投資家の目線

投資家の目線1009(続・トルコから見た地政学)

 12月8日、シリアのアサド政権が崩壊した。アサド政権を倒した反体制派のうち、トルコは公然と武装組織「シリア国民軍(SNA)」を支持し、「シャーム解放機構(HTS、旧ヌスラ戦線)」の活動に対して暗黙の支持を与えてきたという。また、SNAはシリアのクルド人勢力とも戦っているという(「【焦点】アサド政権崩壊、中東の勢力図が一変」 2024/12/9 ダウ・ジョーンズ配信)。「文明の交差点の地政学 トルコ革新外交のグランドプラン」(アフメト・ダウトオウル著 中田考監訳 内藤正典解説 書肆心水 p33)では、エネルギー資源があるペルシャ湾に影響力がないことは過去の外交政策の重大な失敗と嘆いている。シリアはトルコからペルシャ湾に通ずる回廊の一部となる。そもそも、トルコには欧州列強によってオスマン帝国が宗教や民族に基づく分割により崩壊・縮小させられたという歴史的経験がある(同p432)。

 

 トルコは、米国の支援を受けるシリアのクルド人主体の民兵組織「シリア民主軍(SDF)」に対し、トルコの非合法武装組織「クルド労働者党(PKK)」とつながりがあるとして敵視し、米国のSDFに対する支援にも反対しているという(「シリアでのIS掃討作戦に懸念 米支援組織に親トルコ勢力が攻勢」 2024/12/14 毎日新聞)。外務省HPによればトルコの総兵力は準軍隊まで含めると50万人を超え、NATOでは米国に次ぐような規模である。「文明の交差点の地政学」には、『イラク北部の権力の空白地帯はイラクにとって冷戦期からポスト冷戦期にかけての最重要な外交問題の一つであり続けている。この地政学的空白地帯がPKK(クルディスタン労働者党)によって利用されており、この地政学的空白地帯において域外からの戦略的策謀が活発化しているために、この地域はトルコの「柔らかな下腹」となっている』(p152)と書かれており、クルド問題はトルコにとって大きな脅威と認識されている。なお、PKKは元々共産主義(無神論)政党であるため、ムスリムのクルド人まで代表しているかは疑問である。また、レザー・パーレヴィー皇帝が訪土するなど、かつてトルコ共和国はイランと緊密な友好関係を続けていたが(p240)、今回トルコはイランと友好関係にあるアサド政権を倒したことになる。

 

 「文明の交差点の地政学」(p284)では、トルコはアルバニアや北マケドニアと緊密な関係を持つ必要性を訴えている。外務省HPによれば人口構成比は、アルバニアはイスラム57%、ローマカトリック10%、正教7%、北マケドニアにはアルバニア系住民もおり、キリスト教(マケドニア正教)約7割、イスラム教約3割、コソボはアルバニア人(92%)、セルビア人(5%)、トルコ人等諸民族(3%)で、イスラム教徒はアルバニア人が主体である。バルカン半島のイスラム教徒としてはボシュニャク人もおり、紛争発生前の1991年当時のボスニア・ヘルツェゴビナの民族構成はボシュニャク(ムスリム)系44%、セルビア系33%、クロアチア系17%で、2011年国勢調査によればアドリア海に面するモンテネグロにもボシュニャク(9%)、アルバニア人(5%)等がいる。

 

 また、「文明の交差点の地政学」(p182)では、北コーカサス諸国を通じてカスピ海―黒海とのつながりを確保し、イランとの経済協力によってロシアに対抗し、中央アジア諸国との関係を強化することを求めているが、ヒズボラやアサド政権の崩壊で、イランの影響力は低下しているようだ。

 

 イスラエルは、国連監視下にあるゴラン高原の緩衝地帯まで兵を前進させた(「【焦点】アサド政権崩壊後のシリア、大国の駆け引きの場に」 2024/12/12 ダウ・ジョーンズ配信)。大イスラエル主義によれば、シリアの一部もイスラエルに含まれる。シリアの暫定政府樹立に取り組んでいるHTSは、米国からテロ組織に指定されている(「【焦点】アサド政権崩壊、中東の勢力図が一変」 2024/12/9 ダウ・ジョーンズ配信)。世俗的なアサド政権という「緩衝材」が無くなった結果、ジハディスト(アサド氏の属するアラウィ派は4代目カリフのアリーを神聖視する極端派であり、シーア派の一派に加えられるようになってから半世紀ほどしかたっていない)とシオニストが直接相見えることになった。

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