投資家の目線

投資家の目線354(不愉快な現実)

 元外務省国際情報局長の孫崎享氏の最新著作「不愉快な現実」(講談社現代新書)を読んだ。帯にもあるとおり、中国の大国化と米国の戦略転換の中で「問題を直視できないこの国の瀬戸際」という警告を与えている(カバーの写真は尖閣諸島の魚釣島、こんな急峻で上陸や車両の運用も困難な島でどんな戦闘行動が行えるのだ?)。

 同書のなかで、マイケル・グリーン氏の米国の取りうる4つの戦略を紹介している。それは①伝統的な日米関係の重視、②米中二大大国(G2)、③オフショア・バランシング(地域外から均衡を図る政策)、④関係国による国際的枠組み(東アジア共同体はこれに入るか?)、である。(追記:以下は当方の考察)

 ①の戦略を説く人々を、日本のマスメディアは「知日派」と呼ぶことが多いようだ。また、それは中国封じ込め論にも通じるように思う(しかし、BMWの自動車部品がライプチヒから合弁工場のある瀋陽まで貨物列車により23日間でコンテナ輸送されている(鉄道ジャーナル2012年4月号)など、海上で取り囲めば封じ込めるわけでもない)。

 金欠の米国政府にとっては、③か④が賢明な選択だと思う(ツキジデスは「戦争は兵器の問題というよりは支出の問題なのであり、その支出を通じてこそ兵器は使い物になるのだ」(「戦争の経済学」ポール・ポースト著 山形浩生訳 バジリコ㈱ P13)という味わい深い言葉を残している)。自国の防衛予算にお金をかけなくても良いからだ。2011年の日米学生会議の著者の講演で米国の学生は概ね③の戦略を選択したという(セオドア・ルーズベルトのロシアと日本を対峙させたままにしておく政策も、この一種のように見える)。

 しかし、④の戦略もありえないことではない。著者の「日本人のための戦略的思考入門」(祥伝社新書)では、2010年1月21日にニューヨーク・タイムズ紙に掲載されたカプチャン、アイケンベリー両名の論評「新しい日本、新しいアジア」が紹介されており、米国にも東アジア共同体構想の支援者がいることが分かる。ズビグニュー・ブレジンスキー氏(カーター政権の国家安全保障担当大統領補佐官)は、フォーリン・アフェアーズ2012年1月号の論文『「欧米世界」をユーラシア、日韓へ拡大し、日中和解を模索せよ』によれば、「中国を中心とする東洋にもエンゲージしていく必要がある。だが、アジアの安定を非アジアパワーが強要するのは不可能だし、ましてやアメリカが直接的に軍事力を用いて安定を維持していくことはできない。アメリカがアジアの安定を物理的に支えようと試みれば、下手をすると、20世紀のヨーロッパにおける悲劇をアジアで再現することになる。一方アメリカが、日中間の和解、中印間のライバル関係の緊張緩和を仲介する役目を果たせば、安定化の見込みは大きく開けてくる。第二次世界大戦後のヨーロッパの政治的安定が、独仏の和解なしでは成立しなかったのと同様に、慎重に日中関係の深化を育んでいくことが、極東における安定強化の起点になる」と述べている。EUやASEANの成立には米国の支援があったという。米国の外交戦略がこれらの人々によって主導されれば、鳩山元総理の「東アジア共同体」構想も十分ありえると思う。ただ、現在のオバマ政権の対日政策に限れば、他とのバランスとの関係からこれらの人々は主流になりきれていないのかもしれない。

 経営戦略論の領域では、競争するより協調をすることで業界全体の利益を図っていくという考え方もある。日本もいたずらに周辺諸国との対立をあおるのではなく、東アジアでこのような戦略を展開した方が利益になるのでは?


追記:2008年の大統領選でオバマ陣営の外交政策顧問だったマーク・ブレジンスキー氏(現駐スウェーデン大使)は、ズビグニュー・ブレジンスキー氏の長男である(ウィキペディアより)。

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・中国人民銀行とオーストラリア準備銀行が3月22日に通貨スワップ協定を結んだ(2012/3/23日本経済新聞朝刊)。両国間の貿易などで元建て決済を増やすことが狙いという。元の国際化は少しずつ進んでいるようだ。

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