う。

 半島南北の緊張緩和は、韓国にとってより重要だろう。「日本防衛秘録」(守屋武昌著 新潮社 p311、p312、p314)には、2002年の韓国出張で南北軍事境界線へ車で向かったとき、ソウル周辺地域の人口増加に伴い、以前は北朝鮮の侵攻を防ぐため居住が禁止されていた地域に、金大中政権下で、増えた住民の住む高層ビル群が立ち並んでいたことが書かれている。また、軍事境界線から40~50KMしか離れていないソウルとその周辺地域に総人口の半分近い2500万人が暮らしていることも書かれていた。経済自由化の結果として農村での生活が難しくなったことも理由だろう。この軍事的脆弱性から逃れるには、南に遷都するか、経済自由化路線を修正して地方でも生活できるようにするかなどが考えられるが、どのような政権になってもグローバル企業を率いる大財閥が賛成するかは疑問である。同様に、人口一極集中化のリスクは日本にもある。

 朝鮮半島の統一はあるのだろうか?DPRKの土地改革について、「親日的な大地主ばかりか、勤勉と質素によって小・中規模の地主に成長していたプロテスタントたちをも一挙に打ちのめした。逆に打ちのめされたクリスチャンたちは、後に朝鮮戦争で米軍を十字軍と呼び、米軍の占領下で北の住民をサタンとして殺戮に及ぶ。民主改革は、一面ではそういう報復の悪循環を起動させたのである。」(「新・韓国現代史」 ムン・ギョンス著 岩波新書 p46)という評価もある。「人は父親の死は早く忘れるが、その遺産の喪失は忘れない。」(「君主論」 マキアヴェッリ著 黒田正利訳 岩波文庫 p108)とはよく言ったものだ。もはやその世代は社会の中心ではないだろうが、その怨恨は子孫に伝えられている可能性はある。また、「【中央時評】統一は望んでいなかった…20代との対話=韓国(1) 中央日報」(2018年4月13日 中央日報日本語版)によれば、「『一つの民族だから統一しよう』 『同じ民族だから一緒に暮らそう』は古い観念で童話のように聞こえる」と、韓国の20代は民族意識が薄いようである。

 なお、土地の接収はベネズエラのチャベス政権でも行われた。土地を奪われた者は反チャベス派になるだろう。昭和恐慌時の日本でも、「とくに中小地主は、それまで小作人に貸していた土地を引き上げて、自作化の傾向を示したから、小作争議は、従来の小作料をめぐるあらそいから、零細な土地をめぐる地主と下層の小作人の非和解的なあらそいという様相を帯びてきた」(「昭和史」 金原左門・竹前栄治編 有斐閣選書 p59)と、余裕の少ない中間層と下層の間で対立が生じている。

 DPRKは鉄鉱石、石炭、レアメタルなど地下資源の豊富な国である(第2次大戦中の、ドイツの液体燃料の多くは石炭を液化させて作った人造石油で、「ナチス・ドイツは、終戦間近の1944年、液体燃料の総需要の72.3%、800万トンに相当する分を自家生産していた。そのうち60%は、石炭から造られる人口石油であった。」(「戦火の欧州・中東関係史 収奪と報復の200年」 福富満久著 東洋経済新報社 p120)という)。黄海には有望な油田も確認されている。それだけの資源国でありながら、資源輸出依存という資源のワナに陥らず、一定の工業力を保っている。ただし、山がちの地形は農業生産に不向きで、食糧の自給自足は難しいようだ。河信基氏は1981年の訪朝時の様子を、「北朝鮮各地で直線的に区画整理された広大な水田が広がり、山間では岩だらけの荒地が段々畑に、海辺では湿地帯が干拓地に変わるのを目撃して、(中略)他面で、休耕地がなく、あらゆるところに作物が密植され、畦道にまでトウモロコシを植え付けることが奨励されているのを見て、地力の低下を懸念した。」(『金正日の後継者は「在日」の息子 日本のメディアが報じない北朝鮮「高度成長」論』 講談社プラスアルファ新書 p142)と書いている。世界的に経済のデカップリングが進む中、対外貿易に依存し過ぎないDPRKの経済政策は時代に合っていると思う。地下資源に乏しく、人口密度が高くて食糧の自給自足が難しく輸出依存度の高い東アジアの諸国との経済格差は縮小していくのではないだろうか?

 米国のトランプ政権は同盟国にも適切なコスト負担を求めている。「ソ連邦に唯一残されていた同盟は東ヨーロッパの衛星国であったが、ブレジネフ・ドクトリンで暗に示されたソ連邦の力の脅威によってソ連邦に従ってはいたものの、ソ連邦の富を増加させるどころか、枯渇させたのであった」(「外交 下」(ヘンリー・A・キッシンジャー著、岡崎久彦監訳、日本経済新聞社 p475)という。同盟国にも適切なコスト負担を求めるトランプ大統領は、旧ソ連のゴルバチョフ大統領に似ていると思う。

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