投資家の目線

投資家の目線784(欧米と中国の文明の衝突)

 8月5日の経済教室は、米中対立を「文明の衝突」の観点から論じるものだった(「米中、「文明の衝突」避けよ アフターコロナを探る 寺西重郎 一橋大学名誉教授」 2020/8/5 日本経済新聞朝刊)。今回の米中対立が米中間の覇権争いという説明より、文明の衝突の方がずっとしっくりくる。

 ファリード・ザカリアは著書「アメリカ後の世界」(楡井浩一訳、徳間書店、p150)で、中国と西洋(特にアメリカ)の世界観の相違のもとは神にあると指摘し、2007年のピュー・リサーチセンターの「道徳的になるには神を信じる必要があるか?」の質問に、「いいえ」と多くの人々が答えたのが日本と中国であると書かれている。特に中国では72%に上るという。一方、パトリック・J・ブキャナン著「超大国の自殺 アメリカは2025年まで生き延びるか?」(河内隆弥訳、幻冬舎、p64)には、米国の最高裁判所は1892年に「ここはキリスト教国である」と宣言したとある。宗教の影響力に薄い中国と、キリスト教の影響の強い欧米諸国とでは価値観、倫理観に差が出るのだろう。トウショウヘイの改革開放政策は新自由主義型経済政策(1980年にミルトン・フリードマンは中華人民共和国に招待され、官僚や大学教授、党の経済学者を前に講演している(「ショック・ドクトリン―惨事便乗型資本主義の正体を暴く―上」(ナオミ・クライン著、幾島幸子・村上由見子訳、岩波書店p259))。プロテスタンティズムの倫理を持たない貿易は、米国にとっては自由貿易とは呼べないのだろう。新型コロナウイルスへの対応といい、一方では重視されない事柄でも、他方では重視されることもあるだろう。

 先日、トルコで旧大聖堂のアヤソフィアが博物館からモスクに用途変更されたが、インドでは1992年にヒンズー至上主義者によって破壊されたイスラム教のモスク跡にヒンズー寺院が建設される(「モスク跡にヒンズー寺院/インド首相が定礎式で称賛/左派は「国教化」と批判」 2020/8/7 しんぶん赤旗)。ヒンズー至上主義のモディ政権下のインドでは、イスラム教徒だけでなくキリスト教徒も弾圧されている(「インドの巧妙なキリスト教弾圧」 ニューズウィーク日本版 2019/4/9 スリンダー・カウ・ラル、M・クラーク)。中華人民共和国によるウイグルの人権問題を非難するなら、インドの宗教弾圧も非難しなければつじつまが合わない。

 東南アジアでは、カンボジア(おそらくはラオスも)はベトナムのインドシナ覇権への反感や怨念が強いため中国寄りになりうる。「シアヌークもロン・ノルもポル・ポトも、その民族の怨念は深く共有した」(「ポル・ポト <革命>史 虐殺と破壊の四年間」 講談社選書メチエ 山田寛著 p136)という。

追記:2024/6/2

フランス占領下のカンボジアでは、「フランスはカンボジアの植民地支配を間接統治の形とし、ベトナム人の役人を使って支配しました。このときにベトナム人の役人が法外な税金を取り立てるなどして、カンボジア人民に辛くあたったため、これ以降カンボジア人はベトナム人に対して強い反感を持つようになります」(河合塾HP カンボジアの歴史(近代史))。このような歴史的ないきさつに加え、ベトナム戦争後、1978年末からベトナムはカンボジアに侵攻した。カンボジアにとって安全保障上の最大の脅威はベトナムである。経済的理由だけでなく、安全保障上の問題からカンボジアが中華人民共和国と組むのは合理的な選択である。


 ロシアはキリスト教の影響が強いだろう。しかし、ブレア元英首相に見方によれば、9.11事件の時に国内のイスラム過激派に悩まされるプーチン大統領は米国の助けになろうとしたが、「ウラジミールは、アメリカが自分とロシアを十分な敬意をもって扱わず、その結果も十分ではないと考えた。時が経つにつれて、ロシアをアメリカに対抗する意欲のある勢力として国際社会に売り込もうと決めた」(「ブレア回顧録 下」 トニー・ブレア著 石塚雅彦訳 日本経済新聞出版社 p26)という。ロシアを取り込みたいなら、ロシアに十分な敬意を払う必要がある。

 アフリカはどうだろう?例えば、オバマ前大統領のケニアの祖父は、祖母の話によれば短期間キリスト教に改宗したが、考えが合わず自分の考えにもっと近いイスラム教に改宗したという(「マイ・ドリーム―バラク・オバマ自伝」 バラク・オバマ著 白倉三紀子/木内裕也訳 ダイヤモンド社 p504)。ケニアの海岸部は、19世紀前半にオマーン帝国の支配下にあったことがある。

 アメリカ国内も、伝統的なキリスト教プロテスタントの倫理観でまとまれるのだろうか? 米国は、パトリック・J・ブキャナン著「超大国の自殺 アメリカは2025年まで生き延びるか?」(河内隆弥訳、幻冬舎、p64)で、オバマ大統領は『「わが国は、キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ人、ヒンズー教徒、そして無信心の国である」。はじめて、アメリカにおけるキリスト教の優位を否定した大統領となった』と書かれている。特に最近、米国の若者で無宗教の人が増えているという(「アメリカのジレンマ」渡辺靖著 NHK出版新書 p158)。米国で無宗教の人が増えれば、神に由来する世界観の相違は起こらなくなる。

 トヨタ自動車は中国市場での強さで黒字を確保できている(「トヨタ、コロナ下で底力 大手総崩れの中で黒字確保」 2020/8/6 日本経済新聞WEB版)。一方、「バイ・アメリカン」政策をとる米国市場では高収益の維持は難しい。それでも米国側に就こうとするなら、日本の産業政策を大きく変える必要がある。

 これだけ利害や価値観が異なる中、中国包囲網など、どだい無理だろうと思う。

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