「インド外交の流儀 先行き不透明な世界に向けた戦略」(S・ジャイシャンカル著 笠井亮平訳p192~197)によれば、日印関係は経済的側面がリードしてきたが、年次軍事演習の実施など政治的側面もバーラトにとって安定と安全に貢献していると捉えられている。
同書(p162~167)には、印中が独立するに伴って国境問題(昨年、国境紛争解決に向けて合意した)が出て来たことや、中国とパキスタンの関係が深まったという問題があるものの、第二次世界大戦時にインドが日本軍国主義に対する後方基地、ヒマラヤルートが補給路になったこと、植民地に対する反対から中国指導部はバーラト独立に一貫して支持していたことから、1950年代は印中蜜月時代だったと書かれている。西洋による既存秩序への対抗という点から、「印中は、活用できるときはいつでも、両国の歴史についてのこうしたポジティブなとらえ方を持ち出すことができるのだ」とも書いている。貿易収支の不均衡の問題もあるものの、BRICSや上海協力機構での協力など、バーラトはバランス重視で印中関係が対立一辺倒と考えるべきではないようだ。
バーラトはシンガポールをハブとしてASEAN諸国と貿易・投資を拡大する一方(同書p205)、中東を経て欧州へ至る輸送ルート(IMEC経済回廊)も開設しようとしている(【視点】インド提唱のIMEC経済回廊 中国シルクロードに対抗できるか? - 2025年1月27日, Sputnik 日本)。シリアではアサド政権を倒したトルコが支援する勢力が主導権を握り、トルコはトルコ国境付近を押さえるクルド勢力の存在を認めない姿勢をとっている(「トルコ国会議長、シリア安定訴え クルド勢力の存続否定」 2025/2/19 日本経済新聞電子版)。IMECはUAE、サウジアラビア、ヨルダンを通じてイスラエルのハイファ港から欧州に海上輸送するが、クルド勢力が制圧されればトルコ経由で欧州に至るルートも開設できる。ハイファ港の運営会社にはアダニグループが投資しているが(イスラエルのハイファ、地中海東部の海運拠点としてアジアが重視 | ロイター 2022/7/26)、物流ルートは複数あった方がリスクを分散できる。バーラトはIMECプロジェクトへの参加を表明しているフランスと接近している(「フランスとインドが急接近 米中依存の低減へ利害一致」 2025/2/13 日本経済新聞電子版)。バーラトはフランスを通じても欧州に計画修正を働きかけることができるだろう。フランスはバーラトの核実験に対して他の国連安保理常任理事国より理解を示し、防衛、原子力、宇宙の三分野で関係を強化していた(同書p113)。
追記:
70年から80年代にかけて、ミラージュ等、欧州の兵器を購入するという自国の防衛に関するオプションを拡大させたこと(同書p106)、アジアは目覚ましい台頭を遂げているものの、現時点で主要なマーケットと成長に必要な資本は西洋にあり、西洋を軽視すべきではないことも指摘していいる(同書p153)。欧州への経済回廊の構築はこれらの意識の表れであろう。
なお、ガザ住民のアラブ諸国受入れは交渉次第になるかもしれない。前記の問題と関係するシリア内のクルド勢力の排除を認める、トルコ系の北キプロス・トルコ共和国の独立承認、エーゲ海でギリシャの領海を拡大させない、あるいはアルバニアなどバルカン半島や、中央アジアのイスラム勢力との関係強化の容認などを勝ち取れれば、イスラム勢力全体としてはガザでの譲歩を上回るほどの利益を得られるのではないだろうか?黒海に面するアブハジアの大統領選挙では親ロシア系政党と新トルコ系政党が争っているが、中央選管はロシアからの選挙監視団の参加を拒否した(2025/2/13 rybar)。3月1日に決選投票が行われるが(「親ロ派地域アブハジアで首長選 デモで辞任受け ジョージア」 2025/2/16 時事通信)、アゼルバイジャンに続いて、アブハジアもトルコ寄りになるかもしれない。
「インド外交の流儀」(p63)では、バーラトの人々に深い影響を与えるものとして叙事詩「マハーバーラタ」を挙げている。その叙事詩には水星を司る中性のブドゥが、月の満ち欠けで男性になったり女性になったりするイラーと結ばれたり、王女として生まれたシカンディンが後に男性になる話が出てくる。バーラトではマクロン仏大統領が毛嫌いされることはないのではないか?